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第2章 お城でも溺愛生活継続中です。
26 一人の朝食
しおりを挟むみんなで食事をとった翌朝。
額にぬくもりを感じて目を開けた。
「おはよう」
「ん……はよ…」
ぼんやりする視界にクリスの姿が映る。
昨日までのラフな服じゃなくて、濃紺の騎士服のようなもの。飾りは多くなくて、動きやすそうな制服的な。……ああ。遠征に着てたやつだ。
その服、格好いい…って、ぼんやり思っていたら、唇を塞がれた。
すぐ流れ込んでくる水を、こくりと飲み込む。
「ん…」
「まだ寝てていい。起きたらベルを鳴らすんだ。メリダが来てくれる」
「ん…」
「行ってくるよ」
「……いってらっしゃい」
そこまでは言えた。
頭を撫でられて、それが心地よくて、瞼を閉じる。
「おやすみ」
声が、耳に残る。
そして、また、眠りの中に。
今朝のあれは何時頃だったんだろう。手持ちの時計はないから詳しい時間はわからないけど、今部屋に入ってくる日射しはまだそれほど強いものではないし、柔らかく感じる。
十分、朝の時間だと思う。
なら、クリスはもっと早い時間に部屋を出た、ってことか。
「…いっつもクリスと一緒だったから…」
ちょっと寂しい。
朝起きたときに隣にクリスの姿がない。
こちらの世界に来て、初めて一人で起きた朝。
「依存しすぎだ、俺」
ちょっと軽く頬を叩いて、テーブルの上のベルを鳴らした。
そしたら、隣の部屋からノックの音がして、メリダさんが入ってくる。
「おはようございます、アキラさん」
「おはようございます」
「さ、顔を洗ってくださいな。タオルはこちらを」
「ありがとうございます」
メリダさんはテーブルの上に水の入った大き目の器を置いた。洗面器くらいの大きさの、陶器でできた感じのもの。
水はそれほど冷たくはない。
何度か顔を洗うと、気分もスッキリしてくる。
タオルでよく顔を拭いて、一息ついた。
「ありがとうございました」
「侍女に対してあまり丁寧な言葉を使う必要はありませんよ。…ですが、そこのところは殿下から何も指摘されていないので、今はいいでしょう」
と、ニコリ。
「あ、もしかして、礼儀作法の一環?」
「ええ。私のできる範囲で、アキラさんに色々と教えてほしい、と言われてるんですよ」
クリスが伝えてくれていたんだ。
クリスがいなくて何をどうしたらいいかわからなかったけど、メリダさんが指導してくれるなら、大丈夫だ。
「メリダさん、嬉しいです。よろしくお願いします!」
って笑ったら、メリダさんも笑ってくれた。
「アキラさんのその素直さは、長所の一つですからね。さ、お着替えをしましょう。私は朝食を準備してきますからね」
「はい」
メリダさんは器とタオルをワゴンに乗せると、また隣の部屋の方に向かう。
さて、何を着ようか…と思ったら、枕元に一式置かれていた。これを着ろ、ってことなんだろう。多分、クリスが置いていったんだ。
今日のシャツはあまりフリルがない。
手触りは抜群。
手首のカフスをとめて裾はズボンの中。
ベルトには少し飾りがついていて、華やかなデザイン。
そして、ベッド脇にはブーツが置かれてた。
「動きやすい…歩きやすい…」
部屋の中をぐるぐる歩いていたら、ノックの音がした。
「はい」
ってちょっと大きな声で言うと、メリダさんが入ってくる。
「朝食をお持ちしましたよ」
「はい」
席につくと、メリダさんが準備してくれる。
一人分の食事。
「どうかされました?」
俺、もしかして変な顔してたかな。
メリダさんがどこか心配そうな表情をしてる。
「俺、こっちに来てからずっとクリスと一緒だったから、一人で食事とるのって、なんかちょっと寂しいな、て」
本心を伝えれば、メリダさんは納得したように頷いて、俺の近くの椅子に腰掛けた。
「ちょっと私も紅茶をいただきますね。やっぱり年も考えなきゃ駄目ですね」
そう言って、2つのカップに紅茶を注いだ。
「さ、アキラさん、冷めてしまいますから、いただきましょう」
「はい」
優しいな。
食事中、昨日のことを話した。メリダさんは楽しそうに聞いてくれて、驚いたり笑ったり、本当に家族のように接してくれた。
「アキラさん、耳飾りですが」
「あ、はい」
食後の片付けをしながら、メリダさんが教えてくれた。どうやら今日、直しに出されたようで、数日中には戻るということ。
「早く戻ってくるといいな」
あの石の色、好きなんだ。クリスの色のようで。瞳よりは、髪色に近い。メッシュの所の。
「戻ってきたら、アキラさんは右の耳につけてもらうといいですよ。殿下は左耳ですね」
「反対側?」
「ええ。……ああ、アキラさん、殿下と並ばれるときは、殿下の左側に」
「どうして?」
「殿下の利き手が右手ですからね。いざというとき、アキラさんが右側にいると剣を抜けないでしょう?」
「あー…なるほど」
考えもしなかった。
「殿下もあまり考えてないようですから。アキラさんからそれとなくお伝えしてくださいな」
「わかりました」
そういうことも考えなくちゃならないのか。
確かに、有事の際にすぐ剣が抜けるかどうかは大事な要素だ。
「アキラさん、今日はこれからどうしましょうか?」
「んー…やりたいことが多すぎて…」
「でしたら、まずは文字の練習から入ったらどうでしょう?書物を読むこともできるようになりますよ」
「あ!じゃあ、文字教えて下さい!」
「はい。では、片付けて必要なものをお持ちしますね」
「よろしくお願いします!」
メリダさんは嬉しそうに部屋を出ていった。
あ、でも、メリダさん、クリスに対するときと、雰囲気が違う。クリスのこと、殿下、って呼んでたし。
お年を感じさせない働きっぷりは、変わらなくて頭が下がりっぱなしだけど。
クリスには容赦ないけど、俺のことは優しく見守ってるような…雰囲気?
文字の勉強したら、この世界のこと、もう少し理解できるようになるだろうか。
……ううん。違うな。この世界のこと、ちゃんと理解しよう。俺が、生きていく場所なんだから。
「……それにしても」
この部屋、こんなに広かったのか。
一人で待っていたら、なんだか寂しくなった。
…クリスに会いたいな…。
ふと思ったことに、顔が熱くなった。
俺、こんなだったっけ?
誰かといるよりゲームしてたほうが楽しかったし、外に出るよりばあちゃんのとこでお茶を飲むほうが好きだった。友達付き合いはそれなりにしていたけど。
時々一人で食べる夕飯も、特別寂しいとは思わなかった。親は共働きだし、仕方がなかったから。
そんな環境でも、誰かに会いたいとか、一人で寂しい…とか、そんな感情、今まで感じたこともなくて。
「…俺も変わったんだ」
椅子の上で膝を抱えた。
クリスに会ったから。だから、色々変わることができた。
あとはそれを、いい方向に変えていければいい。……それはきっと、俺の努力次第。
クリスに会えないわけじゃないんだから。
大丈夫。
俺は、頑張れる。
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