上 下
74 / 560
第2章 お城でも溺愛生活継続中です。

26 一人の朝食

しおりを挟む



 みんなで食事をとった翌朝。

 額にぬくもりを感じて目を開けた。

「おはよう」
「ん……はよ…」

 ぼんやりする視界にクリスの姿が映る。
 昨日までのラフな服じゃなくて、濃紺の騎士服のようなもの。飾りは多くなくて、動きやすそうな制服的な。……ああ。遠征に着てたやつだ。

 その服、格好いい…って、ぼんやり思っていたら、唇を塞がれた。
 すぐ流れ込んでくる水を、こくりと飲み込む。

「ん…」
「まだ寝てていい。起きたらベルを鳴らすんだ。メリダが来てくれる」
「ん…」
「行ってくるよ」
「……いってらっしゃい」

 そこまでは言えた。
 頭を撫でられて、それが心地よくて、瞼を閉じる。

「おやすみ」

 声が、耳に残る。
 そして、また、眠りの中に。





 今朝のあれは何時頃だったんだろう。手持ちの時計はないから詳しい時間はわからないけど、今部屋に入ってくる日射しはまだそれほど強いものではないし、柔らかく感じる。
 十分、朝の時間だと思う。
 なら、クリスはもっと早い時間に部屋を出た、ってことか。

「…いっつもクリスと一緒だったから…」

 ちょっと寂しい。
 朝起きたときに隣にクリスの姿がない。
 こちらの世界に来て、初めて一人で起きた朝。

「依存しすぎだ、俺」

 ちょっと軽く頬を叩いて、テーブルの上のベルを鳴らした。
 そしたら、隣の部屋からノックの音がして、メリダさんが入ってくる。

「おはようございます、アキラさん」
「おはようございます」
「さ、顔を洗ってくださいな。タオルはこちらを」
「ありがとうございます」

 メリダさんはテーブルの上に水の入った大き目の器を置いた。洗面器くらいの大きさの、陶器でできた感じのもの。
 水はそれほど冷たくはない。
 何度か顔を洗うと、気分もスッキリしてくる。
 タオルでよく顔を拭いて、一息ついた。

「ありがとうございました」
「侍女に対してあまり丁寧な言葉を使う必要はありませんよ。…ですが、そこのところは殿下から何も指摘されていないので、今はいいでしょう」

 と、ニコリ。

「あ、もしかして、礼儀作法の一環?」
「ええ。私のできる範囲で、アキラさんに色々と教えてほしい、と言われてるんですよ」

 クリスが伝えてくれていたんだ。
 クリスがいなくて何をどうしたらいいかわからなかったけど、メリダさんが指導してくれるなら、大丈夫だ。

「メリダさん、嬉しいです。よろしくお願いします!」

 って笑ったら、メリダさんも笑ってくれた。

「アキラさんのその素直さは、長所の一つですからね。さ、お着替えをしましょう。私は朝食を準備してきますからね」
「はい」

 メリダさんは器とタオルをワゴンに乗せると、また隣の部屋の方に向かう。
 さて、何を着ようか…と思ったら、枕元に一式置かれていた。これを着ろ、ってことなんだろう。多分、クリスが置いていったんだ。

 今日のシャツはあまりフリルがない。
 手触りは抜群。
 手首のカフスをとめて裾はズボンの中。
 ベルトには少し飾りがついていて、華やかなデザイン。
 そして、ベッド脇にはブーツが置かれてた。

「動きやすい…歩きやすい…」

 部屋の中をぐるぐる歩いていたら、ノックの音がした。

「はい」

 ってちょっと大きな声で言うと、メリダさんが入ってくる。

「朝食をお持ちしましたよ」
「はい」

 席につくと、メリダさんが準備してくれる。

 一人分の食事。

「どうかされました?」

 俺、もしかして変な顔してたかな。
 メリダさんがどこか心配そうな表情をしてる。

「俺、こっちに来てからずっとクリスと一緒だったから、一人で食事とるのって、なんかちょっと寂しいな、て」

 本心を伝えれば、メリダさんは納得したように頷いて、俺の近くの椅子に腰掛けた。

「ちょっと私も紅茶をいただきますね。やっぱり年も考えなきゃ駄目ですね」

 そう言って、2つのカップに紅茶を注いだ。

「さ、アキラさん、冷めてしまいますから、いただきましょう」
「はい」

 優しいな。
 食事中、昨日のことを話した。メリダさんは楽しそうに聞いてくれて、驚いたり笑ったり、本当に家族のように接してくれた。

「アキラさん、耳飾りですが」
「あ、はい」

 食後の片付けをしながら、メリダさんが教えてくれた。どうやら今日、直しに出されたようで、数日中には戻るということ。

「早く戻ってくるといいな」

 あの石の色、好きなんだ。クリスの色のようで。瞳よりは、髪色に近い。メッシュの所の。

「戻ってきたら、アキラさんは右の耳につけてもらうといいですよ。殿下は左耳ですね」
「反対側?」
「ええ。……ああ、アキラさん、殿下と並ばれるときは、殿下の左側に」
「どうして?」
「殿下の利き手が右手ですからね。いざというとき、アキラさんが右側にいると剣を抜けないでしょう?」
「あー…なるほど」

 考えもしなかった。

「殿下もあまり考えてないようですから。アキラさんからそれとなくお伝えしてくださいな」
「わかりました」

 そういうことも考えなくちゃならないのか。
 確かに、有事の際にすぐ剣が抜けるかどうかは大事な要素だ。

「アキラさん、今日はこれからどうしましょうか?」
「んー…やりたいことが多すぎて…」
「でしたら、まずは文字の練習から入ったらどうでしょう?書物を読むこともできるようになりますよ」
「あ!じゃあ、文字教えて下さい!」
「はい。では、片付けて必要なものをお持ちしますね」
「よろしくお願いします!」

 メリダさんは嬉しそうに部屋を出ていった。

 あ、でも、メリダさん、クリスに対するときと、雰囲気が違う。クリスのこと、殿下、って呼んでたし。
 お年を感じさせない働きっぷりは、変わらなくて頭が下がりっぱなしだけど。
 クリスには容赦ないけど、俺のことは優しく見守ってるような…雰囲気?
 文字の勉強したら、この世界のこと、もう少し理解できるようになるだろうか。
 ……ううん。違うな。この世界のこと、ちゃんと理解しよう。俺が、生きていく場所なんだから。

「……それにしても」

 この部屋、こんなに広かったのか。
 一人で待っていたら、なんだか寂しくなった。



 …クリスに会いたいな…。



 ふと思ったことに、顔が熱くなった。
 俺、こんなだったっけ?
 誰かといるよりゲームしてたほうが楽しかったし、外に出るよりばあちゃんのとこでお茶を飲むほうが好きだった。友達付き合いはそれなりにしていたけど。
 時々一人で食べる夕飯も、特別寂しいとは思わなかった。親は共働きだし、仕方がなかったから。
 そんな環境でも、誰かに会いたいとか、一人で寂しい…とか、そんな感情、今まで感じたこともなくて。

「…俺も変わったんだ」

 椅子の上で膝を抱えた。

 クリスに会ったから。だから、色々変わることができた。
 あとはそれを、いい方向に変えていければいい。……それはきっと、俺の努力次第。
 クリスに会えないわけじゃないんだから。
 大丈夫。
 俺は、頑張れる。


しおりを挟む
感想 541

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

騎士に溺愛されました

あいえだ
BL
ある日死んだはずの俺。でも、魔導士ジョージの力によって呼ばれた異世界は選ばれし魔法騎士たちがモンスターと戦う世界だった。新人騎士として新しい生活を始めた俺、セアラには次々と魔法騎士の溺愛が待っていた。セアラが生まれた理由、セアラを愛する魔法騎士たち、モンスターとの戦い、そしてモンスターを統べる敵のボスの存在。 総受けです。なんでも許せる方向け。

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...