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第2章 お城でも溺愛生活継続中です。
23 食事会 ◆クリストフ
しおりを挟む広すぎない室内のテーブルには、すでに父上と兄上がついていた。それに、珍しいことに、兄上の婚約者殿が同席している。
「本当に申し訳ありません」
「ああ、構わないよ。身内だけだからね」
陛下……父上は、咎めるつもりはないらしく、上機嫌で俺たちを見ている。
「アキラ、昨日ぶりだね。体調はどう?」
「あの、遅れてすみません…。体調は、大丈夫です………?」
語尾がおかしな風に上がった。
アキの視線は、婚約者殿で止まっていた。
その様子を見て、微笑んだ彼女が立ち上がり、優雅な所作で挨拶をする。
「クリストフ殿下、お久しぶりでございます」
「フロレンティーナ嬢がいらっしゃっているとは知らず、お待たせして申し訳ありません。こちらはアキラ・スギハラ。私の婚約者です」
アキの腰に手を添え紹介すると、彼女はまた嬉しそうに微笑む。
「アキ、彼女は兄上の婚約者殿だ」
「え」
「スギハラさま、私、フロレンティーナ・ヴォルタールと申します」
「よ、よろしくお願いします!」
…真っ赤になって動揺するアキが可愛い。
「あの、俺のことはアキラでいいですから…」
「ではアキラさまとお呼びいたしますわね」
「あ、『さま』は、慣れないので…せめて、『さん』で、あ、呼び捨てでも、全然!」
兄上が笑いだしている。父上も楽しそうに眺めているし。
「では…私のことはティーナとお呼びください」
「ティーナさま、ですね」
「『さん』で」
アキとフロレンティーナ嬢は少しだけ沈黙し、笑い始めた。
「ティーナさんですね」
「はい。アキラさん」
にこにこと笑い合う二人は、気が合うかもしれない。
「さあ、そろそろ始めよう」
父上のその言葉で、俺達は席についた。
俺の左隣にアキ、真正面には兄上、兄上の右隣にフロレンティーナ嬢。角隣は父上だ。
全員が席につくと、本来1品ずつ提供される料理が、次から次へと運ばれてくる。テーブルの上はあっという間に料理で埋め尽くされた。
「皆、楽にするといい。今夜はお前たちの話を聞きたいからな」
つまりは無礼講、と。
隣を見ると、アキは緊張した様子で紅茶を飲み、軽く息をついていた。
兄上が父上と話をしながら食事を始める。それを見てから、フロレンティーナ嬢が。
「アキ、緊張してる?」
「ん…少し?」
ぎこちない笑みが帰ってきた。
それから、迷うことなくカトラリーを手に持ち、肉料理を切り分け口に運ぶ。
「美味しい」
表情がほころんだ。
マナーを知らないと言っていたが、なんら問題はなさそうだけど。
「これも美味いぞ」
魚料理を一口分口元に運べば、なんの躊躇いもなく食べ始める。
「うん、美味しい!」
そうやって何口か食べたとき、父上が笑い出した。
「いつもそうやっているのか?」
「ええ。そうですね」
「タリカ村からずっとですよ。何が起きてるのかと思ったくらいです」
「確かにな。以前のクリストフからは想像もできない」
「まあ…アキに会って、変わったという自覚はありますけどね」
「人間らしくなったよ。私はそれでいいと思うけど」
兄上はそう言いながら、ワインを一口呷る。
「恋人ができてここまで変わるとは思っていなかった。いつも完璧すぎて、理想が高くて、自分に厳しくて、休め、って言っても休まないくらい仕事してたのに」
兄上が言いたいことがわかって苦笑してしまった。
「クリストフ、そろそろいいんじゃないかな?」
「…わかってる。明日から戻るから」
「そうして。私のところに仕事が回ってくるんだよ。蜜月中の殿下の邪魔をしたくないから、って、お前のところのザイルに泣きつかれるんだ。そういうのに私が弱いと知っててやってるのかな?」
「悪かった」
と、言いつつも、やはり笑ってしまう。その様子が目に浮かぶようで。
パンを一口、アキの口に運んだ。
アキはきょとんとしていて、可愛らしくこちらを見ている。
それから、フロレンティーナ嬢の視線に気づいたらしく、顔を真っ赤にした。
「クリス、自分で食べる…!!」
「駄目。ほら。口開けて?」
今更。
口元まで運んでスプーンの先で唇をつつけば、ムスッとしながら口を開ける。
…本当に可愛い。
「ギルベルトさま」
「なに?ティーナ?」
「はい!」
…と、珍しい光景が目に飛び込んできた。
少し小さめの一口分に切り分けた肉料理を、フロレンティーナ嬢がにこにこ…わくわく?した顔で兄上の口元まで運んでいる。
「!!」
兄上はそれを理解して、顔が赤くなっていた。いや、本当に珍しい。
赤い顔のまま素直に食べ始めた兄上を見て、フロレンティーナ嬢も嬉しそうに笑う。
普段の食事ではありえないだろうに。順応が早いというか、俺がアキに食べさせているのを見て、自分もやりたくなった、そんなところか。
微笑ましい光景だと思う。
本当に、彼女が婚約者で良かったと安堵する。
穏やかな雰囲気の中で食事が進んだ。
食後に淹れ直された熱い紅茶を口にしながら、アキはほっと息をつく。その表情はとても満足げ。
食事中、アキとフロレンティーナ嬢は普通に会話ができるほどに打ち解けていた。
「まあ。では、アキラさんは文字が読めないんですか?」
「はい。なので、これからおぼえなくちゃ、って」
「私に何かお手伝いできることはありませんか?」
「ありがとうございます。色々と相談するかもです。助かります」
アキの本心からの微笑み。
今すぐ抱きしめたくなるほど可愛らしい。
「いつでもお呼びください。ギルベルト様もクリストフ殿下も、お許しくださいますわ!」
…これは、逆らえない案件ではないだろうか。案の定、兄上は苦笑しながらうなずいている。
アキは…上目遣いで俺をじっと見る。
「………わかった」
その目に逆らえるはずもなく。
「ありがと!」
満面の笑顔を向けられた。
予想以上に話が弾んだ二人を見ながら、兄上と俺からは諦めのため息が漏れ出ていた。
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