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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

36 魔獣の襲来 ◆クリストフ

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 王都までの道のりは簡単なものではない。
 街道が整備されている場所ばかりではなく、砂利に足を取られそうな場所もある。
 森の中に入れば一気に視界は悪くなり、陽射しが届かない場所すら出てくる。
 ベルグから王都までの道のりには、そういった場所が何箇所かある。
 平原と比較して、危険度は上がる。だからこそ、ここを通る商人にとって、自分や荷物を護衛してくれる冒険者という存在は貴重なのだ。国としてもすべての依頼に対応できるわけではないのだから。

「…森の中って、なんか不気味だね」
「怖いか?」
「ん……ちょっとね」
「この辺りはまだいいほうだな。道がそれなりに整備されてる」

 少し怯えた様子のアキを抱きしめる腕に力を込めた。

 森に入ってからの隊列は4列に編成されている。先頭に斥候の2名、その後ろに3名が続いている。
 王太子が同行している遠征部隊だ。警戒は怠れないため、俺達の両脇にはオットーとザイルを配置した。

 次の休憩はこの森を抜けてすぐ。
 森の中では休憩は取れない。

「ここを抜けたら休憩しよう」
「うん」

 無意識なのか、アキが俺の腕にしがみついてきた。
 この森の雰囲気が怖いのか。

「アキ」
「……なんか」

 森の木立の方にアキが視線を流したとき、獣の遠吠えのような声が聞こえた。
 腕の中のアキの体が震える。
 直後、木々の間から鳥が一斉に飛び立った。
 当然、森には野生の動物も生息している。これが魔物出現の前兆とは断言できないが、嫌な予感は大概当たる。
 ヴェルが頭を左手側の森に向けた。
 …ため息が出る。
 予感は的中だ。

「兄上」

 俺の呼びかけを、兄上は正しく把握する。

「止まれ!!各自戦闘隊形に移れ!」

 せめて、もう少し視界が確保できればよかったが、遭遇してしまったものは仕方ない。

「…クリス?」
「魔物が来る」
「っ!」
「流石に放置できないからな。退治していく」
「ん」

 不安そうにするアキの額に唇を落とした。

 さてと。
 一体何が出るのか。
 あの遠吠えからすれば、獣型には間違いない…はずだが。

「オットー、ザイル、前にでろ」
「は」

 馬を降りた彼らが前に出る。それに続くような形で、俺の直属の兵団もまた、陣形をとった。
 幸い、今この場にいるのは我々だけだ。商人や平民たちの巻き添えを心配することなく迎撃ができる。

「兄上はここで」
「…ああ」

 将が前に出る必要はない。俺が蹴散らせばいいだけだ。

「クリストフ」
「兄上?」
「アキラがいることを忘れるな」
「……ああ」

 兄上の言葉に、腕の中の存在を見下ろした。
 内心、ため息をついていた。これほど近くに、腕の中に在るというのに、その存在を一瞬でも忘れた自分が許せない。
 アキはじっと森の奥を見ているだけで、俺達の会話は聞いていないようだった。
 この状況で俺が前に出たら、アキを守る者がいなくなる。
 魔物の強さにもよるだろうが、前はあの二人に任せてもいいだろう。
 それならば、後ろから。

 それは、俺自身の欲。
 アキの力が見たいという、勝手な欲だ。

「…兄上」
「なんだい」
「試したいことがある。許可が欲しい」

 柔らかな黒髪を梳きながらそう告げた。

「……わかった。お前の好きなようにやるといい。私が、許可する」
「ありがとう、兄上」

 アキの首筋に指を這わせ、顔を上向かせた。

「クリス?」

 少し顔色が悪い。
 覆いかぶさるように口づけても、抵抗はない。
 …枝を踏む足音が聞こえる。それは徐々に近づいている。

「アキ」
「ん…」
「俺の傍にいればいい」
「……ん」

 視界の隅に黒い影が映る。

「来るぞ!」

 一斉に剣を抜く。
 姿を現したのは黒い犬型の巨体。




「「ヘルハウンド?」か」




 ……声が重なって思わずアキを見てしまった。アキはただただ魔獣を見ているだけ。俺の驚きなど気づいてもいない。

「アキ、わかるのか」
「地獄の犬とか、炎の犬とか言われてるやつでしょ?…思ってたよりでかいけど」

 …兄上も唖然としている。
 そもそも、スライムの知識を持ってる時点でおかしいのだから。市井には伝わらない情報だ。

「仕留める必要はない!牽制しろ!!動きが止まったら一旦離脱、炎が来るぞ!」

 指示を出しながら、アキを抱えてヴェルから飛び降りた。

「アキ」

 魔獣と真正面から対峙する。まだ距離があると言っても放つ熱気が押し寄せてくる。

「…クリス?」

 後ろから抱きしめるようにアキを包み込んだ。

「アキ、やってもらいたいことがある」
「……なに?」
「魔法を使う」

 左手を取り、手首で揺れる鎖に口づける。

「俺にできること?」
「お前にしかできないことだ」

 魔獣の口から炎が飛び散る。…全員、怪我はないようだ。

「いいよ。クリスが教えてくれるなら、やってみる」
「ああ」

 右手でアキの目を覆う。

「アキ、すまない。少し痛むぞ」
「ん」

 己の左の親指の腹を少し噛み裂いた。血が流れ出るのを確認し、アキの左の親指にも同じように傷を作った。

「っ」
「俺の魔力を感じてくれ」

 傷のついた親指同士をこすり合わせる。

「魔力の流れだ。体の中をめぐる」
「……何か、入ってくる気がする。あったかい、ような…?」
「それでいい」

 アキは俺の魔力を受け取りやすい。

「…クリス、熱いのが、なんか、流れてる」
「アキ、その感覚を覚えておくんだ」

 指を離し、アキの指先を口に含む。

「クリス、あつ、いっ」
「大丈夫。魔法はイメージだ。形状、効果、属性、全てがイメージに影響される」
「…うん」
「ヘルハウンドの弱点は氷だ。氷の刃で貫くことをイメージするんだ」
「……ん」

 背後から息を呑む音が聞こえる。
 魔獣を牽制している者たちも数名、驚いたようにこちらを見ている。
 周囲が驚くほどに、アキの魔力が高まっていた。


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