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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

15 兄との会話 ◆クリストフ

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 夜警の兵士達が数名、村の周囲をまわっている。
 それなりに近くに張ってあるもう一つの天幕からは、まだ明かりが漏れ出ていた。

「兄上」

 入口の布をかきあげ中に入ると、兄上はまだ平服のままだった。

「ん?なんだ。まだ寝てなかったのか?」
「兄上もだろ」
「まとめなきゃならないことが沢山ありすぎてね」

 苦笑して肩をすくめる姿からは、疲労がうかがえた。
 俺が考えただけでも事後処理にはかなり手間取る。兄上は恐らく俺の考えよりもはるか先を見据え、なお且つ、それをこの短時間でまとめ上げる。
 本当に、頭が上がらない。
 俺にはどうあがいても、兄上と同じことはできないのだ。

「城なら酒の一つも持ってきたんだけどな」
「帰城したら飲もうか」

 兄上は手元の書類をまとめた。

「アキラは?」
「眠ってる」
「……あまり無理させちゃだめだよ?」
「させてない。抱き潰したいくらいなのに、手が出せない」
「え」

 兄上の手元から、まとめたばかりの書類がパラパラ落ちた。

「………え?」
「………」
「あんなに溺愛してるのに?」
「………………」
「人前であれだけあからさまなことしてるのに?」
「………………………」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない」

 盛大なため息をついてしまった。
 まだ呆然としている兄上の足元から、落ちた書類を拾い集める。

「あ、ありがとう…」

 苦笑してしまった。

「そんなに驚くことかな?」
「あ、いや、なんと言うか…。お前の態度を見ていたら、とてもそんなふうに思えなかったというか…」

 アキは人目を気にするが、俺は特に気にしないからな。触れたいときには触れるし、口づけたいときには口づける。
 兄上は落ち着くためか、書き机の上に置かれた水差しから、グラスに中身を注ぐ。

「ほら」

 渡されて一口飲めば、ぬるいが爽やかな香りが広がった。

「柑橘系の果物が入っているそうだよ。疲れたときにはいいらしい」
「確かに」

 兄上は別のグラスに果実水を注ぎ、寝台の上に座った。

「その…すまなかった。動揺して取り乱した」

 弟が想い人に手を出してないことが、そんなに驚くことだったのか。俺をなんだと思っているんだろう。

「アキが嫌がるんだよ」
「ふうん?」
「口づけは許すのに、触れると怒る。…まあ、怒った顔も可愛いから、わざと怒らせることもあるが」
「それは…うん、なんというか、不憫だな」
「俺が?」
「いや、アキラの方だ」

 そう言われて笑った。兄上も面白そうに笑い出した。

「あいつな、俺のことをよく知らないから嫌だと言ったんだ。アキが俺のことを知りたいのだとわかったら…俺もアキのことを知りたくなった」
「それはいい傾向だね」

 手近にあった椅子に腰掛けると、兄上は視線を合わせて微笑んだ。

「クリストフは今までそういう興味を向けた相手がいなかったから」
「…ああ」
「何があっても私のために、って動いていただろう?」
「それは、これからも変わらない」
「変わるさ」

 兄上は嬉しそうに言い切った。

「アキラがいるからね」
「………」
「お前はいざというとき、アキラを選ぶ。それは当然のことで、私が望んでいたことだ」
「……兄上」
「それでいいんだ。お前に、私よりも大切だと思える相手ができて、本当に良かった」
「…だが、兄上」
「ん?」
「俺は、兄上の右腕であり続けたい」

 どんなにアキのことを大切に、愛しく思っていたとしても、それとこれとは別の話だ。
 それとも、兄上のことを第一に考えられない自分には、すでにその資格がないのだろうか?

「クリス」

 珍しく愛称で呼ばれ、俯いていた顔を上げた途端、頭をめちゃくちゃになでられた。
 まだ幼かった昔のように。

「ギル…っ」
「心配ないよ。私にはお前が必要だから。むしろ、アキラと隠居生活したいと言われたら、全力で引き止めるから」

 胸が詰まる思いだ。
 俺はまだ必要とされている。

「私の補佐ができるのはクリスだけだよ。今までも、今も、これから先も、私が頼るのはクリスだけだ」
「……わかった」

 口元に自然と笑みが浮かんだ。
 今まで盲目的に望んでいたことが、はっきりとした意味を持つ。これも、自分の変化なのだと。兄上がずっと言い続けていたことだったのだと。ようやく、理解できた気がしていた。


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