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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

9 それは衝撃の事実

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「あ」
「わからないんだろ?」

 クリスはまだ笑いながら、ロープを引いている。

「…わかってたし」

 現に、今クリスがやっていることは、俺が思い浮かべていたことだし!

「そうか?」
「そりゃ、現物見たのは始めてだったけどさ…」
「アキの住んでたところでは、水はどうやって運ぶんだ?」
「どう、って…、蛇口からでてくるから、それを鍋とか薬缶とかバケツで…」

 桶を引き上げたクリスの手が止まった。

「ジャグチ?」
「ああ、うん。蛇口。ひねったら水が出てくるんだ」

 身振り手振りで、イメージを伝えたら、クリスは難しい顔になった。

「随分と便利だな…。ジャグチに刻印魔法でも使われているのか?」
「魔法じゃないよ…」

 …俺だって詳しい構造はわかっていないんだから、あまり突っ込んでほしくない。上水道のシステムとか技術とか、知らん。ただの高校生だからね!
 あ、神棚の掃除とかお供えとかお参りはできるよ。こっちに神棚なさそうだけど。

「魔法じゃない、か。面白いな」

 クリスは笑いながら、持ってきたバケツのような取っ手のついた桶に水を移していた。
 …ああ、そうか。運ぶのに別の桶が必要だったんだ。

「持てるか?」
「多分」

 水がなみなみと入った桶はかなり重い。それに、結構な大きさがあるから、歩きにくい。
 クリスはそうこうしているあいだにも、あと2つの桶を満たし、軽々と持ち上げすたすた歩き始めた。
 力の差が歴然。筋肉とか凄いんだろうな…。

「…理不尽だ」

 ぼそっと言ったら、また、笑われた。

「アキ」
「なにっ」

 からかわれるのかと思って口をへの字にして噛み付くように答えたんだけど、クリスの目は真剣そのもので、声を飲み込んだ。

「笑顔でいろ」

 唐突すぎて、クリスの顔をまじまじと見上げてしまった。

「この状況だ。村人たちも兵士たちも疲弊している。自分たちに接してくれる者も同じ顔をしていたら、誰もが辛くなる」
「あ…」
「だから、せめてお前は笑顔で接しろ。笑え。…俺達は間に合わなかった。だから、笑うことは許されない。この村の皆も、助けが間に合わなかったのに、俺達が笑っていたら腹立たしく思うだろ」
「でも、俺も同じじゃ」
「そりゃ、最初は反発もあるだろうが、お前は兵士じゃない。服装を見れば………って、平民にも見えないな」

 …って、俺の格好を見て苦笑した。
 日本の学校の制服ですからねぇ…。

「まあ、兵士じゃない子供が無邪気に笑いかければ、そのうち村の皆も心を開いてくれる。静かに微笑んで、背中を擦るだけでもいい」

 強引なキス魔のセクハラ男なのに、その言葉はコトン…と、胸の中に落ちてきた。
 俺が辛くて悲しかったとき、ばあちゃんは無言で、穏やかな笑みで背中をなでてくれた。たったそれだけで、落ち着くことができた。
 だから、かな。
 ああ、そういうことだったのか、って、素直に思う。

「わかった」

 頷いたら、クリスの足が止まった。
 どうしたのかと俺も足を止めたら、桶を地面に置いたクリスが、右手で俺を引き寄せて、また、唇を重ねてきた。

「ちょっ」

 またか!!

「クリスっ」
「だめ」

 なにがっ!?って悪態をつこうとしたら、遠慮なく舌が唇を割ってきた。

「んっ」

 体が震えてしまう。
 嫌悪とか、は、ないけど。
 右手に持っていた桶を取られた。ああ、よかった。こぼすところだったから。

「クリス…っ」

 歯列を辿られる。
 上顎をなめられる。
 絶妙な加減で舌を吸われる。
 縋るものが欲しくて、自由になっていた手を、思わず背中に回していた。

「…ん」

 気持ちがいい。
 暖かくて、柔らかくて。
 閉じていた目を薄っすら開いたら、碧色の瞳が俺を見ていた。
 心臓が、うるさい。
 ……うっかり、ね。うっかり抵抗らしい抵抗もしないまま、受け入れちゃったけど。しかも、抱きついてね?しかもしかもね?またしても飲んだよ。喉の奥に溜まったやつ。飲まないと苦しくなるしね!仕方ないよね!?だけど、これは流石にね、長いと思うんだ…!

「クリス!!!!」

 思い切り突き放したら、体がぐらついた。クリスから離れたかったのに、その腕に抱きとめられてしまった。……キスで足腰に力が入らなくなるとか、悪夢ですか…。

「俺のものになれ、アキ」
「っ」

 耳元の甘い声。体がゾクリと波打つ。
 声……嫌いじゃないんだよ…。

「アキ…」

 耳朶に、舌のザラつきを感じる。口からはため息のような吐息が漏れてしまった。

「俺、物じゃない」

 なんとかそれだけを口にしたら、喉の奥で笑われた。

「アキはそのままでいい。俺は、もう決めた」
「…勝手に決めないでくれるかな…」
「嫌じゃないだろう?」

 ニヤ…っと笑ったクリスが、また口づけてくる。

「……は…」
「気持ち良さそうな顔をしている」
「っ!」

 多分、俺、顔真っ赤なんだろうな。
 そりゃね。キスが気持ちいい、ってことは、認めるよ。認めますとも!!

「もしかして、兄上の方がいいのか?」
「は?」
「撫でられて、嬉しそうにしていただろう」

 どうしてそうなるのか。
 そりゃあ、イケメンな甘いマスクに、ちょっとドキッとはしたけどね?
 でもそれをどう言えばいいのか。
 真正直に言ったら、何か誤解されそうで。

「嬉しかったけど、それがお兄さんの方がいいとか……そんなことにはならないよ」

 お兄さんはお兄さんだ。

「それに、『いいのか』って、要は『好きなのか』ってことでしょ?俺、女の子のほうが好きなんだけど」

 暗に、クリスのものにもならないと告げたのだけど。
 何故か、クリスは笑った。

「なら、いい」
「何が?」
「アキが兄上を取るというのなら、俺は身を引くしかなかったが、そうでないならば、やはりお前は俺のものだ」
「なんでっ」
「俺が決めたことだからな」
「……そういうことじゃなくて。大体、男同士なんて無理に決まってるでしょうが…」

 そうため息をついたら、クリスはまたニヤリと笑った。

「そんな心配をしていたのか。全く問題ない。世界共通の認識だが、どこの国でも同性婚は認められている。まあ、一部例外はあるがな」
「は?」
「そもそも兄上にはすでに婚約者殿がいる。すでに婚儀の日程も決まっているからな。この国の王太子は兄上なのだから、俺が子をもうけなくても何も問題はない」
「……………は?」
「だから、安心して俺のものになれ」
「いや、待って。そうじゃなくて」

 なんだか大事なことを聞いた気がする。

「誰が、王太子だって?」
「兄上だ」
「この国の?」
「ああ」
「え、じゃあ、クリスって…」
「ん?言ってなかったか。俺はクリストフ・エルスター。この国の第2王子だ」
「………………………………は?」

 今日一番の驚きだったかもしれない…。
 キス魔ことセクハラ男は、まさかの王子サマだった…。


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