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僕の食糧の伯爵様は、とても甘くて美味しいの《前》
しおりを挟む――――私達はとても高貴なる一族なのよ。貴方はそれを忘れてはならないわ。
――――はい、お母様。
――――私達が生きていくためには人族が必要なのよ。それはわかるわね?
――――はい、お母様。
――――人族とは仲良く有りなさい。過去に私達の同胞たちが人族を蔑ろにしたために、数で攻められたこともあったのよ。
――――はい、お母様。
――――食事は人族に気取られないように、しっかりと眠らせるのよ。
――――はい、お母様。
――――それから、気をつけなさい。人族の中に■■■■■が紛れているわ。彼らはとても優美で残忍で甘美なのよ。
――――はい、お母様。
――――可愛い私の子。頑張ってお嫁さんを探すのよ。
「はい、お母さ――――…………、あー………」
返事をした自分の声で目が覚めた。
お母様の夢。
僕が里を出る時に、何度も何度も繰り返し教えてくれたこと。
うん。
大丈夫だよ、お母様。
柔らかな布団の中でぬくぬくと過ごしながら、夢の中のお言葉をもう一度思い出す。ちょっとあやふやなところもあるけど、大丈夫。ちゃんとできてるよ。
「うー……眠い……」
頑張って起きなきゃ……。
がばっと起き上がってパンパンた頬を叩いた。よし、目が覚めたぞ。
寝間着からいつもの洋服に着替えて、もう起きてる家の人たちに挨拶をするために部屋を出る。
「おはようございます!」
「おは……よ………、………ああ、坊っちゃん。おはようございます。今日もお元気ですね」
「はい!元気です!」
僕はニコニコ笑うだけ。それだけで人族には魔法がかかる。それは、魅了って呼ばれてて、僕を無条件で受け入れてくれるようになる。時には息子として、時には孫として、時には恋人として。
今間借りしてるお家はかなり裕福な家らしくて、空いてる部屋もたくさんあった。
魔法の有効時間は一日。だから、毎朝ちゃんと魔法をかけ直さなきゃね。
僕――――ニコラウスは、『高貴なる一族』である吸血鬼の一人。
成人を迎えたので『花嫁』を探しに街に出てきた。
僕らの同胞たちの中には、人族に紛れて暮らしてる人もいる。僕は両親が住んでる里に『花嫁』を連れて帰るんだ。
『花嫁』は生涯を添い遂げる唯一のこと。同胞の一人かもしれないし、人族の一人かもしれない。同胞なら何も問題なく。人族なら僕の血を分け与えることで断ち切ることのできない絆が生まれる。
でも、人族に対して正体を明かすのは問題がある。人族は自分たちと違うものを排除しようとするから。
僕たちみたいな存在は、普段の姿かたちは人族と変わらないから、おかしなことをしなければ怪しまれない。
朝日を浴びても灰にはならないし、聖水をかけられても燃えることはない。――――過去にはそんな弱点もあったようだけど。僕たちも進化してきたんだ。
「……ん。お月様綺麗」
真っ暗な真夜中。
部屋のテラスの窓を開けて、月と星の輝く空を見上げる。
すー…っと意識を自分の内側に向けていけば、それまで着ていた洋服がバサバサと足元に落ちて、僕は骨ばった羽根を羽ばたかせた。
吸血鬼は夜だけ蝙蝠に姿を変えることができる。朝日がでると変身が解けてしまうので、それまでには帰ってこないと駄目だし、まだ僕はしっかりと『変態』ができないから変身すると基本裸なんだ。うう。まだまだ未熟だ。
でも、問題ないし!
僕に血を吸われた人族が、僕のことを覚えていることはない。牙の跡だって綺麗に治しちゃうアフターケア付きだからね!
僕は夜風を感じながら、目当てのお屋敷に向かった。
闇に紛れて羽ばたく蝙蝠は誰にも見つからない。
目的の部屋のテラスに音も立てずに降り立って、鍵の掛かってる窓を勝手に開ける。
僅かな軋む音だけで部屋に入れば、目当ての人はぐっすり眠っていた。
思わず舌なめずりをしてしまう。
天蓋を開くと、ベッドの上で眠るその人が僕の目の前に現れる。
暗くても僕にはよくわかる。綺麗な茶に近い金髪。がっしりとした体格。……瞳の色は見たことがないし、起きた顔も見たことはないけど、この僕が見惚れちゃうくらい綺麗な人。
この人を見つけたのは偶然だったけど。
「………いただきます」
こそっと呟いて、ベッドに乗り上げる。
無防備に晒された首筋に鼻を近づけるだけで、甘くてくらくらする匂いがし始める。
この人、寝間着は着ないらしくて、鍛えられた胸元が晒されたまま。
その胸板にそっと手をついて、牙を首筋に食い込ませた。
「ん……」
………あ、美味しい。
やっぱり、美味しい。
んく、んく、って飲んでる間、僕の体は歓喜に震えてる。
ほんと、こんなに美味しい血、飲んだことがない。
「はふ……」
すぐにお腹が一杯になって、二つの牙の跡をぺろぺろ舐める。そのうち、その跡は綺麗に消えていく。
「ごちそうさまでした」
吸血が終わって離れなきゃならないのに、どうしても離れがたくて、ちゅ、ちゅ、って胸筋にキスをしてしまう。
後ろ髪を惹かれまくりながら、ベッドから降りる。
僕の食糧な人は、一切寝息は乱れていない。
ほっとしたような、残念なような。
足音を立てずにテラスに戻る。
……この人の血を吸うと、僕の体は少しおかしくなる。お尻はぐじゅぐじゅ濡れてるように感じるし、男を示すところが上を向くから。
……もうちょっと、いいかな。
……いや、だめだよ。
「……次は……、満月の日かな?」
二日に一度来てるから。二日後は、満月の日。
「……もしかして、この人が僕の『花嫁』なのかな……?」
僕、この人に会ってから、この人の血しか飲んでない。
とりあえず僕は頭を振って、闇の中で蝙蝠に姿を変えた。
来たときと同じように、闇世の中風を切って羽ばたく。
「……もしかして、あのお屋敷に間借りしちゃえばいいんじゃない……?」
それは、すごく、いい考えだよね。
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