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本編
シュリは可愛い私の伴侶
しおりを挟む弟と執事からこれでもかと叱られかなり気分が沈み込んでいた。
とにかく今夜中にシュリの誤解を解き、伴侶となることを了承してもらわねばならない。そうしなければシュリは弟に取られてしまう。
神殿に提出する婚姻証明の書類には、既に私の名前は記してある。あとはシュリに書いてもらうだけだが、シュリが目覚めてから書いてもらおうと思っていたから伴侶の場所は空欄のままだ。
どう話を進めればいいだろう。
包み隠さず「愛してる」と言葉に出せば、シュリに伝わるのだろうか。
……それよりも、シュリは今夜自分から私のもとに来てくれるのだろうか。
……城を覆う結界魔法も、国境に沿って展開した防御魔法も、眼前の魔物を一掃する広範囲魔法も、城と領地を往復できる移動魔法も、なんの苦労も躊躇いもなく行使した。構成はすぐに理解できたし、それを実行に移す方法もあっさりと身につけることができた。
けれど、シュリに関しては何が正解なのかがさっぱりわからない。正解だと思っていたことは、弟と執事から全力否定された。しかも、正解を問えば、それは自分で考えろと言われる。
私に残されたのは「愛している」と言葉にすることだけ。それすら伝わらなかったら……どうしたらいいんだろう。
新しい魔法を編み出すよりも難解な問題に延々と同じ思考を繰り返してると、部屋にノックの音が響いた。
現実に引き戻された意識が、ドアの向こうにシュリがいることを私に知らせてくる。
「入れ」
ああ、シュリは来てくれた。
二度と私の傍に来てくれないのではないかと不安だった。
…けれど、中々ドアは開かない。
シュリの気配はしているのに、何があったのだろうかと私からドアを開くと、ドアに手を伸ばしたシュリが前のめりに倒れそうになっていた。
手を出したがシュリはすぐバランスを取り直し、ほっと息をついておどおどした様子で私を見た。
「何故入ってこない?」
「だ、旦那様」
声が固くなってしまった。
怯えさせてしまっただろうか。
シュリは泣きそうな目で私を見てから、室内に視線を流す。軽く唇を噛むのは、泣くのをこらえているためか。
夕食のワゴンを押して部屋に入ったシュリは、一瞬呆けた表情で辺りを見渡した。
「あの……旦那様」
「ん?」
「奥方様……は、どちらに……?」
「奥方様?」
なんのことだ……と言いかけて、そういえば使用人たちには今日シュリが成人になったと同時に私の伴侶となることは通達済みだったことを思い出した。
私の伴侶だからシュリのことを『奥方様』と呼んだのだろう。…けれどシュリはそれが自分のことだとは思っていない。
このキョロキョロ動く瞳は、いもしないシュリではない他の『奥方様』を探してるということか。
配膳を終え、出ていこうとしたシュリを捕まえて膝の上に座らせた。
これから食事は常に私と一緒に摂るんだ。今から慣れないと駄目だろう。
シュリの口は小さい。体も軽い。一生懸命口を動かしている姿は可愛らしい。
シュリから花の香がした。石鹸の匂いだろうか。シュリによく似合う甘い香りだ。
…それにしても、『奥方様』に用意された食事もシュリに食べさせているというのに、一向に気づく様子のないシュリ。いつ気づいて顔を真っ赤に染めるだろうかと期待したが…、完全に裏切られた。
「『奥方様』は食事が終わったようだ。デザートのケーキは食べれるか?」
「え、あの、はい、多分……」
シュリのために用意された生クリームがたっぷり使われたケーキ。
おろおろしながらも私がフォークに載せた一口を口元に運ぶと、しっかりと口を開け、幸せそうな顔で食べる。…その姿のなんて愛らしいことか。
そしてふと、成人を迎えたというのに、この日を祝うこともしていなかったことに気づいた。
「そういえば、しっかり祝うこともしてなかったな。……はあ。ラウの言うとおりだ」
「ラウドリアス様……ですか?」
「私は色々駄目なんだそうだ」
「そ、そんなこと……!!」
散々言われたことを思い出しながら自嘲気味な笑みを浮かべたが、シュリは弾かれたように私を見上げ、私の胸元を強く握りしめてきた。
「だ、旦那様に駄目なところなんて、なにもないです!!」
「そうか?」
「はい!旦那様は全てが完璧で、お優しくて、格好良くて、素敵な方で」
「シュリ」
嬉しいことばかりを叫ぶシュリを、思わず抱きしめてしまった。
「だ、だだ、だんな、さま!?」
「…本当にシュリは可愛いな」
「え、あの、あのっ」
狼狽えて上ずった声のシュリ。
「寝室に行こうか」
「え…、あの、片付けを……っ」
「後でいい」
逃げられないように両手に力を入れてシュリを抱き上げた。
シュリは暴れなかったが、悲しそうな目で私を見上げ、寝室を見る。
シュリ。
私の可愛いシュリ。
寝室のドアを開けるとき、シュリは固く目を閉じた。
「シュリ」
額に口付けると、ビクリと体が震えた。
ゆっくりとベッドに下ろせば、目を開き、驚いた表情であたりを見回す。
「え…?あ、れ?」
「何かを探してるのか?」
「あ、あの、旦那様、お、奥方様が、寝室にいらっしゃるんじゃ……」
「そうだな。今は寝室にいるな」
「え……」
どれだけシュリが見渡しても、私達の他に人影を見つけることはできないだろう。鏡でも見せようか。
「シュリ」
「だんな、さま」
私もベッドに腰掛け、呆然としたシュリの手を握り込んだ。
「最初から、この部屋には私とシュリしかいないよ」
「……え?」
「シュリが二人分の食事を運んできてくれたから、執事も、給仕のメイドもいない。私と、シュリだけだ」
「で、でも、奥方様、が」
「私は『この部屋に確かにいる』と言わなかったかい?」
「え……」
「いるんだよ、シュリ。私の妻……伴侶は、今も私の目の前にいる。私と夕食も摂った。私の膝の上で幸せそうにデザートも食べていた」
「だんなさま」
「シュリ。私の伴侶は…誰だろうね?」
*****
旦那様、愛の言葉はどうした。
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