僕は伯爵様の抱きまくら………だったはず?

ゆずは

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本編

僕を抱きまくらにする旦那様は優しくて格好良くて素敵な人

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 いつも僕は使用人用の食堂で少し早めに夕食を頂いて、お風呂にも早めに入っていた。全部終わってから、旦那様にお夕食をお持ちして、食後のお世話とかお話とか姿絵を見てもらったりしてた。
 いつも楽しかったのに、今は溜息をつきたくなるのを堪えて、旦那様のお部屋をノックした。

「入れ」

 旦那様の声。
 ……きっと、お部屋の中には僕が会ったことのない奥方様がいらっしゃるんだ。
 僕はお食事をお持ちしただけ。並べたら、すぐ出てきたらいい。そう。配膳だけしてお部屋を出れば、旦那様が奥方様と仲睦まじくされてる姿をみなくてもいいんだ。
 はぁ…ってもう一度だけ溜息をついてドアに手をかけたら、開けるよりも先にドアのほうが勝手に開いて、前のめりに倒れるところだった。

「うわわ」
「何故入ってこない?」
「だ、旦那様」

 ドアを開けたのは旦那様だった。
 なんか、少し怖い。

「シュリ」
「も、申し訳ございませんでした…っ」

 僕は大急ぎでワゴンを押して部屋の中に入った。

「……あ、れ?」

 奥方様がどこにもいない。

「あの……旦那様」
「ん?」
「奥方様……は、どちらに……?」
「奥方様?」

 旦那様は不思議そうなお顔をされて僕を見る。…それから、何かを納得されたように頷いて、ドアを閉めて椅子に座った。

「この部屋にいる」
「そう、ですか」

 やっぱりいらっしゃるんだ。ここに姿が見えないということは、寝室の方だろうか。
 ずーん…って沈んでいく気持ちに蓋をしながら、テーブルの上に料理を並べた。広くはないテーブルの上に、二人分の食事。
 ……ご令嬢方の姿絵を見せても、興味なさそうだったのに。旦那様のお心を射止めた奥方様は、どんな方なんだろう。

「あの、それでは」

 配膳も終わったし退室しようとしたら、旦那様に手首を掴まれて引っ張られた。

「え」

 その反動でストンと旦那様のお膝の上に座ってしまう。

「あああああの!?」
「食事にしようか」
「え、なんで、や、ちが……、旦那様っ」
「食べてないんだろ?」
「え?あ、はい。まだ――――」
「それなら問題ないな?」

 え、何が?
 旦那様は僕をお膝の上に座らせたまま、柔らかなお肉を一口分切り分け、僕の口元にお肉を刺したフォークを近づけた。
 え?
 なんで?

「シュリ、口を開けて」
「え、あ、はい」

 今までの習慣……というか、旦那様から言われたことは素直に従う……っていう身につけてきたことが、僕の意志とは裏腹に仕事した。
 言われるままに口を開けたら、濃厚なソースがかかった柔らかなお肉が口の中に入ってくる。

「どうだ。うまいか?」
「ん、む。ん、ぉいしい、です」

 ごくん……って飲み込んだら、お腹が盛大な音を立てた。
 僕は熱くなる顔を自覚しながら、そういえば朝食も昼食も食べた記憶がないことに気づいた。
 あまりのことに気が動転してて、空腹だったことにも気づけなかったみたいだ。

「すまなかったな。食事は取らせるべきだった」
「え、いえ、あ、の」
「ほら、口を開けて」

 また、お肉。
 もぐもぐしてごっくんしたら、今度はとろとろの卵。
 旦那様は僕がもぐもぐしてる間に、自分もお食事を摂られてる。僕が一口を飲み込むまでに、旦那様は二口分が消えていくくらいに早いけど。
 そうしてる間に、旦那様は奥方様の分のお皿も引き寄せて、僕の口に入れ始めた。

「だ、旦那様…っ」
「ん?」
「そ、それは、奥方様の…!」
「ああ。問題ないな」

 いやいや、問題ありすぎますから!
 これはあくまでも旦那様と奥方様のお食事だから。僕が旦那様のお膝の上で旦那様のお食事を分けてもらってるのは、朝も昼も食べれなかった僕に対して、旦那様が少しでも可哀そうだと思ってくれてるから……だと、思う。
 だから、奥方様の分に手を付けちゃ駄目なのに。

「ほら、口を開けろ」
「それは奥方様の…!」
「だから、問題ないだろ?『奥方様』はもう食事中だ」
「……え?」
「ほら、口」
「あ」

 んむ…って、またお肉を入れられた。
 奥方様、食事中?
 寝室で?
 でも、僕、奥方様にお食事だしてない。

「寝室にいらっしゃるんですか?」
「もう寝室に行きたいのか?」
「え?」
「腹は膨れたか?」
「あの……、はい……」

 もともとたくさんは食べないし。
 なんか、お肉たくさん食べたら満足し始めたし。

「シュリはもう少し食べなきゃ駄目だな」
「あの」
「まあ、今日はいいか。『奥方様』は食事が終わったようだ。デザートのケーキは食べれるか?」
「え、あの、はい、多分……」

 旦那様は甘いものは食べない。
 だから、デザートのケーキは、奥方様の分だけが用意されてる。
 旦那様はそれをひきよせて、躊躇いなく僕の口に運んだ。
 甘くてふわふわしてて美味しい。僕が大好きなケーキ。

「そういえば、しっかり祝うこともしてなかったな。……はあ。ラウの言うとおりだ」
「ラウドリアス様……ですか?」

 弟君が、どうかされたんだろうか。

「私は色々駄目なんだそうだ」
「そ、そんなこと……!!」

 旦那様が駄目だなんて、弟君でもそんなこと言うの許せなくなってしまう。旦那様には駄目なところなんて何一つないのに。

「だ、旦那様に駄目なところなんて、なにもないです!!」
「そうか?」
「はい!旦那様は全てが完璧で、お優しくて、格好良くて、素敵な方で」
「シュリ」

 思わず叫んでしまった僕を、旦那様は嬉しそうな顔でぎゅ…って抱きしめた。





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