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しおりを挟むぬくもりがなくて辛い日曜日も、今日はそんなに辛くはなかった。
次の週末が楽しみで楽しみで。
先生方から、僕の誕生日にハルの家で過ごすことも許可してもらえた。
「ふふ」
楽しみ。
こんなにウキウキした気分で平日を過ごすのは初めてで、カレンダーを見ながら、一日一日数えて過ごしてた。
あと三回寝たら、会える。
あと二回寝たら、会える。
あと一回――――明日になったら、会える。
「ハル……ハル……」
他の子に気づかれないように、小さな声で呼ぶ。
ハルのことを思い浮かべたら、いつもすごくよく眠れる。
でも何故か、今夜はなかなか寝付けなかった。
頭の中に、ハルとのことがどんどん思い出されてく。
僕が記憶している頃からの、ハルとの思い出。
僕、どうしたんだろう。
明日のことが気になりすぎて興奮してるんだろうか。
初めてキスした日。すごくドキドキして、でも嬉しかったなぁ。
初めてセックスした日。わけわかんなくて泣いてたら、ハルは優しく頭を撫でてくれた。
……そういえば、全部誕生日の日だった。
「明日は何があるんだろ…」
僕の好きなもの、たくさん作ってくれるかな。
大きなケーキ。二人で食べきれるかな?
ふふ、ふふ……って布団の中で笑ってたら、静かに静かに部屋の戸が開いた。
先生が見回りに来たのかなって思っていたら、静かに静かに、僕の肩を叩く。
「夏樹」
「え?」
薄暗い部屋の中で、先生の硬い声。
「すぐ出るから支度して。できるだけ急いで」
「え?え??」
「静かにね。他の子が起きてしまうから。支度ができたら下に降りてきて」
先生は、そう言うと、部屋を出ていった。
「え……?」
意味がわからない。
けど、先生の声は涙声で、何があったんだろう…って、不安になる。
それに、僕だけが呼ばれる意味もわからない。
僕は静かにできるだけ急いで支度をした。薄暗くても場所は見えるし。
足音を立てないように一階の居間の方に向かったら、もう一人、男の先生がいて、僕を起こしに来た女の先生の背中を擦ってた。
「あの…?」
「夏樹、来たね。ほら、そんなに泣かないで……。もう行こう。彼も待ってるよ」
女の先生は何度も頷くと、今度は僕をギュッと抱きしめてきた。
僕は本当に意味がわからないまま、車に乗せられる。
深夜に近い時間。
行き交う車はそれほど多くない。
どこに向かっているんだろう…って外を眺めていたけど、まあ、暗いからあまりわからない。
でも、なんでだろう。
さっきから胸が痛い。
チクチクしてて、ぎゅーってしてて、とにかく、痛い。
…こんな時、ハルがいたら。よしよし…って、頭を撫でてくれたら、こんな痛み消えるのに。
男の先生が運転する車は、何だか急いでいるようだった。
二人共何も話してくれない。
そのうち、車はどこかの敷地に入った。
よくよく見ればそこは病院の駐車場で。
「行くよ」
僕は女の先生に左手を繋がれた。右手側には男の先生がいて、二人に挟まれるような形で歩き始める。
病院にはあまりお世話になった記憶がない。それなりに健康だったから。
病院の中に入ってから、男の先生は夜間窓口みたいなところで何かを聞いていた。少し距離があって、何を聞いているのかは聞こえない。
ペコペコ何度か頭を下げてたら、看護師さんがでてきて、また頭を何度か下げる。
男の先生が僕達の方を見て手招いた。
女の先生は僕の手を強く握りしめて、男の先生と看護師さんの後について歩き出す。
白より、クリーム色のような廊下。
その内、一般の通路からは外れた場所を歩く。
ひんやりとした空気。
夜間だからなのか、やたらとひっそりとした空間だった。
「こちらです。間もなく先生も来ますので」
「ありがとうございます」
看護師さんは、なんの変哲もない扉を開けた。
中から、廊下よりも温度の低い空気と、お香のような匂いが流れ出てくる。
それから、先生たちと僕は、その部屋に入った。
「………え?」
部屋の中には、ベッドが一つ。
その上には、真っ白なシーツがかけられた、人一人分の盛り上がり。
枕元には菊の花が活けてあって、お線香がたかれていた。
心臓が、妙な音をたてる。
僕は先生から離れて、そのシーツの山に向かった。
そこで眠っていたのは、黒髪の人。
早くなる呼吸を意識しながら、顔にかけられていた小さな白い布を、取った。
「……………なん、で……?」
白い顔。
いつも僕を見つめてくれる青い瞳は、瞼の奥に隠れてて見えない。
呼吸していない、動かない胸。
僕を呼ばない唇。
「ハ………ル?」
え、これ、なんの冗談?
全然面白くない。
「ハル……、ねぇ、起きてよ?寝てないで起きて……」
頬に触れた。
指先にはなんの体温も触れてこない。
「ハル……ねぇ、ハルってば……!!!」
「夏樹っ」
後ろから、先生に抱きしめられた。
「夏樹……夏樹……」
「先生おかしいよ。ハル、起きない。僕が、僕がこんなに呼んでるのに、ハル、起きてくれない……」
「夏樹……」
「ハル……起きてよ………ハル……」
僕が呼んでるんだよ?
『ナツ』
って、いつものとろける顔で呼んでよ。
『ナツ、好きだよ』
僕だって好きだよ。
大好きだよ。
『誕生日、楽しみにしててね』
楽しみにしてたよ。
ふと、部屋の中の時計を見た。
そしたら、もう日付は変わっている時間で。
「誕生日……僕の、ハルに、会った日だよ」
ハルに出会った日。
ハルに見つけてもらった日。
ハルに名前をもらった日。
ハルとキスをした日。
ハルに抱かれた日。
僕とハルの特別な日。
僕が呆然としてる間に、お医者さんと看護師さんが来て、先生方は説明を受けていたらしい。
僕は、何も聞こえなかった。
冷たい手を握ってた。
握り返してくれないけど。
だって、手が冷たいから、握っててあげないと。
ハルが目を覚ましたとき、僕がいないと寂しがるから。
「夏樹」
肩を叩かれた。
ノロノロと振り返ったら、女の先生が手のひらに乗る小さな箱を僕の目の前に出してきた。
「……な、に?」
「これは、夏樹が持っているべきものよ」
「春人が事故にあったときに持っていたものだ。受け取ってあげたらいい」
小箱を受け取って、そっと開いた。
「……え」
大きさの違う指輪が二つ。
箱を持つ僕の手が震え始めた。
「夏樹が十六歳になったら、パートナーとして一緒に暮らしたいんだ、って、ずっと言ってたのよ」
「同性婚は認められてないから、それでもちゃんと形として指輪も用意したんだな。明日……というか、今日、か。春人は夏樹にプロポーズしようとしてたんだ」
「とても幸せそうだったのに…、こんなことになるなんて……」
小さい方の指輪を手に取った。
いつサイズを測ったのか、左手の薬指にピタリと嵌まる。
「ハル…」
冷たい左手を取る。
同じデザインの、サイズの違う指輪。
それを、ハルの動かない左手の薬指に嵌めていく。
「……ハル、ハル……っ」
結婚しよう、って、ハルの口から聞きたかった。
ハルに、指輪をつけてもらいたかった。
「ハル………っ!!」
冷たい身体に抱きついた。
涙が、次から次に溢れてくる。
「ハル……お願い、お願いだから、目を開けてよ……っ!僕のこと、呼んでよ……!!」
僕がどんなに泣き叫んでも、ハルは目を開けてはくれなかった。
止まってしまった心臓は、動くことはなくて。
泣き叫んで、泣いて泣いて、泣き叫んで。過呼吸みたいなものを起こして、目の前が真っ暗になって、呼吸ができなくなって。
慌てた先生たちと、戻ってきたお医者さんや看護師さんに何かされて。
………目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
数日後、家族葬みたいなひっそりとした葬儀が執り行われた。
もう僕はよくわからなくて。
ただ呆然とその場にいた。
ハルは、大学に通いながらアルバイトをして、僕と一緒に生活するための資金や、指輪を買う費用を貯めていたんだって。
僕が十六歳になったら、結婚しようって。法律上、本当の伴侶になることはできないけど、書類が大切なんじゃなくて、僕達二人が納得していればいい、そんな感じだったんだって。
『家』の先生たちは知ってたって。ハルがちゃんと話してくれた、って。先生たちに言ったことを僕に言わなかったのは、僕が恥ずかしがるから、だって。
一体何の心配してるんだろう。
そりゃ恥ずかしいけど、僕だって、ちゃんとしたかった。
僕の誕生日の前日に、指輪が出来てそれを受け取ったハル。
……でも、その指輪の入ったカバンに気を取られてて、信号無視で突っ込んできた車に気づくのが遅れた……らしい。
……………お医者さんたちの話では、ほぼ即死だった、って。
顔にはほんの少しのかすり傷くらいだったけど、体は悲惨な状態になっていたらしく、包帯の下は見せれないほどだった、って。
僕は、ゆっくり上がる灰色の煙を、ただぼんやり見上げてた。
左手の薬指に、指輪をつけたまま。
僕の首には、鎖に通したハルの指輪。
煙は、長い長い煙突から、ゆっくりゆっくり立ち昇る。
僕の、全てが消えてしまった。
僕の世界の全てはハルだったのに。
ハルは、それほど大きくはない箱の中に収まってしまった。
『家』の一部屋に置かれて、時期が来たら別の場所に移すのだそうだ。飾られてる遺影のハルは、口角を上げて笑ってる。
「……ハルは、こんな笑い方しないのに」
不自然な笑顔。
こんなの、見たくない。
ハルの家は、先生たちが片付けた。ハルに沢山愛されたあのベッドも、いつの間にか処分されていた。
冷蔵庫にはたくさんの食材があったって。全部、僕が好きなもので。僕の誕生日に、僕の好きなものを沢山作ろうとしてたってわかって、また泣いた。
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