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婚約披露パーティーには波乱がつきものです?
68 「浩希、車の中でキスしたかったでしょう?」
しおりを挟む「忘れ物はないですか~?」
「…監督、遠足の引率とかじゃないんだから…」
「司でいいって言ったでしょ、坊ちゃん。忘れ物がないようにするのは、最低限必要なことでしょう」
…ってウィンクされても。
午前十時。
雷音監督は宣言通りきっかりその時間に迎えに来た。
俺と嘉貴の着替えもちゃんと用意済み。俺たちが着替えている間に、入院中に使っていたものを片付け始める手際の良さに感心してしまった。
…まてよ?この着替えって、どこから持ってくるんだろう。
朝早く回診に来た先生からは、毎週木曜日に通院に来ることと、許可が下りるまでバストバンドは外さないようにってことを念をいれて言われた。仕事は暫く休みなさいと言われた時、嘉貴は素直に頷かず苦笑していた。きっと、完治していなくても仕事行くんだろうな。
見送ってくれた看護師さんたちは俺に妙に優しくて、意味不明だったけど、嘉貴に意味ありげな視線を送られるよりよっぽど安心した。内心ほっとしてる俺って、嘉貴のことを笑えないくらい実は心が狭いのかもしれない。
「さてと…、自宅に戻ってる時間は無いから、直接実家の方にいきますよ~?」
「ああ、頼む」
シートにもたれかかって息をついた嘉貴は、なんとなくつらそうに見えた。
「…大丈夫?」
そしたら、嘉貴は口の端を少しあげて目を細めて笑う。
「大丈夫ですよ」
大丈夫そうに見えないから言ってるのに。
「でも」
「さっき痛みどめは飲んできたし、じきに効いてくると思うから」
痛いんだ。
じゃあ、なんで素直に「痛い」って言ってくれないんだろう。
「それに、歩き回らなければそれほど痛みは強くならないしね」
少し息をついた嘉貴は、俺の頭の後ろに手をまわして、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
「心配してくれてありがとう、浩希」
「嘉貴…」
額に軽く触れる口付け。
唇にしてくれるのだと思ったから、少し拍子抜けした。
なんで…って顔で嘉貴を見てしまったんだと思う。嘉貴は俺を見て苦笑する。
「よ」
「パーティに集まる人たちは全員、嘉貴が事故にあったことを知ってるから、嘉貴専用の椅子を用意してるはずですよ」
…って声をかけられて、漸く雷音監督がいたことを思い出した。
あげかけていた腕を下して、嘉貴の服の袖をギュッとつかんで、俯いてしまった。頬のあたりが熱い。恥ずかしくて顔があげられない。……っていうか、監督の存在を軽く忘れてしまう俺も俺だ……。
嘉貴の実家は…「お屋敷」だった。
あまりの広さにかなり呆けてしまう。
しかも、車を降りた俺たちを出迎えてくれたのは金髪の美女で、深いスリットの入った黒のセクシーなドレスを着ている人。
「嘉貴、おかえりなさい」
「母さん、ご心配おかけしました」
……って、母親なのか!?
嘉貴の隣で固まってると、その金髪美女は俺にむかってにこっと微笑むと両手を握ってきた。
「浩希くん。お久しぶりね……って言っても私のことなんて覚えてないわよね?貴方のことは息子たちから色々聞いてるわ。どうしようもない息子だけど、嘉貴のことよろしくお願いするわね?」
「は……はぃ」
「母さ」
「やーん、ほんと可愛くなっちゃって!」
って言う黄色い声のすぐ後、何故か抱きしめられた。
なん、なんだ!?
「母さんっ」
目を白黒させていたら、嘉貴が困ったように俺から母親を引き離してくれる。
「浩希が困っているでしょう」
「浩希くんよりも貴方が嫌なんでしょう」
母親はずばりとそう言いきると、嘉貴は困ったようにため息をついた。
「有利、俺の母親で羽根川由貴です」
「由貴ちゃんでいいわよ」
金髪美女……改め「由貴ちゃん」は、―――三十近い息子が二人もいるなんて思えないくらい若々しいから、『ちゃん』がおかしくない―――にっこり微笑んだ。
というか、そうか。この人が「嘉貴が重体」の発信源の人か……。
「母さん、時間まで部屋で休みたいのですが…」
「あら、そうね。こちらに部屋を用意したわ。嘉紀は急な呼び出しで今はいないけど、パーティーには遅れないって言っていたから大丈夫ね」
先頭をきって歩き始めた由貴…ちゃんお母さんの後ろを、嘉貴と二人でついて歩く。
歩き始め、嘉貴は少し表情をゆがませたけど、一瞬だった。
「……そうですか」
やっぱり仕事が心配なんだろうな。
嘉貴の表情が少し険しい。
「やっぱり貴方がいないと大変なようよ」
「すみません」
「いいのよ。最近のあの人全部嘉貴に任せきりだったんだから、少しは働かないとね」
…それにしても由貴ちゃんお母さん(長い…)、一体何歳なんだろう…。年齢不詳。
「あの人も浩希くんに会えるのをすごく楽しみにしてるのよ」
「え?あ……はい」
いきなりふられてちょとびっくりした。
そういえば、嘉貴はうちの両親に会って挨拶したけど、俺は嘉貴の両親に会うの今日が初めてなんだった。
…なんて挨拶すればいいんだろう…。
「この部屋よ。パーティーまで一時間くらいはあるから、ゆっくり休んでいて。後で飲み物を運ばせるわね」
「ありがとうございます」
「貴方達のスーツは用意してあるから、そこのクローゼットの中から選んで好きなのを着て頂戴」
由貴ちゃんお母さんはそう言い残すと部屋に俺たちだけを残して扉を閉めた。
嘉貴は部屋の中央にあるソファに身を沈めると、長く息をつく。
「痛む?」
「少しね」
由貴ちゃんお母さんの前で少し無理をしてたんだろうか。顔色が悪い。
「痛みどめは……あ、そっか。あんまり時間あいてないから無理だ……」
「浩希」
部屋の中をウロウロしていたら、嘉貴に呼ばれた。
「なに?」
嘉貴の隣に座って、見上げる。
「キスしてほしいな」
「なんでっ」
「浩希がキスをしてくれたら…治るから」
んなことして治るわけないじゃん……。
「嘉貴」
「浩希、車の中でキスしたかったでしょう?」
言われて、つまった。
そりゃ、そうなんだけど。…だけど。
「浩希」
腰を抱かれて熱い視線をむけられたら、鼓動がどんどん速くなる。
「い……今だけだからな…!」
くすっと笑う嘉貴の肩に両手を置いた。
自分からキスをするのは何回かあった。けど、やっぱり緊張する。
ゆっくりと、唇を重ねた。
触れ合わせるだけのキス。
「嘉貴…」
少しだけ離して名前を呼ぶ。
それからもう一度。
キス、したかった。
「浩希…」
腰を抱く腕にちからが込められる。
それから何度も。
軽く、触れるだけのキスを繰り返した。
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