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婚約者様、疑ってごめんなさい
64 早く治ってほしい
しおりを挟む夕飯が運ばれてくるまでの間、キスを繰り返していた。
離れたくなくてずっと嘉貴の傍にいた。
午後六時すぎに部屋にノックの音がして、慌てて嘉貴から離れてドアを開けると、看護師さんが笑顔で夕飯をもってきてくれていた。
「あ、俺もらいます」
「じゃあ、お願いします」
トレイを二つ受け取って、ソファの方に向かうと、ドアが閉まる音。
こぼさないようゆっくり歩いてテーブルにトレイを載せたところで、嘉貴がベッドから降りて歩いてくるのを見た。
「歩いて平気?」
「ええ。それほど痛みませんから」
嘉貴は点滴スタンドを動かしてソファに座る。
俺もその隣に座って、箸やらなんやら準備した。
「いただきます」
何もしていなくても普通に腹は減るもんだ。
それに、病院食にしては見た目もいいし、味もいい。
「……退院したら何が食べたい?」
「退院してもすぐには無理じゃないの?」
「痛くなければそれくらいは多分平気かな。鎮痛薬は飲んでるしね」
嘉貴は食事に手をつけるまえにお茶を飲んでいた。
食べないのかな…ってじーっと顔を見ていたら、苦笑されて、頬にキスをされる。
「……食べたいのは、ないけど…」
「けど?」
「……嘉貴が淹れてくれる紅茶が飲みたい」
素直にそう言うと、嘉貴はまた笑った。
「いいですよ。お望みのままに」
肩を抱き寄せられて額にキスが降りてくる。
こうしてるのもいいけど、好きだけど。……ご飯、食べようよ。
七時過ぎ、嘉貴の点滴がなくなった。
そのあとに来た看護師さんは、嘉貴の腕から針を抜いた。
「ようやく身軽になったかな」
「痛みはありませんか?」
「ええ。今は大丈夫です」
「もし痛みが強くなったらすぐに呼んでくださいね」
嘉貴と看護師さんの会話をなんとなくぼーっと眺める。
看護師さんは手際よく物を片付けてから、血圧を測ったり手首を握ったりする。…それが仕事なんだってわかっていても、少しムっとした。
知らず知らずそれは顔に出ていたようで、目が合うと嘉貴に笑われた。
…笑わなくたっていいじゃん。
「ところで、お風呂には入っていいかな」
「シャワーだけなら大丈夫ですよ」
「シャワーね。ありがとう」
嘉貴はすごくいい笑顔で看護師さんに礼を言う。
結構若い看護師さんは、見るからに頬を赤らめて……嬉しそうにしていた。
……やっぱりムカツク。
「嘉貴っ」
思わずそう口にしていたけど、用事なんてない。
「なに?」
俺の反応を見て楽しんでるんだ、この顔っ。
「鼻の下伸びてて格好悪い」
「心外ですね。伸ばしてませんよ?」
「伸びてる!」
俺らのやりとりを聞いていた看護師さんはくすくす笑うと「何かあったら呼んでください」って言い残して部屋を出て行った。
彼女がいなくなってドアがしまった途端、嘉貴が腕を伸ばしてきて俺をあっさり捕まえてしまう。
「妬いたの?」
からかうような声が、耳元でして背中がゾクゾクした。
「そ…じゃない」
「妬いたんだ?」
耳元の声が熱い。
どうしよう。体が震えてしまう。
「ねえ、浩希…」
くちゅり…って音に快感を引き出される。
耳……って、弱い。
「あ……や、ぁ……」
「教えてくれないと………このままだよ?」
「ん………いじ、わる…っ!」
「浩希のことはどうしてか苛めたくなるんですよ」
体がびくびくして、耐えきれなくて嘉貴の腕にしがみついた。
舌が耳を舐めたり、中に入ったり………、目の前に霞がかかるようだった。
「……しごと、って、わかってるけど……」
「ん?」
「……けど、……嘉貴に触っていいの、おれ、だけなのに、…あのひと、べたべた触ってるから……っ」
「浩希」
嘉貴の声が弾んでいた。
嬉しそうな声。
「可愛いね」
「嘉貴…っ」
「浩希があんまり可愛いから……もうもたないよ」
首筋に触れた唇に、また体が震えた。
「嘉貴……」
「一緒にシャワー使おうか」
それほど広くはない浴室の中に、湯煙が満ちていた。
シャワーを流したまま、裸で嘉貴と抱きあってキスをする。
お湯の流れる音と、舌が動く濡れた音が混ざり合う。
キスの最中にも、濡れた髪からは雫が顔に落ちてくる。
「よしたかぁ…」
嘉貴の身体にはあちこちに痣ができてる。それは事故のときのもので、赤かったり、紫色だったり、上半身に集中してるそれは痛々しい。
でも、嘉貴は生きてる。
今、俺の眼の前にいる。
抱き合って、キスをして、互いの鼓動を感じることができる。
嘉貴の手が俺の頭をなでた。
もっと、嘉貴を感じたい。
さみしい思いをもうしなくていいよ、って。
悲しい思いももうしなくていいよ、って。
「よしたか」
「浩希?」
唇を離して、嘉貴の首筋に当てた。
お湯が辿り流れるそこには、どくん、どくんって鼓動をうつ場所がある。
唇を押し当てて、その鼓動を感じる。
それから、嘉貴の左胸に。……ああ、やっぱりしっかりとした鼓動を感じる。
痣ができてる肩とか、胸とか、腹部とか。痛くないように、唇で触れるだけのキスをする。早く治ってほしい。
それから浴室の床に膝をついて、もうかなり上を向いてる嘉貴のソレの先端にも、キスをした。
「浩希……、しなくていいよ」
「……俺が、したいから」
止めるのは言葉だけ。それだって、優しい声音。
俺がやりたいこと。
嘉貴はちゃんと理解して、それ以上は止めなかった。
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