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婚約者様、疑ってごめんなさい
63 嘉貴が欲しくて……我慢できない
しおりを挟む病院にむかう車の中でも、「嘉貴に逢いたい」って気持ちが大きくなるばかりだった。
樹里さんは何も言わない。ただ、微笑んでるだけ。
病院に到着して駐車場に入るのかと思ったら、正面入り口前で止まった。
「それじゃ、嘉貴のことよろしくね」
「樹里さんは行かないの?」
「私は仕事に戻らなきゃ。日香に押し付けてきちゃったから」
くすくす笑う樹里さんに頷いて、車を出る。
「―――あ、樹里さん」
「なに?」
「あの…………疑ったりして、すみません。それから……ありがとう」
謝罪と感謝と。
俺の正直な、気持ち。
「浩希くん……また会ってくれる?仕方がないから嘉貴と一緒でいいけど」
笑ってそう話す樹里さんに、俺も笑って頷く。
「俺も、また樹里さんと話したい」
本当に、そう思えた。
走らない程度の速足で、嘉貴の病室に急いだ。
エレベーターが上に行くのも遅く感じる。
病室のある階についたら、もう我慢できなくて廊下を走ってしまった。
ようやくたどり着いた病室に、ノックもせずに飛び込む。
嘉貴は何か本を読んでいたようで、飛び込んだ俺にベッドの上から微笑みかけてきた。
「嘉貴」
「おかえり。樹里は仕事に戻った?」
「うん」
飛びついてしまいたい衝動にかられつつ、息を整えてベッドに近づく。
「…あのさ」
「なに?」
「…………嘉貴」
笑うばかりの嘉貴に両腕を伸ばして抱きついた。
「浩希?」
ベッドの上で膝たちになって、とにかくこうしていたくて。
「……逢いたかった。すごく…逢いたくなった」
「…浩希」
「嘉貴、好き」
ちゃんと伝えたい想いがあるのに、うまく言葉にできない。
体を少し離して、嘉貴の顔に手を添わせた。
いつもはしないこと。でも、今は、そう、したくて。
「……好きだよ」
胸が熱くなる。
嘉貴は何も言わないまま腰に両腕を回す。
少し上向かせた嘉貴の唇に、触れるだけのキスをした。
温かい。
このぬくもりは、俺だけのものだ。
もう一度、唇を重ねる。
それから…自分から舌を潜り込ませた。
嘉貴の、腰を抱く腕に力が入る。怪我に障るから…ってことを気にすることができないくらい、俺の中には嘉貴への想いが溢れていた。
潜り込ませた舌は嘉貴にからめとられる。
唇の間のぬれた音。
吸われるたびに腰に溜まってしまう熱を自覚する。
足に力が入らなくなりそうで、唇を離して嘉貴の肩に顔をうずめた。
「嘉貴……」
「何かあった?」
「…俺、やっと嘉貴の気持ちがわかった気がする」
「浩希?」
「嘉貴が……どれだけ俺のこと想っててくれたか…って」
伸ばした嘉貴の足の上に座り込んだ。
怪我した胸が痛まないように気をつけながら、鼓動を感じたくて胸に額を押し当てる。
「書斎の写真を見た?」
俺の頭をなでながら、嘉貴は柔らかい声で俺に聞いてきた。
「……見た。…ごめん」
「謝ることはないですよ。書斎に入っちゃ駄目なんて言ってないでしょ?」
背中をさする手。
髪を梳く手。
「……あそこで、嘉貴がどんな気持ちだったんだろう…って思ったら、すごく…逢いたくなった」
「浩希…」
「もっと早くこうできていたら……、俺が、嘉貴のこと忘れたりしなかったら……、嘉貴、あんなに寂しい思いしなかったのに……ってっ」
とまったはずの涙が、また流れ出した。
「浩希……、でも、今は浩希は俺の傍にいてくれているでしょう?」
「……うん」
「確かに寂しかった。けど、浩希との思い出があったから俺は今まで頑張ってこれたんだし、今はこんなに…幸せなんですよ?」
「…………うん、俺…嘉貴の傍にいる。もう離れたりしない。だから……だから…っ」
「離れたくても離さないって言ってるでしょう?」
嘉貴は笑ったまま力いっぱい抱きしめてくれた。
俺も腕に力を込める。
「それに、浩希はもう俺のものだし…、俺も浩希だけのものでしょう?」
「うん……っ」
「一人で過ごした分は…これから埋めていきましょう?……二人で、たくさん」
嘉貴は俺から手を離して、さっき俺がやったように両手を頬に添えてきた。
見上げた嘉貴の表情は、落ちついていて、すごく優しくて。
「嘉貴…」
「愛してる…浩希」
想いが、近くなる気がした。
別々の体。
別々の心。
なのに、今、すごく近い。いっそ、同じになってしまえばいいのに。融けて、融け合って。
「嘉貴、欲しい」
声は少し上ずっていた。
心臓がバクバクしてる。
欲しくて、欲しくて仕方がない。
「浩希」
「嘉貴が欲しくて……我慢できない…っ」
嘉貴が怪我してることも、ここが病院だってこともわかってる。
わかってるけど、強くなってしまった想いをとどめることなんてできなかった。
「……でも、浩希」
「駄目?」
「駄目じゃないよ」
嘉貴は軽く俺の額にキスをする。
「俺も欲しい」
「じゃあ…」
「けどね、もうそろそろ夕食が運ばれてくる時間だから」
「……あ」
「…だから、そのあとに………ね?」
目を細めて同意を求めてくる嘉貴に、俺は小さくうなずいた。
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