【完結】婚約者からはじめましょ♪

ゆずは

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婚約者様、疑ってごめんなさい

61 俺、どうすればいいんだろうか

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 その日はなんとなく過ぎた。
 嘉貴は時々呼ばれる検査以外、ほとんどをベッドの上で過ごしていて、気が付いたら寝てることもあった。
 その寝顔を見るたびに、やっぱり体がつらいんだ……って実感する。

 そうやって過ごして午後二時ころ。
 ドアをノックする音がした。
 嘉貴はベッドの上で見ていた本から顔をあげた。
 俺は出迎えるべくドアにむかう。
 その間に、もう一度ノック。

「はいはい、どうぞ――」

 看護師さんたちはノックの後に普通に入ってくるから、お見舞いの誰かかもしれない。
 そう思ってドアを開けた。
 開けた途端――――凍りついた。

「こんにちは」

 ドアのむこうには、花籠を持った、「あの」女性が立っていたんだ。

「浩希?」

 後ろから不思議そうな嘉貴の声がかけられて、我に返った。

「あの……どうぞ」
「ありがとう」

 嘉貴が幼馴染って言ってた――――確か、鷲森さんは、綺麗に微笑むと病室の中に入ってきた。

「樹里?」

 嘉貴がびっくりしたような声を出してきた。
 たったそれだけのことなのに、なんでか胸がズキズキする。
 幼馴染。彼女は、幼馴染なんだから。さらりと名前で呼んだとしても、それは、幼馴染みだから、で。

「あら、やっぱり重体じゃなかったのね」
「…母さんかな」
「ええ。ずっと『重体なのよ』って仰っていたから」

 綺麗な人だった。
 あの日見た時より、近くで見ると本当に、綺麗な人。
 目の前を通り過ぎる鷲森さんからは、すごくいい匂いがしてくる。
 無意識に、左手につけたままの指輪に触れていた。
 助言をもらっただけだ、って。
 そう言ってくれたけど、胸の痛みが落ちつかない。

「浩希……こっちにおいで」
「あ……うん」

 顔をあげたら鷲森さんの、俺に向けられたにこっていう感じの笑顔が目に入った。
 綺麗な人なのにその笑顔を見ていられなくて、また俯いて嘉貴の傍に行く。

「…嘉貴…」

 嘉貴は俺の頭をなでた。
 目を細めて俺を見てから、少し頷く。

 ――――大丈夫だよ。心配することなんて何もないんだから。

 そう、言われてる気がした。
 だから少しだけ、気分が落ち着いてくる。

「鷲森樹里。俺の幼馴染で、父の会社の医務室で医師長を務めているんだ」
「…鷲森さん…」
「樹里でいいわよ。百合恵さんはお元気かしら。最近ちゃんとお会いしてなくて」

 思わずじっと鷲森さんの顔を見ていた。
 なんでそこで母さんが出てくるんだろう。

「小さいころ、樹里もよく一緒に遊んでいたんですよ、浩希」
「え?」
「少なくても、あの後も嘉貴よりは百合恵さんにお会いしてると思うわ」

 鷲森さんは悪戯っぽく笑う。
 あの後…っていうのは、俺の小さいときの記憶がぷっつりなくなってる、木から落下のあのあたりだろうか。

「…そう、なんだ……。俺…覚えてないから……」

 それに、嘉貴のお父さんの会社の医務室に…ってことは、深山さんと一緒ってことだ。…あ、そういえば、あのとき「じゅり」って、嘉貴が言ってた気がする。

「いいのよ。気にしないで」
「……すみません」

 気にしないでと言われても気になる。
 もし、そのころの記憶が俺にあったなら、…こんなに苦しい想いをしなくて済んだんだろうか。
 …駄目だと思っても、言葉が出せない。続かない。
 疑ってるわけではないけど……どうしても、気にしてしまう存在。

「……嘉貴」

 鷲森さんはサイドテーブルに花籠を置くと、嘉貴に向かって微笑みかけた。

「なに?」
「結構元気そうよね」
「……まあ」
「じゃあ、浩希くんを借りてもいいわよね」

 突然の鷲森さんの提案に、嘉貴も俺も…言葉を飲み込んでいた。
 借りる…?
 俺を借りるってどういうこと…!?

「浩希くん」

 鷲森さんはやっぱり笑ったまま俺の手を握ってくる。

「鍵、持ってるわよね?」

 鍵…って、あれかな、嘉貴の家の鍵のことかな。

「あります……けど」
「じゃあ、決定」
「樹里」
「返さないわけじゃないの。でも、二時間くらいは一人でも平気よね?私だって浩希くんともっと話がしたいし」

 俺、どうすればいいんだろうか。
 鷲森さんは意外な押しの強さで、嘉貴の返事も待たずに俺の腕を引っ張って病室を出てしまった。

「よ」

 手を伸ばして呆然とする嘉貴の姿は、ドアに阻まれて視界から消えた。

「あの……鷲森さんっ」
「貴方と話をしたいの。これは本当。だから、嘉貴の家に行きましょう」
「話ならここのラウンジでも……」
「嘉貴の家じゃなきゃ駄目なのよ」

 女性の力なんだから、振りほどこうと思えばできた。
 けど、それは、俺の意志に反する。男が女性に腕力で勝つなんて当たり前のことだから、余計に。

 腕を掴んでいた手は、いつの間にか俺の手を握っていた。
 恥ずかしい……というよりも、なんだか妙な懐かしさがある。
 下に降りるエレベーターの中でもずっと。

「この間……ごめんなさいね。私がもっと気をつけていればよかったのだけど。貴方に誤解させてしまった」
「へ?」
「司にね、聞いたの。貴方が、私と嘉貴が一緒にお店にはいるところを見たらしい、って」
「っ」
「でも、本当に誤解しないでね?……私は、嘉貴より浩希くんのほうが好きだもの」

 さらっと言われたことに、顔が赤くなるのを感じて俯いた。

「嘉貴が…というより、私の周りはみんな、なんだけど、必要以上に気を使ったり優しくするのは、私のせいなのよ」
「…なんで?」
「私ね、目が悪かったの。手術でだいぶ見えるようにはなったんだけど…。そのことがあるから、必要以上に気にするのね。変よね。車だって一人で運転してるのに」
「……目が」

 意外な告白だった。
 そのうちエレベーターが一階に到着して、俺たちはやっぱり手をつないだままゆっくりと歩き始める。


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