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婚約者様、疑ってごめんなさい
58 俺も、全部、この人のものだから
しおりを挟む「―――――それで、嘉貴は俺のことなんて、本当はどうでもいいんじゃないかって思って…」
抱きしめられてキスをして、涙が落ちついたころ、昨日のことをぽつりぽつりと話した。
「昨日…電話で聞こうかどうか迷って…、でも、聞けなくて…。逢いたいのに………逢いたいって、言えなくて…っ」
「浩希………」
黙って聞いてくれていた嘉貴は、俺が言葉を詰まらせると眉間に皺をよせながら抱きしめてきた。
「すみませんでした……。貴方を…悲しませてしまった」
「………あの人……だれ?」
「俺の幼馴染で、鷲森樹里と言います」
樹里さん…って名前、前にどこかで聞いたような気がする。
「彼女には、……少し助言をもらいたくて」
「助言?」
「ええ」
嘉貴は俺から腕を離すと、ベッドの横に設置されている棚に手を伸ばして、中からセカンドバックを取り出した。
なんだろう。
「……事故のときにどこか傷ついたりしなかったか不安だったんですが」
嘉貴がバックの中から取り出したのは、小さな箱だった。
「これを、浩希に」
「俺に?」
「ええ。…開けてみて、浩希」
促されるままに小さな箱を開けた。
それから、言葉をなくす。
中におさまっていたのは、綺麗な、本当に真っ青な宝石をあつらえた指輪だった。
「これ……」
女の人がするような、石が強調される派手なやつじゃない。
男の俺がしていても全然おかしくないようなデザインの、もの。
「……彼女には、本当に助言だけもらいました。選んだのは俺自身です。浩希のことだけを考えて、浩希に似合うものを、と。……妥協はしたくなかったので、その日の仕事は夜中まで持ち越しになりましたけどね」
「……嘉貴」
「浩希」
嘉貴は微笑んで俺の左手を取った。
「…婚約が始まりだったし、浩希のご両親にそう挨拶はしたけど…、肝心の浩希に何一つ言ってなかったことに気づいてしまって」
そのまま薬指に口付けられる。
すごく、ドキドキした。
「俺と………結婚してくれますか?」
「……嘉貴」
「一生……俺の傍にいてほしい」
「…嘉貴…っ」
「…………返事は?」
「そんなの…決まってる…っ」
プロポーズ、なんだよな。
嘉貴との関係は最初が婚約者だったから、…嘉貴のことを好きだって自覚して、婚約破棄はしないって言われて…、入籍の日も決めたりとかで、普通に結婚するんだと思っていた。
婚約ってそういうことだよな、って意識があったから、嘉貴から結婚してほしい…なんて、言われると思ってもいなかった。
「浩希……」
「俺……嬉しい、嘉貴」
温かい涙があふれた。
嘉貴はそれを唇で拭ってくれて……、俺の左手を取って薬指にその指輪を滑り込ませた。
「よかった。ぴったりですね。………よく似合う」
「………俺…」
「浩希、俺は心が狭いから、浩希のことをこの先独占してしまうけど……それでもいい?」
「いいよ」
考えるようなことじゃなかった。
「だって……そしたら、俺も嘉貴のこと、独り占めできるから」
嘉貴は嬉しそうに笑って頷いた。
「俺は――――あのときからずっと、浩希のものですよ」
あの時、っていうのは、きっと小さな子供のころのこと。
「嘉貴……」
悲しいことがあった。
不安なことがあった。
けど、今こんなに幸福だと感じてる。
「……大好きだ」
なるべく負担をかけないように…と思っても、そう、したくて。
首にしがみついて抱きついた。
この人は、もう全部俺のものだから。
「浩希…愛してる」
俺も、全部、この人のものだから。
何度も口付けを交わした。
唇にも、指輪をつけた指にも。
たくさん嘉貴を感じていた。
夕方、雷音監督がでかいバッグに着替え一式なんかいれて持ってきてくれた。
この部屋は所謂「特別室」だそうで、(そりゃ、中を見ればわかるか)簡単な応接セット、テレビ、クロゼット、シャワー付き浴室、簡単なキッチンがあったりする。
正直、ホテル並み……入院というより「宿泊」してる気分だ。
「坊ちゃん、明日なんですけどね」
「…監督に坊ちゃんとか言われるの嫌なんですけど…」
荷物を片付けている雷音監督にぼそっとそう言うと、おや?って顔をされた。
嘉貴の事故とか重体騒ぎで気に留めることができなかったけど、落ち着いた今になるとすごく気になる。何故『坊っちゃん』…。
「でもねぇ…。坊ちゃんは坊ちゃんだし」
なんだそれ。
「まあ、坊ちゃんが俺のことを『監督』じゃなくて『司』って呼べるようになったら考えますけど」
いつもの雷音監督のように、茶目っ気たっぷりにウィンクなんかされたりしてもね…。
ほんと、なんでそうなるのか意味わからん。
「無理」
「ほらほら、へそ曲げないで。坊ちゃん、明日はどうします?」
明日…と聞いて顔をあげると、嘉貴と視線がぶつかった。
できればここにいたいんだけど。
でも、大学は休まない方がいいんだろうか。…でもでも、どうせあと二日で夏休みに入るし。
「合田…教授がね、休んでもいいと言ってましたよ。むしろ、ここで嘉貴を見張っててくれ、ってね」
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