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婚約者様、疑ってごめんなさい
57 心の中が幸福な想いに満たされるまで
しおりを挟む「ていうか、信じられないっ」
「だから、謝ってるじゃないですか」
「……謝って許せることと許せないことあるんだけどっ」
「まあまあ、坊ちゃんその辺で嘉貴のこと許してあげたらどうですか」
「………だってっ、雷音監督も看護師さんもいるのに、あんな………あんなっ」
やばい、また顔が赤くなった。
_______________
「嘉貴…っ」
中腰でしがみついていた俺を、嘉貴は自分の膝の上に座らせた。
優しく、でも力強く背中を抱きしめられてほっとする。
「浩希……もう泣かないで」
キスは温かい。
何度も繰り返し、繰り返し。
俺を呼ぶ低音に、胸の中に愛しさがこみ上げてくる。
嬉しかった。
今こうしていられることが、とにかく嬉しかった。
だから、自分からキスをした。
離れたくなくてしがみついていた。
…けど。
「あのぅ……そろそろ中に入っていいですか?」
っていう若い看護師さんの声に我に返って、ようやく二人だけじゃなかったことを思い出した。
_______________
「…みんなして……ひどいっ」
人前であんなキスをしてしまったことを後悔しても後悔しきれず、羞恥心をどうにかしたくて当たり散らしていた。
車椅子からベッドに戻った嘉貴は面白そうに笑うばかり。
「まあ……ほら、坊ちゃん。重体じゃなかったわけですし。ね?」
「………それは………そうだけど……」
雷音監督が淹れてくれたココアを飲みながら、じーっと嘉貴を見た。
ベッドに座るのは気が引けて、椅子をベッドの傍に引っ張ってきてそこに陣取った俺に、嘉貴は苦笑しながら手を伸ばしてきた。
「……誰が重体だなんて言ったんですか?」
頭をなでられて、それまでの苛々してた気分が少し晴れる。……やっぱり俺ゲンキンだ。
「合田教授……」
「和博が?」
嘉貴は少し驚いたような顔をした。……というか、『合田教授』って言っただけでその返答ってことは、嘉貴、お兄さんがうちの大学の教授してるって知ってたんじゃん。……教えてくれればよかったのに。
「連絡を受けたのは確かにそうですけど、…お母君が何度も『重体だ』って繰り返してたそうで。まあ、病院とこの部屋の番号を見る限り、どうもそれが不思議でならなかったんですけどね。特別室に重体患者を入れるわけないですから」
……と、雷音監督。
っていうことは、雷音監督は(恐らく合田教授も)、嘉貴が重体ってのは間違いじゃないかって思っていたってことか。
「まあ、でも、万が一ってこともありますしねぇ」
「母さんが……。………なら、余計に心配かけてしまったね、浩希」
「……嘉貴が無事だったから……もういい」
嘉貴の手は気持ちがいい。
あー……でも、嘉貴の腕には点滴の管が繋がってるし、病院にいるってことはやっぱり無事じゃないんだ。
「嘉貴、怪我は……」
「重体ではなく重傷、かな。一応。肋骨がね、二本くらい折れてるんです」
「えっ」
「まあ、手術の適応はないので、安静にして全治一カ月くらいと診断を受けてる程度ですけどね」
元気そうだからそんなこと何も考えなかった。
肋骨って。
俺、さっき、かなり勢いよく抱きついたりしたけどっ
「とりあえず三日ほどは入院して検査やら点滴やらしろと言われましたけどね」
「……まあ、生死の境さ迷ってるんじゃないから安心したさ。じゃあ俺は報告ついでに戻るかな」
「ああ、ありがとう司」
「坊ちゃんは……ここにいます?」
いていいものなんだろうか。
ここにいて迷惑じゃないなら……嘉貴の傍にいたい。
困ってしまって嘉貴を見たら、微笑まれて頷かれた。
「……俺、ここにいたい」
「へい、了解。それじゃ、後で入院の道具は運ぶから。くれぐれも安静にな、嘉貴」
「余計なことはいいから、早く行ったらどうなんだ、司」
嘉貴と雷音監督は笑いながらそんなやり取りをして…、雷音監督は部屋を出ていった。
「浩希」
二人きりになった途端、嘉貴は俺が飲んでいたココアのカップをサイドテーブルに置いて、抱きしめてきた。
「嘉貴……骨折っ」
「いいから。……こうしていたい」
抗う理由がなくて、俺も腕を背中にまわす。
「……昨日、貴方の様子がおかしかったから……仕事を早く片付けようと思って急いでいたんです。……それで、渋滞を避けるためにいつもは使わない道を…使ったのが悪かったようで」
「……事故にあった?」
「ええ。まあ、……対向車がスリップしたんですけどね。…………あの瞬間、浩希のことしか考えてなかった」
「……嘉貴」
「もう…………逢えなくなるのかと思って………怖かったんです」
「…嘉貴っ」
「……貴方を今こうして抱きしめられることができて……本当に良かった…っ!」
止まったはずの涙が、また、あふれた。
嘉貴の体が小刻みに震えてる。シャツの肩が濡れた。
背中にまわした両腕には、はっきりとした鼓動を感じて、温かいぬくもりが伝わってくる。
「……ごめ……っなさ……いっ」
昨日、俺が一人で勝手に悩んでなければ、そこまでしなかったはずなのに。
失っていたかもしれない、誰よりも大切な人。
「嘉貴…っ」
「浩希………愛してる、愛してる……」
この言葉を少しでも疑ってしまった。
この人が、本当に俺のことを愛してくれてるんだってことを、俺はよく知っていたはずなのに。
暫くの間、そうやって抱き合っていた。
お互いの涙が止まるまで。
心の中が幸福な想いに満たされるまで。
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