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元自称婚約者の現恋人は、婚約者に昇格となりました
45 「この誓約書は破棄していただきたいんです」
しおりを挟む「永祐さん、お久しぶりです」
「よう。……いい男になったな、嘉貴」
居間に入るなりそう会話を始めた二人。
父さんの口調にはどこか懐かしむような雰囲気すら感じる。
「立ち話もなんだから、座って頂戴」
母さんはキッチンからカップをトレイに載せて運んで来ていて、居間の入口で談笑する嘉貴と親父に声をかけた。
「ああ、そうだな。嘉貴、ここに座ってくれ」
「ありがとうございます」
「しょーちゃんもこっちに来たらどうだ」
未だにキッチンのテーブルについている勝利に父さんが声をかけたけど、無視。いっそ見事。
流石に父さんも苦笑しつつ、俺が抱えてる花束に視線を移した。
「なんだ、こーちゃん、その大きな奴」
「え?…ああ。今もらった」
「甘い匂いがすると思ったら…。こーちゃん、その花束貸してね。こーちゃんも座ってていいわよ」
「あ、うん」
お茶を出し終えた母さんは、俺から巨大花束を受け取ると、またキッチンの方にむかっていった。
…うちにあの花束を活けるだけの花瓶なんてあったかなぁ…。
…で、この場合、俺はどこに座るのが正しいんだ。
気持ちとしては父さんのむかいに座っている嘉貴の隣に座りたい。けど、やっぱり父さんの隣が自然なんだろうか…。
「こーちゃんも座っていいんだよ」
父さんは嘉貴の隣を指差してきて、俺の悩みはあっさりと解決されてしまった。
素直に頷いてから嘉貴の隣に座った。少しだけ嘉貴の方を見ると、優しい目で見返される。
「ほんとにしょーちゃんは頑固者なんだから…」
そう言いながら、母さんも戻ってくる。
親父の隣に座った途端にっこりとするあたり、やっぱり母さんだ。
「ああ、百合恵さん。エーデル堂のケーキです。お口にあえばいいのですが」
嘉貴の言葉にお袋の目が輝いた。
「エーデル堂の!?」
手をたたきそうな勢いで、満面笑顔。
「私、あそこのお菓子大好きなのよ」
母さんは身を乗り出して包みを開いた。
「あ、俺お皿持ってくる」
「ありがとう、こーちゃん」
ちらりと見た箱の中には、色とりどりの何種類ものケーキが綺麗に並んでいた。
一体何個入っているんだろうか。
「勝利は何か食べる?」
「いらん」
キッチンに向かうついでに聞いてみたら、顔をあげないまま一言だけ返された。
なんでこう…一々カチンとくるような言い方をするんだろう。
「あっそ」
四人分のケーキ皿とフォークを用意して居間に戻った。
「永祐くんはチーズケーキね。私はこれと……、藤岡さん、何にするかしら」
「……俺は紅茶だけで十分ですから。甘いものは少し苦手で」
「あら、そうなの」
甘いものが苦手だなんて、はじめて聞いた。
「こーちゃんは果物一杯のタルトね」
何の基準でそう決まっていくのか謎だったけど、確かにフルーツタルトは嫌いではない。
母さんは一通り出し終えると、箱をテーブルの隅によけた。
「いただきます」
嬉しそうに食べ始める母さんを見つつ、俺もフォークを手に取る。
「仕事はどうだい?」
「なんとか順調です。まだ父に怒鳴られていますが」
「藤岡氏は厳しい方だからね。…でも、お前さんの仕事に対する熱心な態度は褒めていたよ」
「恐れ入ります」
…父さんは俺の知らないところで嘉貴の情報を仕入れてたのか。
それから少しの間、二人は仕事の話をしていた。
父さんの前に置かれたチーズケーキは減ることがなく、自分用のケーキを食べ終えた母さんが、すいっと手を伸ばして父さんのケーキを自分のほうに引き寄せて食べ始める。父さんはそれに気付いているのかいないのか、特に咎めるようなこともなく、嘉貴と話をしたままだった。
母さんが二個目をほぼ平らげた時、俺もようやく食べ終わり(俺が遅いのではなく、母さんがやたら早いだけ)手を置いた。
その俺をちらっと見る嘉貴。
何故か父さんからも注目されていて、改めて二人は俺が食べ終わるのを待っていたってことに気がついた。
「――――それで、浩希のことだけど」
「はい」
親父は懐から、何やら紙を取り出した。
それはあの誓約書で、……そこから出したってことは、ずっと入れていたのか。
「俺も嫁さんも、まだ子供だったが君の真摯な態度に納得してこの誓約書にサインをした。…このときの想いに嘘偽りはないと信じていいんだね?」
嘉貴は目を細めてその誓約書を見た。
それから、信じられないことを言う。
「この誓約書は破棄していただきたいんです」
「え」
「……それは、どういうことかな」
静かに問う父さんを真直ぐに見据えたまま、嘉貴は微動だにしない。
「子供のときも今も…、俺が――――私が浩希を愛していることは変わりありません。この誓約書を交わした事実……永祐さんと百合恵さんが私を認めてくれたという事実は、今まで私の心の支えになっていました。今の私があるのも、このおかげだと思っています」
嘉貴のこんな真剣な顔は……もしかしたら初めて見るのかもしれない。
いつものような柔らかい笑みもないその表情からは、どれだけ嘉貴が真剣なのかというのが伝わってくる。
父さんも母さんもただ黙って話を聞いていた。
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