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俺は元自称婚約者な恋人に、とにかく甘えていたいらしい

32 「ご両親にご挨拶に伺います」

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 遅い昼食を食べ終わってからは、ベッドに戻ることなく二人でソファの上で寛いでいた。
 何か特別な会話があるわけでもなく、テレビを見るわけでもなく。
 ソファに座りながら何かの雑誌を広げている嘉貴に寄りかかって、時々うとうとしていた。
 体が斜めに落ちそうになるたびに嘉貴が支えてくれる。

「あ、浩希」
「ん……なに?」

 またしてもうとうとしかけていた俺は、雑誌を閉じる音と何かを思い出したような嘉貴の声に、はたっと目を覚ます。

「渡したいものがあるんです。少し待っていてくださいね」
「うん」

 嘉貴はそう言うと、立ちあがって居間を出て行ってしまった。
 どこまで行くんだろう…と玄関の方をじーっと見ていたら、嘉貴はすぐに戻ってきた。
 それから、今までと同じように俺の隣に座ると、俺の肩に腕がまわされて引き寄せられた。

「これを」

 嘉貴が俺の前に出してきたのは、一枚のカードのようなものだった。
 見覚えがある。
 いつも嘉貴が家に入るときに使ってるやつと同じものだ。

「これって…」
「合鍵というか、まあ、鍵ですね」
「ここの?」
「ここ以外の鍵を渡しても仕方がないでしょう?」

 笑う嘉貴からカードを受け取った。
 ……なんか、どうしよう。すごい、嬉しい。

「いつでも来てくださいね。……貴方の部屋もあるんですから」
「……いいの?」
「ええ。いつでも。……貴方の家からも学校からも少し距離はありますが」
「……ありがとう……嘉貴」
「それが無いと入れないので…なくさないでくださいね」
「うん。わかってる。大事にするよ」

 ……この「嬉しい」って気持ちをどうやって伝えればいいんだろう。
 言葉だけじゃ足りないような気がして……、気づいたら俺は嘉貴の頬にキスをしていた。

「ありがとう。…ほんとに嬉しい」
「浩希…」
 目を細める嘉貴にドキリとする。
 嘉貴がこんな顔をするときは、すごく嬉しいって思ってるか何か企んでるかのどちらか。
 俺の肩を抱く手に一層力が入る。
 嘉貴は口元に少しだけ笑みを浮かべながら、俺にキスを、くれた。

「ん…っ」

 体はとさっとソファに倒れこんで、嘉貴の重みを受け止める。
 舌で唇を舐められて口の中を弄られるだけで、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
 ずっとこうしていたい。

「浩希…」

 唇が離れてそのまま嘉貴に抱きしめられた。
 俺も背中にまわした腕に力を込める。

「……六時にはつくように送るからね」
「え?」

 耳元で聞こえてきた声に思わず聞き返していた。

「夕飯の後でいいよ?」
「……駄目ですよ。浩希、家族とすごす時間も大切にしないと」
「でも…」
「籍を入れる前から浩希を俺が独占しすぎたら……百合恵さんも永祐さんも寂しいだろうし、勝利が怒鳴りこんでくるかもしれないでしょう?」
「う゛」
「……籍を入れてしまったら、もう誰にも遠慮はしないんだけどね」

 真剣な顔でそう言われて、顔が赤くなるのを感じた。

「嘉貴って……」
「ん?」
「…………なんでもない」

 …籍を入れる…って、いつなんだろう。
 俺まだ学生だし……、就職するにしてもそまだ二年以上も先のことだし…。
 あ、いや、母さんが籍を入れるのはすぐにでもできるって言ったとき、嘉貴は否定しなかった。……結婚式は、卒業後、みたいなことを話していたけど。

「……それじゃ、今日は帰る……」
「ええ」

 嘉貴は笑って体を起こした。
 俺を抱き上げてソファに下して、ポケットからスカイブルーの携帯を取り出した。
 ちらりと時計を見たらもうすぐ四時だ。

「藤岡です。――――ええ、六時ごろに送りますので。――――はい。お願いします」

 電話は短く用件だけで終わった。

「…ああ、忘れていた」
「なに?」
「……今の電話で確認すればよかったのですが…」
「?」
「浩希、永祐さんは今度のお休みは家にいるかな?」
「へ?」

 父さんは休日になると接待ゴルフやらなんやらで出かけることが多いけど、とりあえず今のとこはそんな予定は聞いてない。

「どこか行くって話は聞いてないけど…」
「それじゃ、日曜の二時ころでいいかな。…家に行くから、今日帰ったら伝えておいてくれる?」
「いいけど……なんで?」
「……ちゃんとね、話していないから」
「だから、何を?」
「浩希を俺にください、ってね」

 何か冗談を言っているような悪びれない顔で話す嘉貴に、一瞬ぽかんとなって……それから顔が、熱くなる。

「きちんと挨拶をして…浩希の婚約者として認めてもらいたいからね」
「………」
「…浩希?」

 恥ずかしくて顔があげられない。
 つまり、あれか。「ご両親にご挨拶に伺います」ってことか。…いや、なんていうか、そもそも嘉貴は俺の母さんとも父さんとも面識があるらしいし……今更そんなことやらなくたっていいじゃん……とか、思ってしまうんだけど…。

「けじめは必要だからね」

 だから、そうやって俺の考えを読むなっ。
 嘉貴は本気…っていうか、「これだけは譲らないよ」って顔しながら、笑っていた。
 思わずため息がでる。
 仕方がない。

「……わかった。ちゃんと言っておくから」
「ありがとう、浩希」

 微笑んで、キスをされる。
 ……観念しよう。



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