上 下
9 / 83
降って湧いた自称婚約者と、初めて食事(デート)に行きました

9 ただの夢、なのに

しおりを挟む



「あら、こーちゃん帰ったの?」
「あー…うん、ただいま」
「あら。こーちゃんそんなお洋服持ってたかしら?お食事どうだった?」
「うまかった。あー、ごめん。母さんこれお願いしていい?」
「あら、綺麗な薔薇じゃない!そうよね、やっぱり婚約者とのお食事なんですもの。プレゼントは薔薇の花束よね!」
「………オネガイシマス」





 母さんに薔薇の花束を託して、俺は自室に戻った。
 食事に行くと連れ出されたときに着てたジーンズとTシャツが入った紙袋も、そのへんに適当に放り投げる。
 なんか着替えもだるくて、そのままベッドに寝転んだ。
 なんだか夕方から今までの出来事が足早に過ぎてしまって、ついていけない。





 帰りの車の中ではほとんど話さなかった。
 ただ、手はずっとつないだまま。
 離したくないって、思ってしまった。
 車を降りるとき、開けられたドアから先に降りた嘉貴さんに手を引かれた。

『浩希、どうぞ』

 微笑まれて渡されたのは、食事をした部屋に置かれていた薔薇の花束だった。そういやずっと嘉貴さんが持っていたなぁとか思いつつ、素直に受け取ってしまった。

『では……また今度。おやすみなさい、浩希』

 嘉貴さんは微笑んだままだった。

『……おやすみなさい』

 漸くそれだけを口にできた俺の頭をなでて、嘉貴さんは手を離した。
 背中を軽く押されて、玄関へと促される。
 俺は両手に花束を抱えて、腕には紙袋を下げて、背中に嘉貴さんの気配を感じながら家に入った。
 玄関を閉めてから間もなく、車のエンジン音が聞こえてきたのに、俺は暫くその場に立ちすくんだままだったけれど。





「…今度って…、いつだろう」

 天井を見上げながらなんとなく口にした言葉に、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 寝返りを打って枕に顔を押し付ける。
 これじゃあ、『今度』を期待してるみたいだ。
 …そりゃ、食事は美味しかったし、嘉貴さんと話をするのも楽しいと思う。それに、料理にだってかなり自信があるみたいだし。
 一緒に食事をするのは、いい。嘉貴さんが作る料理を食べたいと言ったのは俺の方だし。
 ……でも。

「……」

 なんとなく、唇に触れていた。
 まだ感触が残っているように思えて、妙にドキドキしてくる。
 抱きしめられた。キスされた。
 それを、これっぽっちも嫌だと感じない自分はどうしてしまったんだろう。
 優しい声だった。
 優しい目だった。

「…嘉貴…さん」

 次に会った時も、今日と同じように手を握って、抱きしめて、……キスを、してくれるんだろうか。

「――――っ」

 自分の思考が思いっきり恥ずかしかった。
 一体何考えてるんだ、自分っ。
 顔が熱い。きっと真っ赤だ。
 他人のことをこんなに考えて期待して…、これじゃ、まるで、嘉貴さんのことを好きになったような――――

「……俺は……」

 違う。
 違うんだ、絶対違う。
 これは、恋じゃない。
 俺はまだ、嘉貴さんのことを好きじゃ、ない。

 そこまで考えて真っ白になった。

「…………まだ、って……っ!!」

 まだ、ってことは、これから好きになる予定でもあるのか、俺!?
 うあああああ駄目だ。
 自分の思考に突っ込み入れるとか、いや、もう……ほんと勘弁……。

 結局、悶々と考えていた割には緊張の糸が切れた俺は、そのまんま、いつの間にか眠っていた。







『お兄ちゃん』
『あのね、浩希。もし――――俺たちがどこか遠くに――――になっても、この――――を目印に、また――――で、会えるんだよ』
『お兄ちゃん、――――なるの?やだ、こーちゃん、そんなのやだ』
『――――いで、浩希。大丈夫。きっと――――』



『お兄ちゃん――――!!』
『浩希、――――から、はやく――――てきて…!!』
『――――だよ!この――――が』



 ずるりと足元が滑った。
 手に握った小さな白い花を咲かせた木の枝。
 眼の前に広がる青空と舞う白い花弁と緑の葉。



『浩希……!!』



 が落ちていく。
 小さな手は白い花をつけた小枝を離さない。
 自分と一緒に、小枝やそれなりに太い枝も落ちている。
 遠くからの悲鳴。
 全てはゆっくりと、スローモーションのように流れ――――背中に酷く熱い衝撃を受けたところで、ぷつりと、消えた――――







「――――!!」

 自分の身に酷い衝撃を受けた気がして飛び起きた。
 背中には冷や汗が流れていて、息をするのも苦しい。
 心臓が妙に忙しなくて、胸が痛かった。
 夢、夢だった。それはわかる。
 けど、なんだろう、この嫌な感じ。
 空色のシャツの胸元を握りしめた。どくどくと激しく打つ心臓の音が手に伝わってくるようだった。
 大丈夫、夢だ。ただの夢。

「…夢、だから」

 今、自分が落ちたわけじゃない。
 じゃあ、落ちたのは、誰。

「…………俺………」

 小さかった。
 咲いていた白い花に伸ばされた手は、枝を握っていた手は、すごく小さかった。
 浩希と呼ばれていた。
 まだ小さかった自分。
 じゃあ、呼んでいたのは、誰。

「……嘉貴、さん」

 お兄ちゃん、って自分が呼んでいたのは、子供だったけど、間違いなく嘉貴さんで。

「…こんな、夢」

 きっと、嘉貴さんが俺の小さいときの怪我のことを知っていたからだ。落ちたあの場所にいたって言ったから、だから、あんな夢を見たんだ。

「……」

 大丈夫。ただの夢だ。
 ただの夢、なのに。
 頬に冷たいものが流れた。
 涙。
 俺は、どうして泣いているんだろう。

「夢……だ」

 夢なのに。
 胸が、酷く、苦しかった。



しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~

松本尚生
BL
ひと晩の寝床を求めて街をさ迷う二十歳の良平は危うくて、素直で純情だった。初恋を引きずっていた貴広はそんな良平に出会い―― 祖父の喫茶店を継ぐため、それまで勤めた会社を辞め札幌にやってきた貴広は、8月のある夜追われていた良平を助ける。毎夜の寝床を探して街を歩いているのだと言う良平は、とても危うくて、痛々しいように貴広には見える。ひと晩店に泊めてやった良平は、朝にはいなくなっていた。 良平に出会ってから、「あいつ」を思い出すことが増えた。好きだったのに、一線を踏みこえることができず失ったかつての恋。再び街へ繰りだした貴広は、いつもの店でまた良平と出くわしてしまい。 お楽しみいただければ幸いです。 表紙画像は、青丸さまの、 「青丸素材館」 http://aomarujp.blog.fc2.com/ からいただきました。

あの日の約束

すずかけあおい
BL
「優幸さんのお嫁さんになる」 10歳上の元お隣さん、優幸と幼い和音が交わした約束は今でも和音の心を温かくする。 〔攻め〕優幸 〔受け〕和音

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー

葉月
BL
 オメガバース。  成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。  そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》  瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。  瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。 そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。 お互いがお互いを想い、すれ違う二人。 二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。  運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。    瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。 イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω  20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。  二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。 そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊 よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️ また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。 もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。  

処理中です...