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婚約披露パーティーには波乱がつきものです?

77 温かい涙が…頬を滑り落ちた

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 手の中に汗をかいていた。
 目の前に座ってるのは、相変わらず仏頂面のままの優弥だ。
 昨日の今日でなんでこんなことになっているんだろうか。
 嘉貴が用意してくれた紅茶がほとんどさめてる。
 突然の状況に頭の中はパニックだ。
 しかも、なんで嘉貴はこんなときに仕事部屋とかに行ってしまうんだろう。



_______________

「浩希、今日十時ころに来客がありますから」
「え?」

 来客なんて珍しいな。
 時計を見たら九時になるころ。

「俺いていいの?」
「浩希に用事があるんですよ」

 ますますわからなくなった。
 わざわざここに俺を訪ねてくる人って、心当たりがない。

「あ。    まさか、勝利が」
「勝利じゃないよ」

 嘉貴が笑った。
 ってことは本当に違うんだ。
 うーん…誰なんだ?

「樹里さん?」
「違うけど。  ああ、今度一緒に食事でもって言っていたから、近いうちに予定組みましょうか」
「え?あ、うん」

 駄目だ。
 さっぱり思いつかない。

「あと……食料品の買い出しをしてこないとなりませんね」
「まだ無理じゃない?」

 痛みどめを飲んでも、家の中だって結構つらそうにしてるのに。

「じゃあ、司に頼みましょうか」

 嘉貴はごくごく普通のことのように口にした。
 そりゃあ、確かに雷音監督(なんかもう別な呼び方でいい気がする…)は荷物を置きにきてくれることになってるけど…

「あ、雷音監督?」
「はずれ」

 むぅ。
 本気でわからん。

 悶々と悩みながら嘉貴の淹れてくれたアイスティを飲んでいた。
 そして丁度十時になるころ、来客を告げる電子音が鳴った。
 誰だろう……と思って画面を見て、……喉がひきつって体が硬直してしまう。

「あがってきていいよ」

 インターホン越しに嘉貴がそう話すのを聞いて、信じられない…って気持ちに襲われる。

「なんで」

 声が震えてしまった。
 来客が優弥だなんて、少しも思わなかった。

「大丈夫だから」

 嘉貴は震えていた唇にキスをしてくれる。
 それで少し落ち着いたけど、それにしたって、昨日の今日だ。
 優弥との間にあったことは昨日ちゃんと話したはずなのに。
 ほどなくして家のインターホンが鳴る。
 嘉貴は俺から離れて出迎えに玄関にむかった。
 それから……呆然と立ち尽くす俺の前に、唇を引き締めて不機嫌そうな顔の優弥が現れた。

_______________





 とりあえず落ちつこう。
 ぬるくなった紅茶を一口飲むと、ほんのり甘かった。それで少し落ち着く。
 …そりゃ、親友ってことに変わりない……って言ったのは俺だけど、心の整理っていうものがあるだろう。
 俺の目の前のソファに座って俯いたままの優弥に声をかけることもできなくて、時々ちらちら様子をうかがっていた。
 どうしたものか……。なんて声をかければいいんだ。
 って思っていたら、優弥はゆっくりと顔をあげた。

「浩希」
「なに」

 肩がびくりと震えてしまったこと、気づかれなかっただろうか。
 声はかろうじて普通に出せた。

「……昨日は、すまなかった」
「…へ?」

 優弥の思わぬ言葉に間抜けに聞き返していた。
 あの優弥が謝った。わがままで、自分勝手に振る舞いがちの優弥が、だ。

「お前にひどいことをした。……あんな風にお前を怯えさせたかったわけじゃないんだ」

 膝の上で優弥が手を握った。

「…僕は、本当にお前のことが好きなんだ。……突然のことで動揺して…、理性が効かなかった」
「優弥…」

 感情を抑えた、けれど、叫びだしそうな言葉だった。
 胸が痛くなる。
 真剣さが伝わってきて。
 優弥の視線が俺の左手で注がれる。……多分、薬指にはめた指輪に。

「でも浩希は……嘉貴のことが好きなんだな」
「うん」

 躊躇う必要はなかった。

「愛しているのか」
「うん。――――そうじゃなかったら、ここにいないから」

 愛してる――――って、言ったことはないけど。
 口にするのは酷く恥ずかしいから。

「今、幸せなのか」
「幸せだよ。……嘉貴がいない生活なんて、もう考えられないんだ」
「そうか…」

 優弥はため息をついて紅茶を一気に飲み干した。それからふうっと息をつく。

「それなら……僕はお前を祝福する」
「優弥?」
「お前を好きなのにはかわりない。けど……僕は、何よりもお前のことが大事なんだ。お前が幸福であるなら……僕はそれでいい」

 意外だった。
 いつもよりも優弥が大きく感じる。

「……ありがとう」

 言葉が、素直にでてきた。
 ようやく、体の緊張が解ける。

「お前が嘉貴と結婚したとしても、僕も良一も何も変わらないからな」
「……って、どうしてそこに良一が出てくる」
「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか」
「何が」
「良一もお前のことが好きなんだぞ」
「………………………はぁ?」
「やっぱりお前はへなちょこだな」

 優弥が呆れたように笑った。
 良一が俺のこと好きだなんて。そんなこと、全然――――



『僕は浩希のそういうところも好きだけどね』



 ……って、前に言われたことを思い出した。
 それって、そういう意味だったのか。

「……俺」
「なんだ」
「鈍すぎる?」
「全くだ」

 しれっと言われて今度は俺がうなだれた。
 ああ、でも、ほんとどうしようもなさすぎる。

「まあ、この休み中にまた三人で遊びに出よう。僕には仕事があるからオフの日にってことになるが」
「あ、うん」
「嘉貴も仕事があるだろう。少しくらい僕たちに付き合え」
「わかってるよ」

 笑った。…笑えた。
 俺のことを好きだっていう優弥の態度が嫌じゃない。むしろ、以前のような雰囲気に戻っていて、安心した。

「あ、だけどな」

 優弥は思い出したように険しい表情になった。

「なに」

 びくりと肩が竦む。
 なんだろう…と身構えたのだけど。

「僕はお前のことを『義兄』とは呼ばんぞ」
「と……当然だろ!?俺だってそんなふうに呼ばれたかないからなっ」
「まあ、コウはコウだから」

 優弥が口の端をあげて、笑った。
 それにつられて俺も笑う。
 ひとしきり笑って……目じりにたまった涙を指でぬぐった。


 優弥は一時間くらいで帰って行った。
 どうやらすぐに仕事に入るのだそうだ。
 優弥を玄関で見送ってから、仕事部屋に入った。
 パソコンを前に座る嘉貴に、背中から抱きつく。
 嘉貴は何も言わないまま、前にまわった俺の手をきゅっと握ってくれた。
 広い背中に額を押し当てる。

「………ありがとう」

 温かい涙が…頬を滑り落ちた。



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