【完結】婚約者からはじめましょ♪

ゆずは

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婚約者様、疑ってごめんなさい

59 絶対蹴ったり殴ったりしないように……しよう

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「見張る?」
「ええ。嘉貴は色々無茶をするのが好きですからね。坊ちゃんがいなくなったら勝手に退院するんじゃないかって心配してんですよ」
「司」

 意外だ。
 そういうことするって思われてるんだ、嘉貴。

「仕事だってそんなに休めないんだよ」
「お父君がどうにかできるでしょ。それに優秀な部下もいるんだ」
「しかし……」
「三日くらいなんだろ?大人しくしてろ。それに、無理をして肋骨が肺にでも刺さったらどうするつもりだ」

 雷音監督はなんだか物騒なことを言っている気がする。軽口かと思ったけれど、嘉貴が小さく舌打ちしたまま黙ってしまって、あながち大げさなことじゃないんだってことがわかった。

「そんなことになったら短期間の入院じゃ済まないんだぜ?…もしかしたら、本当に」
「司」

 嘉貴が遮った雷音監督の言葉。
 でも、わかる。




 本当に、死んでしまうかもしれない――――




「嘉貴」

 いきなり不安感に襲われて、思わず嘉貴の手を握ってた。

「浩希?」
「無理したら……絶対駄目だ」

 この手を、失いたくないんだ。
 もしかしたら……って話だったはずなのに、あまりにもリアルで背筋が寒くなる。
 今、嘉貴は結構元気なのに、涙が落ちそうになる。
 …俺、涙腺おかしいんじゃないだろうか。
 嘉貴は俺をじっと見てから……苦笑してため息をついた。

「…無理はしませんよ。医者の言いつけは守りますから。………だから、泣かないで」
「泣いてなんか………ないけどっ」
「そう?」

 嘉貴は指先で目元をぬぐったかと思ったら、キスまでしてきた。

「嘉…っ」
「まあ、坊ちゃんは明日は休んでください。ご実家には俺から連絡をいれましょうか?」
「いや、俺からちゃんと連絡しておくよ」

 手を離してくれるのかと思ったら、逆に抱きしめられた。
 だから、どうして人様の前でこういうことをするんだよ…っ

「なら、何か必要なものがあったら連絡してくれ」
「ああ、ありがとう」
「あ、そうだ。坊ちゃんの分の食事もちゃんと頼んでおきましたからね。それじゃ」

 ドアが開いて閉じる音がした。
 それからようやく腕の力が弱くなって、顔をあげる。

「浩希、スマホ持ってる?」

 文句を言おうとして口を開きかけたら、それより先に嘉貴が話し始めてしまったもんだから、文句が言えなくなった。

「持ってるけど」

 ポケットから取り出すと、嘉貴は嬉しそうに目を細める。

「貸してくれますか?…俺のは事故のときに壊れてしまって」
「あ、うん」

 そっか。だから電話がつながらなかったんだ。
 嘉貴はスマホを手に取ると、慣れた手つきで電話し始める。
 じーっと画面を見ていたら、どうやらうちにかけるらしい。
 それもそうか。
 気がつけばもうすぐ六時。なのに、連絡の一つもいれていない。
 とりあえず着替えよう……と思って立ちあがったら、嘉貴に腕をひかれてまたベッドに舞い戻る。

「――藤岡です」

 電話で話しながら、嘉貴は俺を見て首を横に振る。
 ……ここにいろ、ってことかな。

「実は、事故に遭ってしまって。ああ、いえ。怪我はそれほどひどくないんですが、三日ほど入院しなければならなくて」

 嘉貴は電話しながら俺の肩を抱いてくる。

「ええ、ここにいます。連絡も何もせず申し訳ありません」

 連絡しなかったのは俺が悪いと思う。だから、嘉貴が謝る必要ないのに。

「それで、今日は浩希にここにいてもらいたくて。動けないほどではないんですが、浩希にいてもらった方が何かと助かります。――――ああ、それは問題ありません。それと、明日からなんですが――――」

 電話の相手は母さんなんだろうけど、嘉貴の言葉だけを聞いてると、どんな会話をしてるのか今一わからん…。

「はい。そうです。申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」

 嘉貴は微笑んでる。
 まあ、悪いことにはなってないんだな。

「浩希、百合恵さんです」
「え?あー、うん」

 いきなりスマホを渡されて驚いた。

「浩希だけど」
『こーちゃん、しっかり藤岡さんのお世話するのよ!』

 ……お世話って。

『退院できるまでそちらにいてもいいけど、藤岡さんは怪我人さんなんだから、迷惑かけちゃ駄目だし、困らせちゃ駄目よ?』
「わかってるよ」
『あと、何か必要なものがあったらいつでも連絡してね』
「うん、ありがとう」
『じゃあね、こーちゃん!』

 何故か弾んだ声の母さんは、そのまま電話をプつっと切ってしまった。
 ……何だろうな、このうちの親の軽さって……。

「…退院できるまで、って言われたんだけど」
「なら、しばらく浩希と一緒にいれますね」
「いていいの?」
「ええ」
「でも、布団とか……」
「誰も来ませんから、一緒に眠ればいいんですよ」

 少し、ドキドキした。
 ベッドも少し広いから、多分二人で寝ても大丈夫なんだろうけど。

「……俺、寝ぼけて嘉貴のこと殴るかもしれない」
「そうですか?」

 嘉貴はくすくす笑ってる。
 でも、こっちは本気で心配してるんだけど。

「……俺が蹴ったり殴ったりしたら………」

 折れてる場所は肋骨なんだ。
 だから、余計に心配になる。

「浩希はそんなに寝相悪くないよ」
「でも」
「いつものように抱きしめて眠ることはできないけど……俺は、浩希が隣にいてくれた方がよく眠れると思うな」

 そんな顔でそんな声でそんなことを言われたら、拒絶するなんて無理。
 あきらめた。
 絶対蹴ったり殴ったりしないように……しよう。




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