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数日俺を放置した自称婚約者の家に、ご飯を食べに行きます
11 何故か喉が熱くなって涙が落ちそうになった
しおりを挟むどうしても無意識にため息を漏らしていた。
そもそも俺はあの人の連絡先を知らない。知ったところで……連絡をするとは思えないけど。
このまま忘れてくれるなら、それならそれでいいじゃないか。そしたら婚約の話だって自然と消えてしまうはずだ。
それに、俺に恋人ができれば……婚約の話自体もなかったことになるんだし。
………まあ、それに関しては、本当に望み薄なのだけど……。
部活中だと言うのに心の中を占めるのはやっぱりあの人のことばかりだ。
マネージャーの仕事を手伝ってからまた練習に参加したけれど、結局今日も凡ミス連発した。
ため息の数も多くなってしまう。
練習に集中しようと思えば思うほど、雑念に覆われる。
……俺、寺に入って座禅とかしたほうがいいんじゃないだろうか。
「ありがとうございました!」
終わりの挨拶をしてから、全員で用具の片付けとグラウンドの整備を行う。
「尾道、お前本当に大丈夫なのか?」
「あ、うん」
「なら、いいんだけど」
同期の奴らが心から心配だって顔で俺に話し掛けてくるのだけど、こんなことで心ここにあらずな俺なもんだから申し訳ないと思う。
バッドを定位置に戻し終えたところで、誰かと立ち話をしている監督の姿を見た。
うちの監督は体つきのがっしりとした体育の臨時講師の人だ。第一印象が脳筋な先生って感じだけど、結構親身に話を聞いてくれたりするから、生徒からの人気もある。
何よりも名前が変わっていて――――あ、いや、名前じゃなくて名字か。
雷音司。
……ライオン。
偽名でもなんでもなく本名なんだそうだ。
まあ、名前のほうじゃなくて名字だから、偽名も何もないか。……雷音家。なんかいい。
部活では『監督』って呼ぶようになっているけれど、数少ない体育の授業や講師室では『ライオン先生』(明らかにここはカタカナ呼びだと思う)と呼ばれてることが多い人。
そんな先生だから、笑いながら楽しそうに誰かと話すことは不思議じゃない。
でも、そんな普通の光景を見過ごせなかったのは、きっと。
「………な、んで」
俺の不調の原因でもあるあの人が、この間のスーツ姿から一転してラフな格好でそこにいたからだと……思う。
目をそらせてしまった。
でも、心臓はバクバクしてる。
なんでこんなとこにいるんだろう。
それに、うちの雷音監督となんであんなに親しそうに話とかしてるんだろう。
グラウンド整備中にもちらちらと見てしまった。
仲よさそうに話をする姿は、初めて会った同士じゃない。友人…のように見える。
とにかく一心不乱にグラウンド整備をした。
嘉貴さんはグラウンド整備が終わってもまだそこにいた。
もしかして、と思う。
自然と着替える手が早くなった。
ざっくり汗を拭いて、汚れたユニフォームをスポーツバッグの中に詰める。
「お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ様」
中に残ってる人たちにそう挨拶をして、大急ぎで部室を出た。
…もしも、いなかったら。
そう思うと気持が焦ってしまう。
鞄とスポーツバッグの二つを抱えて、さっきまで雷音監督がいた場所に走った。
胸がどんどん苦しくなる。
部活の疲れだってあるけど、そうじゃないことくらいわかる。
走って走って、視界に雷音監督の先生の姿が入る。そして―――――
「……」
胸が、余計にドキドキした。
嘉貴さんが、いる。
走っていた足が急に遅くなってしまった。
どんな顔をして会えばいいんだろう。
あと数m…ってところまで近づくと、嘉貴さんが俺を見た。
目が合った瞬間…本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれる。俺はと言えば…胸が酷く苦しくなった。
「浩希」
「…嘉貴…さん」
「部活、お疲れ様です」
嘉貴さんは何の不自然さも無く俺の頬に手を添えてきた。
俺の顔はすごい勢いで熱くなって…、目がチカチカする。
「尾道が来たんなら、俺はそろそろ戻るかな」
「ああ、練習の邪魔してすまなかったな、司」
「いいっていいって。それより、坊っちゃんが固まってるから早く行った方がいいんじゃない?」
「ああ。それじゃあまたな」
「尾道、お疲れ様」
「あ、お、お疲れ様、です」
雷音監督は、そのまま手をひらひらさせて校舎の方に向かっていった。
やっぱり、友人なんだ。
「浩希、荷物を」
「え」
「持ちますから」
「…や、別に重くないし」
「二つも持っていたら、手をつなげないでしょう?」
なんでもないようにさらっと言った嘉貴さんは、あっさりと俺のスポーツバッグを持って行った。
「浩希」
差し出された手を、無意識に握ってしまう。
「逢いたかった」
歩き始めてから言われたその言葉に、ドキドキが増した。
連絡も何一つくれなかったくせに。
そう文句を言いたかったのに、言葉が出てこない。
強く握られた手には、ぬくもりが伝わってくる。
悲しくなかった。
むしろ、嬉しいと思ってる。
なのに……何故か喉が熱くなって涙が落ちそうになった。
『逢いたかった』
……きっと、多分、それは、俺も。
俺も、嘉貴さんに、逢いたかったんだと、思う。
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