ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの

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「そういえば今晩、イヴの送別会やるって。荷物の整理は終わっているか?」

野郎どもに酔い潰されるなよ、と笑いながらアーサーが尋ねる。

今日は私の団員として最後の一日。

彼の乗る馬も落ち着きを取り戻し、二人だけで往く夕暮れの街道には、再びのんびりとした雰囲気が流れる。

「大丈夫。宴会は…そうだね。ありがたいけど、ほどほどにするよ。」

どこか他人事のようにクスリと笑って答えた。
明日には、毎日顔を合わせていた仲間たちともう会えなくなるなんて、私はまだ実感が持てずにいる。

「酒が回りすぎて肩にも障ると良くないからな。俺から奴らにもよく言っておくよ。」

「…色々、ありがとう。」

気づかわしげなアーサーの視線を感じて、私はくすぐったくて目をそらす。
無意識に、左手でまだ包帯の取れない右肩に触れた。

今から1か月前、私は毒を持つ魔獣の爪で右肩を負傷した。
さいわい毒が全身にまわることはなかった。でも右肩の関節から腕、右手にかけて、ほんの少し、以前より感覚が鈍くなっている。
医師からは徐々に回復する見込みもあるけれど、それがいつになるかは分からないと言われた。

騎士団において、治らないかもしれないケガは致命的だ。

1週間後、医師の判断をもとに上層部で検討した結果、私は除隊届を提出することになった。

そんな傷心の私に追い打ちをかけるかのように、実家から縁談の知らせが届いたのはそれから更に1週間後のこと。
家格の高い家から丁重に頼み込まれたらしく、一度実家に帰って相手に会ってほしい…との話は、私の心を鉛のように重たくした。

…そういえば数年前にも一度、珍しく縁談の話はあったっけ…

副団長になったばかりの頃、一度だけ降って湧いたような縁談が届いた気がする。
当時の私にとってはタイミングも悪く、騎士団の任務を理由に実家へ断りの手紙を送った。

…自分で言うのも悲しいけれど、社交界での評判は最悪だった上に、戦場で魔獣の返り血を浴びてきたような女に縁談を申し込むなんて、よほど差し迫った事情があるのか、まともではない相手のどちらかなのは間違いない。

でも今回ばかりは、話を受けずに逃げるための理由も見つけられない。

「…また、ここに戻ってこられないかなぁ…」

私は地面を見たまま、ぽそりと呟いた。

「…

ここは、もう今のお前には危ない場所だ。
俺は、ここには戻ってきてほしくはないかな。」

弾かれるように顔をあげて彼を見た。

彼は黒い耳と尻尾をピンと張り、真剣な表情で真っすぐこちらを見ている。

冗談でも引き止めたりする気のない様子に、心の中でまた少し肩を落とす。

「…気は進まない話かもしれないが、ここで身を引くことはイヴだけでなく、仲間を見捨てられない団員達の命を守ることにも繋がる。

今後のことは…家に帰って、落ち着いてから考えればいいんじゃないか。
縁談も、まず親父さんと話して、…もしどうしても嫌なら、その時は断れば良いよ。」

懇願するような、いつになく辛そうな声音を聞いて、少し冷静な自分が戻ってくる。

…そうだよね。アーサーだって意地悪で言っているわけじゃない。団長として彼の判断は正しい。
もし私が騎士団に戻ったら、ここもギリギリの人員でやっている以上、戦士ではなくとも補給や後方支援で戦場に駆り出されることもあるかもしれない。
そして魔獣の襲撃にとっさに反応できなかった時、それを助けようとする仲間が出てきたら、…その被害を思うと身が竦んだ。

…うん。今後のことは分からないけど、縁談はできるだけ断れそうなら断って、また街で他の働き口でも見つければいい。

「大丈夫、言ってみただけだよ。心配いらないって。もうここには戻らないからさ。」

私は笑顔で答えた。
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