8 / 21
7
しおりを挟む
「そういえば今晩、イヴの送別会やるって。荷物の整理は終わっているか?」
野郎どもに酔い潰されるなよ、と笑いながらアーサーが尋ねる。
今日は私の団員として最後の一日。
彼の乗る馬も落ち着きを取り戻し、二人だけで往く夕暮れの街道には、再びのんびりとした雰囲気が流れる。
「大丈夫。宴会は…そうだね。ありがたいけど、ほどほどにするよ。」
どこか他人事のようにクスリと笑って答えた。
明日には、毎日顔を合わせていた仲間たちともう会えなくなるなんて、私はまだ実感が持てずにいる。
「酒が回りすぎて肩にも障ると良くないからな。俺から奴らにもよく言っておくよ。」
「…色々、ありがとう。」
気づかわしげなアーサーの視線を感じて、私はくすぐったくて目をそらす。
無意識に、左手でまだ包帯の取れない右肩に触れた。
今から1か月前、私は毒を持つ魔獣の爪で右肩を負傷した。
さいわい毒が全身にまわることはなかった。でも右肩の関節から腕、右手にかけて、ほんの少し、以前より感覚が鈍くなっている。
医師からは徐々に回復する見込みもあるけれど、それがいつになるかは分からないと言われた。
騎士団において、治らないかもしれないケガは致命的だ。
1週間後、医師の判断をもとに上層部で検討した結果、私は除隊届を提出することになった。
そんな傷心の私に追い打ちをかけるかのように、実家から縁談の知らせが届いたのはそれから更に1週間後のこと。
家格の高い家から丁重に頼み込まれたらしく、一度実家に帰って相手に会ってほしい…との話は、私の心を鉛のように重たくした。
…そういえば数年前にも一度、珍しく縁談の話はあったっけ…
副団長になったばかりの頃、一度だけ降って湧いたような縁談が届いた気がする。
当時の私にとってはタイミングも悪く、騎士団の任務を理由に実家へ断りの手紙を送った。
…自分で言うのも悲しいけれど、社交界での評判は最悪だった上に、戦場で魔獣の返り血を浴びてきたような女に縁談を申し込むなんて、よほど差し迫った事情があるのか、まともではない相手のどちらかなのは間違いない。
でも今回ばかりは、話を受けずに逃げるための理由も見つけられない。
「…また、ここに戻ってこられないかなぁ…」
私は地面を見たまま、ぽそりと呟いた。
「…
ここは、もう今のお前には危ない場所だ。
俺は、ここには戻ってきてほしくはないかな。」
弾かれるように顔をあげて彼を見た。
彼は黒い耳と尻尾をピンと張り、真剣な表情で真っすぐこちらを見ている。
冗談でも引き止めたりする気のない様子に、心の中でまた少し肩を落とす。
「…気は進まない話かもしれないが、ここで身を引くことはイヴだけでなく、仲間を見捨てられない団員達の命を守ることにも繋がる。
今後のことは…家に帰って、落ち着いてから考えればいいんじゃないか。
縁談も、まず親父さんと話して、…もしどうしても嫌なら、その時は断れば良いよ。」
懇願するような、いつになく辛そうな声音を聞いて、少し冷静な自分が戻ってくる。
…そうだよね。アーサーだって意地悪で言っているわけじゃない。団長として彼の判断は正しい。
もし私が騎士団に戻ったら、ここもギリギリの人員でやっている以上、戦士ではなくとも補給や後方支援で戦場に駆り出されることもあるかもしれない。
そして魔獣の襲撃にとっさに反応できなかった時、それを助けようとする仲間が出てきたら、…その被害を思うと身が竦んだ。
…うん。今後のことは分からないけど、縁談はできるだけ断れそうなら断って、また街で他の働き口でも見つければいい。
「大丈夫、言ってみただけだよ。心配いらないって。もうここには戻らないからさ。」
私は笑顔で答えた。
野郎どもに酔い潰されるなよ、と笑いながらアーサーが尋ねる。
今日は私の団員として最後の一日。
彼の乗る馬も落ち着きを取り戻し、二人だけで往く夕暮れの街道には、再びのんびりとした雰囲気が流れる。
「大丈夫。宴会は…そうだね。ありがたいけど、ほどほどにするよ。」
どこか他人事のようにクスリと笑って答えた。
明日には、毎日顔を合わせていた仲間たちともう会えなくなるなんて、私はまだ実感が持てずにいる。
「酒が回りすぎて肩にも障ると良くないからな。俺から奴らにもよく言っておくよ。」
「…色々、ありがとう。」
気づかわしげなアーサーの視線を感じて、私はくすぐったくて目をそらす。
無意識に、左手でまだ包帯の取れない右肩に触れた。
今から1か月前、私は毒を持つ魔獣の爪で右肩を負傷した。
さいわい毒が全身にまわることはなかった。でも右肩の関節から腕、右手にかけて、ほんの少し、以前より感覚が鈍くなっている。
医師からは徐々に回復する見込みもあるけれど、それがいつになるかは分からないと言われた。
騎士団において、治らないかもしれないケガは致命的だ。
1週間後、医師の判断をもとに上層部で検討した結果、私は除隊届を提出することになった。
そんな傷心の私に追い打ちをかけるかのように、実家から縁談の知らせが届いたのはそれから更に1週間後のこと。
家格の高い家から丁重に頼み込まれたらしく、一度実家に帰って相手に会ってほしい…との話は、私の心を鉛のように重たくした。
…そういえば数年前にも一度、珍しく縁談の話はあったっけ…
副団長になったばかりの頃、一度だけ降って湧いたような縁談が届いた気がする。
当時の私にとってはタイミングも悪く、騎士団の任務を理由に実家へ断りの手紙を送った。
…自分で言うのも悲しいけれど、社交界での評判は最悪だった上に、戦場で魔獣の返り血を浴びてきたような女に縁談を申し込むなんて、よほど差し迫った事情があるのか、まともではない相手のどちらかなのは間違いない。
でも今回ばかりは、話を受けずに逃げるための理由も見つけられない。
「…また、ここに戻ってこられないかなぁ…」
私は地面を見たまま、ぽそりと呟いた。
「…
ここは、もう今のお前には危ない場所だ。
俺は、ここには戻ってきてほしくはないかな。」
弾かれるように顔をあげて彼を見た。
彼は黒い耳と尻尾をピンと張り、真剣な表情で真っすぐこちらを見ている。
冗談でも引き止めたりする気のない様子に、心の中でまた少し肩を落とす。
「…気は進まない話かもしれないが、ここで身を引くことはイヴだけでなく、仲間を見捨てられない団員達の命を守ることにも繋がる。
今後のことは…家に帰って、落ち着いてから考えればいいんじゃないか。
縁談も、まず親父さんと話して、…もしどうしても嫌なら、その時は断れば良いよ。」
懇願するような、いつになく辛そうな声音を聞いて、少し冷静な自分が戻ってくる。
…そうだよね。アーサーだって意地悪で言っているわけじゃない。団長として彼の判断は正しい。
もし私が騎士団に戻ったら、ここもギリギリの人員でやっている以上、戦士ではなくとも補給や後方支援で戦場に駆り出されることもあるかもしれない。
そして魔獣の襲撃にとっさに反応できなかった時、それを助けようとする仲間が出てきたら、…その被害を思うと身が竦んだ。
…うん。今後のことは分からないけど、縁談はできるだけ断れそうなら断って、また街で他の働き口でも見つければいい。
「大丈夫、言ってみただけだよ。心配いらないって。もうここには戻らないからさ。」
私は笑顔で答えた。
176
お気に入りに追加
716
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる