ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの

文字の大きさ
上 下
6 / 21

5

しおりを挟む
ギィンッ! ッキィン!

硬質な金属を打ち付け合う鋭い音が、太い梁を巡らせた天井に響く。

ジャリィィ…ン!

「ぅくっ…!」

わき腹を狙って思い切り突き出したはずの私の一撃は木の葉のように受け流され、身体が前のめりに傾く。

…来るっ!

ズザァッ…!!

無理やり片足を踏ん張ると、石畳の床に靴の裏が派手に擦り付けられる。
私は反射的にがら空きになった身体の前に、返す刀をなんとか繰り出す。

ガキィッンッ!…

読み通りの追撃を受け止めた。

2本の刀身がガリガリと音を立てながら、だんだん私の方へ近付いてくる。

くっ、重い…っ!

このままでは競り負けてしまう。
私は床を蹴り、身体一つ分の間合いを取って彼の背後へ素早くまわりこむ。
彼はこちらを追えていない。

ここだ!

迷うことなく踏み込む。
お腹に力を入れ、一気に息を吐きながら渾身の力で背中を薙ぎ払った。

キィ……ィッン!

こちらを見ることもなく、ゆっくり身体を向けた彼の無造作な一閃。

「ぅあ…っ」

私の斬撃は彼の背中ではなく、いつの間にか振り下ろされた剣が受けている。
次の瞬間、弾き返された刃からは全身を押し返すような衝撃が伝わってきた。
私はバランスを崩しながら、何歩も下がってなんとか転倒を免れる。

ドンッ

背中が硬い石の壁にぶつかる。
手の感覚を確かめるように柄を握り直してみても、両手が痺れていて力が入らない。

…ぽたり、ぱたっ

幾筋もの汗がこめかみをつたい、顎から床へ滴り落ちていく。

…剣を合わせてどれくらい経ったのだろう。

背中を壁に預け、肩を上下させてぜえぜえと息を吐く私は正直、立っているのがやっとになってきている。
一方、闘志を燃やすでもなく、なんとも言えない複雑な表情で静かにこちらを見遣るアーサーは、最初に立っていた場所からほとんど動かず、息ひとつ乱れていない。

ダメだ…せめて一太刀くらい、浴びせられるかと思ったのに…

歴戦の騎士たちをして人外と言わしめる彼と、私の実力差は…あまりにも大きかった。

カラァンッ…

「…!!アーサー!?」

突然彼は、自分の剣を床に放り投げる。

「…もう止めよう。

…なんだか見てられない。」

「っな、なんで!?相手にならないって言いたいの!?」

食い下がる私に、アーサーは眉根を悲しげに寄せて静かに首を振る。

「…たしかに今日は隙だらけで攻撃も単調だ。勢いに任せて相手に突っ込んで、周りが見えていない。
でも過信や怒りで我を忘れてるっていうより、まるで自分のことなんてどうだっていい、っていう立ち回り…だったかな。」

つと冷や汗が流れた気がした。
この天性の戦上手は、今の一戦でなにを感じ取ったのか。

「イヴ。…本当に剣の稽古がしたかったのか?」

「…っ。」

一番鋭い一撃が刺さった気がした。
呼吸が浅くなり、視界が狭まる。

「さっきも様子がおかしかった。何かあったのか?」

ドクン、ドクン…

心臓の音が耳鳴りのように聴覚を支配していく。

わたし…ついカッとなって思わず稽古に誘ってしまった…
何が、あったかって言われると…

さっき倉庫で相談したら、私がアーサーに恋してるって言われて、絶対そんな風に見られたくないって思った。
アーサーは獣人だから、番じゃない人から好きになられても迷惑だし、それに私なんかが彼を好きだと分かったら…

答えを求めて頭の中を散らかしていく。

ワタシナンカガ…

ふと頭の奥底にしまってあった古い記憶を見つけてしまった。
何重にも鍵をかけて、ずっと埃をかぶったままだったはずの蓋は簡単に開き、一瞬のうちに過去の映像が網膜によみがえる。

待って…こんな時に思い出すようなことじゃ…



天使が描かれた高い天井から、虹の滴を集めたような眩いシャンデリアの光が降り注ぐ。

さざめくような声とワイングラスの触れ合う音、心を浮き立たせるような優雅な管弦楽の調べに乗って、美しく装った人々が宴に興じている。

その隙間。

人目を忍ぶように、ハンカチを握りしめて壁際で俯いている少女が見える。

まだ、騎士団に入る前の自分だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました

日々埋没。
恋愛
「すまないが僕は真実の愛に目覚めたんだ。ああげに愛しきは君の妹ただ一人だけなのさ」  公爵令嬢の主人公とその婚約者であるこの国の第一王子は、なんでも欲しがる妹によって関係を引き裂かれてしまう。  それだけでは飽き足らず、妹は王家主催の晩餐会で婚約破棄された姉を大勢の前で笑いものにさせようと計画するが、彼女は自分がそれまで周囲の人間から甘やかされていた本当の意味を知らなかった。  そして実はそれまで虐げられていた主人公こそがみんなから溺愛されており、晩餐会の現場で真実を知らされて立場が逆転した主人公は性格も見た目も醜い妹に決別を告げる――。  ※本作は過去に公開したことのある短編に修正を加えたものです。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...