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終章 勇者と聖女編

堕ちた賢者

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「ユーキ今度はあっち!」
「こっちだな!」

 膨大な魔力が集まり、すでに地下は空間同士が歪む迷宮のようになっていた。どこがどこに繋がっているかわからない中で、絡み合った糸のような複雑な魔力をフィアは読み解き、道を作る。
 そんなフィアの指示されながら勇人は地下を疾走していく。

「あとどれくらいだ!」
「たぶんもうすぐ! でもなんかさっきからおかしい! こんなにザワついた魔力は初めて! あのバカがなにやってるかわからないけど止めてないとヤバイ!」
「了解! もう一つギアを上げるぞ!」
「え、あ、ちょっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 いきなりの加速に驚いたフィアは、振り落とされないよう必死に勇人へしがみつく。
 なんとか勇人の速度に合わせて誘導していくと、巨大な扉と一際大きな魔力を発生させている場所までたどり着く。

「ユーキ! あそこが終点! 蹴破って」
「了解。どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 素早く一歩踏み込みと、右足に全力で体重を乗せて蹴破った。
 勇者のバカ力をぶつけられた扉は、それにかけられた魔法ごと吹き飛ばされ、まるで爆撃でも受けたたかのように吹っ飛んでいく。
 勢いのまま部屋の中に飛び込んだ勇人は即座に視線を動かし全貌を見渡す。
 
「なんだこの部屋は……」
「わからない。でも、魔力が淀みすぎてて気持ち悪くなってくる……」

 口元に手を当て、フィアが吐き気に耐える。勇人もしばし呆然としていたが、中央に設置されているフラスコと、リリア、ロスを発見して顔色を変える。

「おい、ロス。 お前一体なにしてやがる?」
「いきなり現れたかと思えば一体何を怒っているんですか? まったく、粗暴なところは変わりませんね」

 仮面のような笑顔を向けら、神経を逆なでされた勇人はその場で足を踏み下ろし床を踏み砕く。

「テメーの道化みたいな態度も変わらねえな。俺たちのくだらねえ挨拶なんてどうでもいいんだよ。リリアになにをしている? そのフラスコみたいな容器に」
「なにを? 見てわかりませんか?」
「生憎とバカだからな。俺がわかるのはお前がリリアを苦しめているってことだけだ」
「それがなにか問題でも? 所詮彼女はボクのアリアを作り出すための材料に過ぎません」
「アリアを作り出す? ふざけるな! アリアはもう死んだんだ! リリアがいくらアリアに似ているからって戻ってくるわけねえだろ!」
「それが勇者である貴方の限界ですよ。でもボクは違う! ボクはこの手にアリアを手に入れるため、ずっと研究を続けてきた。そのための手段も、必要なものも揃えた。真にアリアを愛しているボクだからこそなしえたんですよ!」
「ほんとアンタはくだらない上に腐ってるわね」

 フィアは勇人の腕から飛び降りると、非難するような視線を向けているロス向けて指を突き付ける。

「アリアを作り出す? はっ、それで出来上がるのはアンタの都合がいいように作られたアリアの人形じゃない。私たちは、アンタの人形遊びに付き合うつもりはないのよ」
「人形? いえいえ、そんなちゃちなものではありませんよ。ふふ、稀代の魔女ともあろう者が浅はかな考えですね。この地下でなにを見てきたんですかね」

 フィアの言葉に笑いが堪えられないとばかり口元を釣りあげる。

「肉体の創造、魂の保全、別個体からの意識の移植。ボクがアリアを作るためにどれだけの研究を重ねてきたと思っているんですか?」

 ロスの言葉を聞き、フィアの表情が怒りが消えて青ざめ、考えるようにブツブツと呟き出す。

「人影と呼ばれる個体は……まさかだとしたら騎士団長も……そうかだから落とし子も――ねえ、マイヤー。アンタ魔王を復活させたわね?」

 フィアの言葉に勇人は驚き、賢者は楽しそうにクツクツと喉の奥から声を上げる。

「やはり頭の回転は速いようですね。せっかくですので勇者にもわかるように話してあげましょう。完璧なボクのアリアを作り出すには幾つもの壁があります。彼女と同じ肉体で、同じ記憶を持っておて、魂も同じでなければならない。それらが一つでもかければとてもアリアとはいえない。魔女の言う通りの人形となってしまいます」

 訥々と嬉しそうにロスは語っていく。

「魂と記憶の保全は比較的早い段階で目途が立ちました。ボクは君たちと違ってただの人だ。どうにかして寿命を延ばす必要がありますからね。ただ、肉体に関しては苦労しましたよ。完全に同一個体を再現するというのは中々に難しい。自分の体を使ったコピー品では劣化も早く使い物にならなかった。ではどうすればいいのか? 考えたら答えはすでにあったんですよ。人の意思で姿かたちを変える素晴らしい材料が」
「……待て、まさか」
「ようやく勇者も察しがついたみたいですね。そうですよ、貴方が討ち滅ぼした魔王、アレを復活させて利用すればよかったんです」

 自慢するように告げるロスの言葉に、さすがの勇人も唖然とする。

「お前、自分がなにをしたのかわかっているのか? いや、それよりも魔王を復活させる? そんなことができるのか?」
「逆になぜできないと思ったんですか? 勇者は常に一人、それと同じで魔王も常に一柱しか存在できない。ならば、勇者である貴方が魔王を倒してその枠に空きができたんですからそれくらいのことはできますよ。とはいえ、簡単なことではありませんでしたがね。魔王が倒されたばかりということもあった魔王を構成する負の力が足りませんでした。なので、騎士団長殿を含めて何人か不幸な目にあっていただき、材料を回収したりと涙ぐましい努力をしたわけですよ。ほら、この体も魔王と同じ材料で作られているんですよ。よく出てるでしょ?」
「なるほどね。アンタの体はすでに魔王産。だから落とし子も操れたのね。まったく反吐が出る」
「ふむ、イマイチ理解は得られないみたいですね。それともボクの研究の素晴らしさが――」
「もういい、わかったから黙れ――顕現せよ」

 勇者は躊躇いなく聖剣を抜き放ちロスへと切っ先を向けると、フィアも箒を取り出して構える。
 二人の瞳にはかつての仲間への情はなく、かつて魔王へ向けたものと同質の殺意を宿していた。

「お前はもう人間じゃなくて魔王だ。だから、二度と現世に迷い込まないように俺がここで終わらせてやる」
「ふう、やはりボクと君たちが分かり合うことはできないみたいです。最も、わかっていたことですけどね」

 軽い調子でため息を吐くと、ロスも愛用の杖を取り出して振るい勇人たちへ向けて魔弾を放つ。
 詠唱も、予備動作も必要なく不意打ち気味に撃ちだされた高圧縮の魔弾はフィアだけならば十分に脅威となるものだったが、勇人という最高の前衛がいる状況では毛ほどの驚異にはなりえない。
 即座にフィアを庇って前へ出ると同時に魔弾を叩き切り、ロスへと詰めていくその後ろで、フィアが詠唱を始める。

とっとと消えなさいクライムシュ・トラーフェ!」

 疾駆する勇人を追い抜き、フィアの魔法がロスへと牙を向くが魔弾で容易く迎撃される。
 時間にしてみれば一秒未満の攻防だが、勇人には十分すぎるほどの隙だった。

「うらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 型もなにもない、ただの上段からの振り下ろし。ただしそれはいつ振り下ろしたのかわからぬほどの速さで、騎士団長であったシータでさえ辛うじて防ぐことができるの斬撃だ。
 故にこれで詰み――とそこまで都合がいいことはない。

「相変わらず反則みたいな攻撃ですね」

 口調とは裏腹に、目で追えない勇人の斬撃をロスは苦も無く後退して避けつつ、魔弾を反撃とばかりに乱射する。
 返しの刃で切り上げようとした勇人だが、迫りくる魔弾を舌打ちしながら弾いていく。
 勇人もフィアも、自分たちの攻撃が簡単に防がれることに驚きはない。賢者として旅をしてきた中でイヤというほどに見てきたからだ。
 勇人とシータが前衛を、フィアが魔法で後衛を、そして賢者であるロスは中衛として全後衛、どちらも対応して動いていた。つまるところ、戦う距離を選ばないオールマイティな立ち回りをロスは行うことができるのだ。
 味方だと頼もしいが、敵に回ると厄介極まりないが、それはロスからしても同じことだ。
 
「まったく、躱すだけでも一苦労じゃないですか。二対一なんですからもう少しくらい手加減してください」
「はっ、だったら避けなければいいだろう。そしたら楽に引導を渡してやるよ」
「それには及びませんよ。数が不利なら補えばいい。実に簡単なことです」

 ロスが指を鳴らすと、空間が淀み歪んでいくと同時に、落とし子たちが産み落とされてくる。
 一、二、四、八……落とし子は部屋を覆いつくさんとばかりに倍々で増えていく。その光景は、かつて魔王と戦った時に見たものとソックリであった。

「うへぇ、落とし子を生み出すってほんと魔王を思い出してイヤになるよ」
「ああ、あれはもう完全にロスと同じ形をした魔王だな」

 苦い表情をする勇人とフィアとは正反対に、ロスは貼り付けた笑顔を崩さない。

「……フィア。ロスは俺が引き付けるからリリアを頼めるか?」
「オッケー。あれだけの数の落とし子を相手に私がやれることは少ないし、リリアちゃんが捕まってるあの魔方陣、どうみたってロクでもないからね。早く陣の中から出してあげないと」
「さあ これで対等ですよ。では、いきますよ?」

 小声で相談を済ませるのと同時に、生み出された落とし子たちが襲いかかってくる。

「うらぁぁっ!!」

 勇人が聖剣で牽制をするように剣圧で飛びかかってきた落とし子たちを吹き飛ばす。落とし子たちが吹き飛ばされた隙をついてフィアは箒の上に飛び乗ってリリアへ向けて一直線に進む。

「単純ですね。そう簡単に近づけさせると思いますか?」
「当たり前だろう、がっ!」

 フィアの動きを妨害しようとするロスへ向けて勇人は聖剣を投げつける。投げられた聖剣の神気に不快気に眉を細めるロスは、落とし子を何重にも生み出して盾にする。
 聖剣の神気に当てられて瞬時に消滅していく落とし子に頓着することなくロスがフィアに呪文を放つ直前で、飛び込んできた勇人が聖剣の柄を蹴り飛ばして押し込む。
 元より拮抗していたとはいえなかった聖剣と落とし子の拮抗は勇人の一撃を持って崩れ去る。落とし子の壁を突き抜けてきた聖剣を見てさすがのロスも攻撃を中断する。

「おいおい、逃げようとするなんて連れないことするなよ! なあ、おい!」
「ふぅ。やはり戦ってる途中で勇者から目を離してる余裕はありませんか。では、こうしましょう」

 ロスは勇人に対峙するように向き直すと、今度は逆に周囲の落とし子たちをフィアのほうへと向かわせた。

「ちっ、そういうことかよ!」
「おっと、今度はボクが邪魔する番ですよ」

 フィアに向かう落とし子の数を減らそうとする勇人を、今度はロスが止めにくる。呼吸と呼吸の合間、一瞬の意識の空白を狙って近づいたロスは動き出そうとする勇人の力を利用して投げ飛ばす。

「うおっ、ととっ」

 投げ飛ばされたとはいえダメージはなく、驚かされたようなものだ。空中で体勢を立て直して着地をすると同時に、勇人へ雨のような光弾が幾重にも降り注ぐ。
 咄嗟に手元へ聖剣を呼び戻し、刃を巨大化させて盾にして光弾を防ぎきる。

「ちっ、めんどくせぇっ!」

 勇人は腕に聖剣を盾にしたまま、光弾の中を突き進む。一発ごとに腕へかかる圧力が増していくが圧倒的な身体能力を突き進んでいく。

「ロスぅぅぅぅぅぅぅう!!」

 驚愕するロスに向けて、全力で殴りかかる。勇人の拳が頬にぶつかる瞬間、魔方陣が浮かび上がり防御されるが、それでも勢いは殺すことが出来ずにロスの体は吹き飛ばされて壁にめり込む。
 ロスの様子を確認することなく、勇人はフィアの方へと向かっている落とし子へ神気を飛ばす。落とし子たちはフィアを追い立てていたせいか、迫る神気に気が付かず飲み込まれていった。
 フィアを落とし子たちの猛攻から守ることができたことに一息ついたところで、壁が壊れる音が聞こえてきた。

「あの攻撃の中を突き進んでくるなんて……本当にデタラメですね」
「お褒めに預かり光栄だな」

 案の定とでもいうべきか、ロスはダメージらしいダメージを負った様子はなかった。だが、苛立ちからか余裕を浮かべた表情は崩れ、無表情に近いものへと変わっていた。

「おいおい、どうしたよ色男。笑顔の仮面が剥がれてるぞ」
「……本当に、ええ、本当に憎たらしいですね」

 忌々しそうに勇人を睨みつけていたロスだったが、ハッとした表情を浮かべた後、余裕の笑みが戻ってきた。

「何笑ってるんだよ」
「いえね、この勝負はボクの勝ちだと思いまして」

 ロスの言葉に嫌な予感を感じた勇人が振り返ると、そこにはフィアがアリアの姿をした何者かに胸元を貫かれている姿があった。



「もう、なんなのよこの術式は!」

 リリアの元へとたどり着いたフィアは思いっきり悪態を吐く。
 ロスが長い時間をかけて準備しただけのことはあり、リリアを拘束している術式は複雑だった。何十という重なり合う術式は互いに干渉しあい、下手なことをすればリリアがどうなるかわからない。

(あとどれくらいの時間があるの? どれだけの術式を読み解いていかないといけないの?)

 ジワジワと喉元へ競り上がってくる焦燥感を飲み干しながら、必死に術式を読み解きながら慎重に解呪を進めていく。

(あ、これって)

 絡まり会った糸を解きほぐしていくように進めていく途中、不自然な場所で全ての術式に干渉している部分を見つける。

(この部分、術式の核じゃないけど陣を起動するための魔力供給をしている。魔力の供給が止まれば術式は止まるはず)

 迷っている時間はない。フィアは、自身の魔力を全てつぎ込んで術式に干渉して破壊を試みる。

「いっ、けぇえええええええええええ!」

 針に糸を通すような精密さで破壊の魔法をぶつけると、術式が壊れる。供給部分が停止したせいか、リリアを拘束していた陣の光が消え、そのまま膝をついて倒れそうになる。

「おっとと、危ない危ない」

 倒れそうになったリリアを慌てて抱き留める。フィアは、リリアの鼓動が止まっておらず、温もりも失われていいないことに安堵する。

「よかった、ちゃんと助けること、が……?」

 顔を上げた先にある巨大なフラスコで浮いていたアリアの作り物がゆっくりと目を開ける。それを見たフィアは声を失う。
 目を開けたアリアの作り物は、腕を振りかぶるとそのままフラスコを叩き割る。ガラスが割れる音と同時に中に詰まっていた水が溢れだす。

「なんで、間に合わなかった?」

 フィアが呆然としていると、アリアが近づいてくる。我に返ったフィアがリリアを守るように動くと同時にアリアの姿が掻き消える。

「ごめんなさい、フィアさん」
「えっ? あっ?」

 耳元で声が聞こえた次の瞬間、胸元が熱くなる。ゆっくりと視線を下げると、アリアの手が胸元を貫通していた。

(あ、これダメかも。ごめん、ユーキ)

 痛みを認識すると同時に、フィアの意識は闇へと落ちた。
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