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終章 勇者と聖女編

迎撃

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 将校部屋の中で、リリアを含む三人は外の様子にヤキモキしながら過ごしていた。
 マオは落ち着かないのか、部屋の周りをウロウロとし、リリアも普段の落ち着いた様子とうって変わり、何度も視線を彷徨わせている。唯一、クレハだけはいつもとそこまで変わった様子を見せていない。
 何度も勇人たちのことを戦場に見送っているとはいえ、基本的に平和な世界で過ごしてきたリリアとマオは戦いそのものが恐ろしいのだ。
 クレハとて、メイドとしての矜持とかつて冒険者として各地を旅してまわっていなければ、部屋を飛び出して様子を見に行きたいと思っているほどなのだから、仕方ないことといえば仕方がないのかもしれない。

「ふぅ……」

 外から微かに響く声を聞き、リリアが何度目になるかわからない溜め息を漏らす。

「リリア、も、不安?」

 憂いを帯びた表情見せるリリアの傍にマオが近づく。リリアは、なんと答えようか悩んで曖昧な笑顔を浮かべて見せた。

「不安……そう、なのでしょうか」

 胸の中に浮かんでいる形容しがたい感情に悩みながら、リリアは言葉を選んで口にする。

「私は、確かにユーキさんたちのことが心配です。でも、それとは別になんといいますか、最近落ち着かないんです。胸の奥がモヤモヤして掻き毟られるような感じがするんです」
「まさか病気!? リリアお嬢様なんで教えてくれなかったんですか!」
「あ、いえ。病気とかそういう類いのものではないと思います。ただ――」

 詰め寄ってきたクレハや、気遣いの視線を向けるマオを安心させるための言葉をかけようとしたところで、背後からピリッとした空気が流れ込んできた。

「――ッツ! リリ、ア!!」

 部屋の中に現れた殺気に、誰よりも早く反応したのは獣人であるマオだった。

「え?」

 突然マオが飛びついてきたかと思えば、視界が傾いていた。遅れた感じた痛みに、自分が床の上に押し倒されたのでリリアは気が付いた。

「ぐぅっ」
「マオちゃん!」

 自分の身体の上で、マオが苦しそうにうめき声を上げる。ヌルリとした液体が、マオの身体から流れてきている。それがマオから流れてきた血だと認識するのと同時に、声が聞こえてきた。

「さすがに獣人は勘が鋭いですね」

 三人以外にだれもいない筈なのに、声が聞こえてきた。そして再び聞こえる風切音。だが、次の攻撃が倒れている二人に届くことはなかった。

「こ、のっ! リリアお嬢様とマオになにしてくれてんのよ!」

 クレハが無詠唱で防護魔法を発動すると、四方から二人に対して投げ出されたナイフを弾いた。 

「無詠唱での魔法。なるほど。エルフのメイドとは厄介ですね」
「クレハ!」
「リリアお嬢様は動かないで! 先にマオの治療をお願い!」
 
 クレハに言われ、マオの怪我を思い出したリリアは、慌てて身体を起こして傷口を見る。
 リリアを庇って背中に突き刺さったナイフが肩甲骨の辺りに食い込んでいた。ゆっくりと、震える手でナイフを抜き取ると、栓が消えたことで出血が激しくなる。

「あ、ぐっ」
「ご、ごめんなさい。マオちゃん。でも、少しだけ我慢して」

 ナイフの刃先は普通の物とは違い、肉を抉り、止血がやり辛くなるように波打った形状をしていた。

「酷い……」

 ボロボロの傷口を見て、吐きそうになるのを堪えながらリリアは回復魔法の詠唱を始める。

「清廉なる息吹よ、傷を癒し、邪なる気を払いたまえ――治癒ヒーリング

 マオの肩にリリアの手が触れると、暖かな光が生まれ、傷口を包み込む。優しく、柔らかな光はリリアの心を映し出すように、慈愛を持ってマオの身体を治していく。
 苦悶の表情を浮かべていたマオだったが、リリアの回復魔法を受けたことで痛みが消え、傷口が塞がった。

「ありが、とう」
「いえ。お礼を言うのは私のほうです。――って、マオちゃん! なにしているの」

 傷口が塞がったマオが、よろよろと立ち上がろうとしている姿を見て、リリアは慌てて静止させる。

「クレ、ハ、助け、ないと」

 マオが見ている先へ、リリアも視線を向ける。クレハといきなり現れた男との戦いが続いていた。
 その戦いは、防戦一方と呼べるものだった。それは、なにもクレハが弱いと言うわけではなく、彼女がリリアたちを守り、部屋を破壊して生き埋めを避けるために魔法の力を極力抑えているせいだった。
 対して、相手は派手な攻撃こそないが、影に潜るという特殊な魔法を使い、クレハを翻弄しながら攻撃の手を緩めない。

「――いく」
「あ、マオちゃん!」

 状況を打開するために、マオが治ったばかりの身体で駆けていく。

 ◇

(――こっち)

 飛び出すと同時に、鼻を動かして臭いを追う。臭いの元をクレハの背後から嗅ぎ取ったマオは、全速力で近づいていく。

「ま、マオ! 貴女――」
「そこ」

 驚くクレハを脇を抜け、影に向けて爪を振り下ろすと、影から現れた男とマオの視線が重なる。
 驚愕に見開くその顔に向けて振るわれた爪は、ギリギリの所でナイフに受け止められた。

「なっ! そんなところに!」

 クレハが慌てて振り返り、魔法を放とうするが、それよりも早く男が再び影に潜ってその身を隠した。

「逃げ足、速い。でも――」

 マオは、覚えた臭いを忘れない。油断していないいまならば、この部屋のどこへ現れても即時対応ができる。
 耳を張り、尻尾をユラユラと揺らしながら警戒していると、呆れたような声が聞こえてきた。

『やれやれ。これでは無理そうなので引かせていただきますね』
「はぁ!? アンタこれだけのことをして逃げられると思って――!」

 襲撃者の言葉にクレハが激昂するが、マオは小さく首を振った。

「……もう、いない。臭い、消えた」

 現れた時と同じように、襲撃者はその姿を溶かす様に消していた。
 マオがそのことを伝えると、クレハは髪を掻き毟りながら地団太を踏む。

「でも、みんな、無事。よかっ、た」
「……まあ、そうね。」

 ある程度怒りが発散できたのか、落ち着きを取り戻したクレハが同意する。

「あの人は、一体なんだったんでしょうか」

 リリアがマオから抜いたナイフを眺めながら呟く。

「王国軍にこんな装備品はありません。このタイミングでラオ小父様ではなく私を狙ったというのも気になります」
「なんでもいいわよ。相手がリリアお嬢様を狙ってマオを傷つけた。それだけで敵ってことは確定よ」
「う、ん。すごく、血生臭かった」

 マオは、襲撃者の血と、腐臭が染みついたような、死人と変わらない独特の臭いを思い出して顔をしかめる。

(あれ、本当に人間?)

 マオは、あの襲撃者がとても生きている者とは思えなかった。生きる屍リビングデッド人型人形ヒューマンドールだと言われたほうが納得できる。
 けれども、マオの知識にあるそれらは、あそこまで明確な感情を持つ存在ではない。
 じゃあ、あれは人間だったことになるが、あんな醜悪な臭いを身体に染みつかせている者を人間だと認めるのは、マオとしてはかなり抵抗があった。

(わかんない。ユーキたちなら、わかる?)

 こういうことを考えるのが不得手なマオは、勇人たちが戻ってきたら話してみようと、心の隅に留めておくことにした。
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