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断章 閑話

フィアVS その一

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 フィア・ローゼスミントにとって、アリア・クレスティン・フェミルナは恋敵であり、親友だった。
 最初は無関心だった。だけど、勇人がアリアに心を開いたと聞いて興味を持った。そうして接しているうちに、いつの間にかアリアのことも好きになっていたのだ。
 アリアは不思議な魅力を持った少女だった。
 人の心にスルリと滑り込んできたかと思えば、気を許してしまうような女の子。
 そんなアリアだからこそ、勇人のことを諦めることができたのに、アリアは別の男と結婚した。
 最初は信じられなかった。そして次に、裏切られたと思い怒りが浮かんだ。
 いまだからこそわかるが、あの時の自分は普通ではなかった、とフィアは思っている。
 本当に自分なのかと疑いたくなるほどに、視野が短慮になり、意地を張っていた。あの時、もう少しだけ深く考えることができていれば、結末は違ったはずなのにと、酒に逃げてからも考えてしまう。
 けれども、過去を振り返り、嘆いた所で変わらない。だからフィアは、あの時の落とし前をつけさせる。

「――見つけた」

 暗闇が濃くなる深夜、月の光が雲に覆い隠され、地上から天の光が消えた中で、フィアは眼下を見据える。
 生命の営みがまったく感じられない人工的に作られた森の上空で、フィアは自身が展開できる最大限魔法を起動させて脅しをかける。

「ねえ、いるんでしょう。出てきなよ」

 半径五百メートル以内は結界で覆われているため、逃げることは敵わない。その空間に対して、声に魔力を乗せ、森の中に響き渡らせる。
 すると、すぐに返ってくる声があった。

「久しぶりの再会だというのに、随分と手荒いですね」

 森の中から、片眼鏡モノクルをかけた優男が現れた。薄でのロープを羽織り、張り付いた笑顔を浮かべているその姿は、二百年前となんら変わった様子を見せない。

「そう言わないでよ。私はアンタに会いたくて仕方なかったんだから。私の気持ちを受け取ってよ」
「おや? 随分と熱烈な告白ですね。ですが、私にはアリアという心に決めた女性が居ますので、その気持ちは受け取ることができません」

 余裕の態度を崩さないロスに、フィアはすぐにでも頭の上に魔法を叩き込みたくなるが、グッと堪える。

「おや? てっきりすぐにでも癇癪を起すと思ったのですが、少しは成長したようですね」
「……マイヤー。アンタには聞きたいことが山ほどあるの」
「ふむ、聞きたいことですか。……いいでしょう。いまの私は大変に気分がいいです。なんでも聞いてください」

 空間を淀むほどに、魔力の重圧をかけてみるが、ニヤニヤと軽薄な笑みは剥がれない。それどころか、フィアの質問に答えるという余裕っぷりである。
 
(なら、遠慮なく聞いてやる)

 この男が話すと言った以上、そこに嘘を混ぜることはないだろう。けして短くない付き合いから、フィアはそのことをよく知っている。

「まず一つ。アンタにとってアリアはなんなの?」
「無論、この世の全てです。彼女こそがボクの光であり、希望だ。彼女のいない世界に意味などなく、価値もない。まさか、いまさらこんなことを聞くのですか?」

 二百年経ったいまでも、この男の思想はまるでブレていないようだった。

「これはただの確認よ。二つ目に聞きたいことは、二百年前、アリアを唆したのはアンタね?」
「唆したとは人聞きの悪い。ボクは、彼女が正しい道に戻るように導いただけですよ」

 しれっと、ロスが答えると、彼の近くの地面が抉り取られる。髪を逆立て、殺気だったフィアは目を血走らせるようにロスを睨みつける

「どの口が……どの口がそれを言うの! アリアを正しい道に導く? ふざけないで! ユーキとアリアの未来を壊したアンタが!!」
「その道が、すでに間違っているのです。聖女アリアに必要なのは勇者アイツではなく賢者ボクだ。ほら、ボクは正しいことをしているでしょ?」

 自分とアリアは結ばれる。それを信じて疑わないロスは、実に不思議気にフィアを見やる。

「アンタの考えはまったく理解できないわ。いいえ、したくもない。自分のエゴを押し付けて、アリアを脅した癖に!」

 全てが手遅れになった後、フィアが調べた限りでも、直接彼女の家族を捕えて人質にしただけでなかった。
 勇人が最も憂いていた、自分以外の人間をこちらの世界に呼ぶということまでしようとしていたのだ。
 安全に多次元の存在をこちらに呼ぶ方法を知っているのは、勇者召喚の術式を生み出したフィアだけだ。
 なら、ロスがどうやって召喚すると脅したのか?
 それは実に簡単なものだった。フィアが改良する前の、古い術式を使えばいい。世界渡りと呼ばれるその術式は、次元の壁を突き破るのに大量の魂を生贄に捧げて強引にこじ開けるという術式だった。
 もし、その術式を起動させれば、最低でもこの国に住む人間は全て死に絶える。
 勇者という存在は一人しか存在できないため、そうして呼び出された存在は、特別な力など持たないただの人だ。なんの知識もない存在が呼び出されたとすれば、その先に待っているのは死だけだろう。
 普通なら、旨味もないただの自殺ともいえる行為を、ロスは決行すると言ってアリアを脅したのだ。
 勇人に相談できればよかった。だが、それをした瞬間に、この男は躊躇ことなく王都に仕込んでいた術式を発動させていたはずだ。

「ボクとしては、脅したつもりはありません。彼女が目を覚まさないのなら、せめて一緒に死にたかった。ただそういうつもりだったのです」

 本当に、ロスはそう思っているからこそ、フィアはこの男が恐ろしいと感じるのだ。

「君たちに魔道具で夢に干渉し、無意識下で操ってアリアを孤立させるつもりでした。君だけはさすがに効きが悪かったね。でも、それを差し引いても……ボクの見通しが甘かった。神龍の秘術。まさかそんなものがあるとは」

 そこで初めて、ロスは顔を歪める。

「最後の別れを惜しむ時間を与えたのがいけなかった。それで全てが狂ってしまった。ボクの下に来たアリアは、勇者(アイツ)の子を孕んでいた。そんなのは”ボク”のアリアじゃない」
「だから、アリアを呪いで衰弱させて殺したの?」
「違いますよ? 殺してなどいません。新しく綺麗なアリアを作り直そうとしたんです。そのために、古い彼女が邪魔だっただけです」
「作り直す? アリアをユーキと離れ離れにしておいて、そんな馬鹿みたいな理由で殺したの?」
「馬鹿みたいなこと? ボクにとっては一番大事なことですよ。君の価値観なんてどうでもいい。実際に、時間はかかったけど、あの時のアリアと何一つ変わらないアリアを作る母体が生まれてきたんだから!」

 熱が入ったロスが、うなされたように声を荒げる。その瞳に映っているのは、純粋なまでの狂気だった。

「……それが、リリアちゃん」
「ええ、そうです! アリアにもっとも近い器を持った存在! 多少の不純物が混じっているとはいえ、彼女の身体を使えば、ボクだけのアリアを作ることができるに決まっている!」
「アンタの事情に巻き込まれて、カトレアちゃんは死んだの?」
「あのメイドはボクの邪魔をしましたから」
「団長さんを自殺したのも」
「彼女は腕っぷしは強いけど、魔法に関してはからっきしです。君みたいに魔道具に耐性のない彼女は、あっさりと自殺してくれましたよ」

 あっさりと、旅の仲間を殺したことを白状する。そこに悔恨の念のようなものはなく、ただゴミを片づけたかのような言い方だった。

「――もういい。黙って」

 アリアは底冷えするような視線でロスのことを見据える。

「マイヤー。アンタはもう救いようがない。危険だと思いながら、放置していた私のミスを、ここで清算するよ」
「おかしなことを言いますね。ボクが救いを求めるのは、アリアだけですよ」

 フィアの怒りが理解できないとばかりか、あきれ返ったかのような顔をする。そんなロスを見て、フィアはこれ以上自分を押さえつけておくことができなかった。

「きっちりあの世の送るから、アリアに説教されてきなさいよ!」

 待機させていた魔法が撃ちだされ、激しい爆音と共に、戦いの火ぶたが落とされた。
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