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第4章 過去編

初陣

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 屋根の上を走り、最短距離で勇人とアリアが門に近づくにつれて、慌ただしく動き回っている兵士や、混乱している街民たちの姿が多くみられるようになっていた。
 兵士たちの顔は青を通り過ぎて真っ白になっている。それでも、怒鳴りながら市民を誘導させ、門の外へと兵を送らせていく。
 
(無駄だろうな)

 兵士たちが王都を守る為、命を懸けて挑もうとしていることは勇人にだってわかる。
 だが、相手が悪すぎる。いま足止めのために向かっている人数程度では、命を捨てて死ににいくようなものだ。

「ユーキさん……」
「わかってる」

 腕の中でアリアが見上げてくると、勇人は安心させるように頷く。
 兵士たちを指揮している隊長格らしき人物の場所へ、勇人は飛び降りる。

「うお!? だ、誰だお前は!」

 いきなり空から降ってきた勇人に、驚いた隊長が文句を言おうとしたが、勇人の顔を見て固まった。

「ゆ、勇者様!?」
「ああ。外にで戦っている連中を全員下がらせろ」
「え? そのようなことをしてしまえば足止めが!」
「足止めなんかいらない。俺が全部片づけてやる」
「で、ですがいくらなんでも勇者様一人に任せるというのは――」
「お前たちを守るために召喚された勇者を信じろ」

 さすがに、逡巡をみせた隊長だが、勇人が腹に力を込めて言い切ると、信じることに決めた。

「……わかりました。では、勇者様が切りこみ次第、下がらせていただきます」
「ああ。安心しろ。王都の中には一匹も入れさせねえからな」

 そのまま、隊長と共に門の外まで来ると、勇人は、抱いていたアリアを降ろす。

「アリア。ここが一番戦場から近い場所だ。さすがにこれ以上は連れていけない」
「わかっています。私も、ここで傷ついた人たちを癒そうと思います」

 二人の間に、これ以上の言葉は不要だった。

「行ってくる」
「はい。お気をつけて」

 アリアに背を向けると、勇人は草原を騎兵のように駆け抜けていく。
 こちらの世界に来てから、初めて勇者の力を全解放する。
 視界が広がり、身体が更に軽くなる。圧倒的ともいえる全能感に浸りながら、それでも勇人は緊張しているのか、喉がカラカラに乾いてくる。
 
(――見えた)

 広がった視界の先に、”ソレ”はいた。
 大きさは十メートルほどをした、ヘドロの塊にしか見えない物体に手足が付いてい不気味な生き物がいた。
 見ているだけで不快感が魂を揺さぶり、恐怖を増幅させていく。
 勇人も、一瞬だが恐怖に身が竦みそうになった。だが、指に付けたアリアとの繋がりである指輪を見て、恐怖をねじ伏せる。

(俺は、絶対に逃げてなんかやるか!)

 勇人の勇気に答える様に、胸の奥が熱くなる。
 すぐ近くにまで接敵すると、数にして五匹しかいない化け物どもが数百人の兵士たちを歯牙にもかけずにあしらっていることがわかる。
 弓や魔法を受けてもびくともせず、飲み込んでいく魔王の落とし子と呼称される異形の化け物。
 攻撃が通じずに押し込まれ、呪いが濁流となり、兵士たちを飲み込もうとしている所に、勇人は間一髪間に合った。

「――召喚」

 イメージする。
 この世界に引っ張られてから、自分とは違うもう一人の己の存在を具現化して、形にする。
 槍、弓、メイス、杖、銃、様々な形が頭の中に流れ込んでいく中で、勇人は自分に合った最適解を手繰り寄せ、顕現させる。
 そして召喚されたのは、一振りの剣。
 勇人の魂を材料に、人の願いが、祈りが、純粋なまでの信仰が鍛え上げた何者にも負けることのない|最強の概念(ゆうしゃ)を形にする。
 光が奔り、中隊を飲み込もうとしていた落とし子を膨大な神気で弾き飛ばした。
 絶望していた兵士たちは、現れた勇者という力強く闇を切り裂く一筋の希望を見て歓声が上げる。
 人々に希望を与え、魔を打ち払う絶対存在が、ここに姿を見せる。

「逃げろ! こいつ等は俺が倒す!」

 勇人の言葉に、ここにいては足手まといになると察した兵士たちは素直に従った。
 落とし子たちも、兵士たちを追うようなことはしない。自分たちの天敵ともいえる存在が現れたことを、本能で感じ取ったからだ。
 個々に襲っていた落とし子たちが勇人を飲み込み、消滅させるべく行動を始める。
 落とし子たちの攻撃は、至極単純だ。泥を触手に変えて伸ばすか、その巨体を生かして攻撃してくるか。この二択しかない。
 実際に、勇人以外を相手にするのならばそれで十分なのだが、勇者という魔王の対存在を相手にするにはそれでは杜撰すぎた。

「遅いんだよ!」

 水死体のように不自然なまでに膨れ上がった拳が振り下ろされる。呪いという泥を撒き散らし、大地を汚染しながら振るわれる拳を、勇人は掻い潜り、下から掬い上げるように聖剣を叩きつけた。
 溢れる神気が呪いを浄化し、消し去っていく。自らの身体を構成する一部が消滅させられた落とし子は、初めて感じた痛みに呻きながら尻餅をつく。

「抜剣――聖剣アウロラ!」

 鞘を投げつけ、楔にする身動きを封じた後、抜き放った聖剣で一匹の落とし子を上下を真っ二つに叩き斬る。
 核ともいえる呪いの根源が浄化されたことで、形を保てなくなった落とし子が消えていくのを見届ける暇もなく、次の攻撃がくる。
 仲間を殺された怒りか、それともは化け物とはいえ恐怖感じたのか、全身からハリネズミのように触手が伸びて勇人へと殺到していく。
 勇人は、手に持っていた聖剣を地面に突き刺し、巨大な神気の壁を作る。触れた触手は弾かれ、浄化されていき、落とし子が怯む。
 その怯んだ一瞬の隙を見逃さず、勇人は鞘を手元に召喚し直して、聖剣を納刀してから斬りかかる。

遠月えんげつ!」

 信仰、祈りという物で作られている勇者に重要なのは、想像することだ。
 なにも考えず斬りかかるよりも、勇人のイメージを乗せて斬りかかった方が何倍も威力が上がる。
 それと同じ要領で、勇人がイメージした攻撃を即座に繰り出せるように名前を付けた。原理としては言霊と同じだ。
 叫び、言葉にすることで効力を持った一撃となる。
 遠月、と名前の付けられた技は、神気の斬撃を飛ばして相手を切り裂く遠距離用の技だ。
 斬撃の形をした神気が、落とし子の足を切り落とす。
 声帯器官のない筈の落とし子が、絶叫を上げる。まるで金属同士を擦り合わせたような不快感を伴う絶叫を、勇人は歯を食いしばりながら耐えて首を斬り落とした。

(残り三匹!)

 額に汗がにじみ、聖剣を握る手に力が篭る。
 落とし子を斬る時に感じる、腐った生き物に触れるような不快感と初めての実戦に、勇人の呼吸が荒くなる。
 落とし子が、両手を万歳のさせて、ハエ叩きのように振り下ろす。それを避けるようなことはせず、真っ向から神気を噴出させて受け止める。
 
「ぐぅっ!」

 地面が陥没して砕ける。だが、それでも落とし子の攻撃は止まった。
 
「弧月(こげつ)!」

 アッパーカットの様に、下から上へと聖剣を振るう。
 三日月のような軌跡は、頭からつま先まで、一太刀で切り裂いていく。

(残り二匹!)

 このままでは勝てないと悟った落とし子の二匹は互いの身体を連結させて、互いに互いをとりこんで肥大化させていく。
 タールのような表面に、幾つも口が浮かび上がり、カチカチと歯を打ち鳴らしながら、呪いの唾ともいえるものを吐き出してくる。

「っつ! あつぅぅぅう!」

 今までと同じ感覚で打ち払うつもりでいた勇人だったが、勇人の展開した神気の守りを上回る呪いだったせいか、唾液の一部が腕にかかった。
 皮膚は焼けただれ、腐ったかのように朽ちていく。
 この世界に来てから、なにをされても傷つかなかった勇人の身体に、初めて傷が付けられた。

「がぁ、ぎぃっ、ぐうぅぅぅ!」

 思わず聖剣を取り落しそうになるが、何とか持ちこたえる。
 脳に直接針を差し込まれたかのような痛みが断続的に続き、目の前が真っ赤に染まる。奥歯を砕けるくらいに噛み締め、血の泡を吹きながらそれでも勇人は落とし子に向けて駆け出していく。
 目を血走らせ、迫る触手を滅茶苦茶に切り刻みながら、飛び上がった勇人は、落とし子の身体に聖剣を突き立てて、膨大な神気を送り込む。
 身体の内側から、正反対の性質を持つ力を流し込まれた落とし子は、風船のように内部を膨張させて破裂した。

「――ッツ! はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 破裂に巻き込まれて吹き飛ばされた勇人は、地面に転がりながら荒い呼吸を繰り返す。
 焼けただれた手を確認してみると、既に再生を始めていたらしく、痛みは消えていた。聖剣を支えに、ゆっくりと立ち上がると、さきほどまで強い存在感を放っていた落とし子たちは全て消えていた。

「終わった……んだよな?」

 もう一度辺りを見回してみるが、まるで、始めから存在などしていなかった夢幻だったかのように落とし子たちが存在していた証拠は見つけられない。
 勇人が聖剣を送還すると、極度の緊張から解放されたせいか、全身から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
 勇人の初陣は、無事に勝利で終わらせることができたのだった。
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