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第3章 ダンジョン編

一つの疑問

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 草原に広がる街道から少し外れた場所で、ゴブリンと呼ばれる魔物と、マオは矛を交えていた。
 二十匹前後いたゴブリンたちは、その半数が屍をさらしている。それでも、残り半数は健在である。
 ゴブリンは、仲間の死骸を踏みつぶしながら、マオに向けて殺到する。その目には情欲の熱が宿っており、剥き出しなっている股間は小さいながらも力強く勃起していた。
 彼らに負けしまえば、繁殖用の奴隷として飼われる未来が、容易く想像できる。

「んっ!」

 マオは、自分を奮い立たせるように身体へ喝を入れる。

「しゃしゃ!」

 ゴブリンの一匹が、手にした石槍を突き出してくる。雌を捕えるために手足を狙った動きは手慣れており、駆け出しの冒険者ならば当たっていたかもしれない。
 
「あま、い」

 しかし、マオは獣人としての身体能力を遺憾なく発揮して突き出された槍を、舞う木の葉のように避けて、がら空きの喉を爪で切り裂く。  

「ぎゃぁっ!」

 悲鳴を上げてゴブンリの体勢が崩れると、仲間ごと貫ぬく勢いで槍衾やりぶすまのように、残りの槍が迫ってくる。
 トンッと地面を蹴り、身体を一回転させながら、サマーソルトの要領で事切れたゴブリンの身体を吹き飛ばす。巻き込まれたゴブリンたちが体勢を崩した所に、着地をしたマオはラッシュをかける。
 腹を裂き、腕を切り落とし、目を抉る。一撃で殺せないまでも、確実に戦闘能力を奪っていく。
 しかし、わずかに手数が足りない。いくら手傷を負っても、極度の興奮状態にあるゴブリンたちは、死兵が如く執拗に攻撃を続けてくる。

「ふぅっ、くぅ、ふぅ、ふぅ!」

 なんとか直撃を避けているが、少しずつ傷をつけられていき、疲れでマオが膝を折ってしまう。

「あっ!」
「しゃっ!」

 自分たちが優勢であることを悟ったゴブリンたちが、喜びの咆哮を上げながら飛び掛かろうとしたところで、

「そこまでだ」
「ぎ、ぎぎ」

 勇人の一閃で、残っていたゴブリンたちは真っ二つにされた。

 ******

 見晴らしのいい場所に馬車を止め、野営の準備を終えた四人は焚き火を囲みながら食事をとっている。
 四人が惜しまれつつもユーティアの街を出て、早くも一週間が経とうとしていた。

「マオちゃんもなんだか冒険者らしくなりましたね」
「ん、ユーキの、おかげ」
「獣人の身体能力が大きいのもあるが、この短期間でここまで強くなったのはマオの努力だ。誇っていいぞ」
「そういうリリアも、回復魔法が上達したではないか」
「……まだ掠り傷程度しか治せませんけどね」

 街を出てから、マオが勇人から武術を習い、リリアはシェロから魔法を教えて貰っている。
 なぜ、二人が教えを乞うようになったかといえば、街を出てから盗賊や魔物の襲撃が相次いだせいでもあった。
 リリアとマオは、常に勇人かシェロに守られている。
 いまはいいが、咄嗟の場面で足手まといになることを恐れた二人は、最低限身を守る術を身に着けたいと考えたのだ。
 自分の身を自分で守れるようになる分には問題がないため、勇人とシェロは二つ返事で了承した。

「掠り傷程度とはいえ、一週間で回復魔法が使えるようになる者はそうはおらんよ。さすがは聖女の血族といったところかのう」
「アリア様も回復魔法が使えたのですか?」
「俺が知っている限りかなりの腕だ。二百年前に、王都へ魔王の軍勢が襲い掛かってきた時に負傷者を治していたのはアリアだったな。その時には、千切れた腕くらいなら、即座に繋げるくらいのことはしていた」
「そ、それは凄いですね。でも、そのことが伝わっていなかったのはなぜでしょうか?」

 リリアは不思議そうに首をひねる。
 クレスティン家は聖女の血を引く一族だという話は伝えられていた。だが、勇者たちとは違い、聖女がなにをしていたのかは彼女の家にすら伝わっていなかった。
 ただ、聖女という女性がいたという事実のみが後世に伝えられていることに、疑問を覚えた。

「なんだったかな。確かそういう伝承みたいなことは賢者のやつがなにか言っていた気がするが」
「あの頃は勇人も荒れておったし、あやつもあやつで様子がおかしかったからのう。妾もよくは覚えておらん」
「聖女様のこと、わからない。でも、とっても、いい人って、話」
「そうですね。クレスティン家も、聖女の末裔ということで国民にはよくしていただきました」

 考えてみると不思議ではある。
 偉業の伝えられていない聖女が、なぜここまで支持されているのだろうか?

「……考えてもわからんな。俺としては、アリアがそれだけ慕われているなら文句はない」
「それは主様からしてみれば大好きな女子が褒められているのは気持ちがいいじゃろうな」
「ユー、キ、聖女様、好き?」
「それはもう、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにベタ惚れしておったわ」
「おい、余計なことはいうなよシェロ!」
「別によいではないか。リリアを最初に助けたのとて、アリアに似ていたからじゃろ?」
「そうなのですか?」

 シェロの言葉に、リリアは目を見開く。
 
「確かにそうだが、誤解しないように言っておく。今は普通にリリアのことが好きだからな? 最初こそアリアと姿を重ねていたけど、いまはもう完全に分けている。アリアとリリアは別だ」
「ほう? 言うのう」
「二百年前は想いを口にしなくて後悔したからな。あんな失敗は二度としない」
「あっ……」

 リリアを安心させるように抱きしめ見つめる。ジッと勇人に見られたリリアは、恥ずかしそうに顔を朱色にそめて手で勇人の身体を押し返した。

「べ、別にユーキさんにどう思われていようと構いません。私とユーキさんは契約で繋がっている関係だということをお忘れなく!」
「へいへい。ツンデレ乙」
「なんですかそれ」

 ぷいっと顔を逸らしてしまったリリアを見て苦笑していると、四つの目が無言の圧力を浴びせかけてきていることが気が付く。

「むぅー。リリア、だけ、ずるい。私も、好き、言われたい」
「そうじゃのう。長年付き合っている妾のことを差し置いて甘い空間を作るのは止めてほしいものじゃな」

 リリアが離れた隙をついて二人が、勇人の腕に抱き着く。シェロの薄いが少し大きく硬い乳首と、マオの芯の残る発展途上の胸が、二の腕へと押し付けられる。
 それだけではない。

「んぅっ」
「くふっ」

 二人は自然と勇人の腕を自らの股間に誘導して触らせる。勇人の指を恥丘に当てて、少し擦らせるだけでクチュリ、という粘液質な音が聞こえるようになる。

「だ、ダメです! なにやっているんですか二人とも!」

 いきなりエロいことをおっぱじめようとする二人を見て、茫然としていたリリアが我を取り戻すと、慌てて勇人から引き剥がす。

「お、もう終わりか?」
「もう終わりか? ではありません! 止めてくださいよ!」
「つまらんのう」
「いいとこ、だった」
「シェロちゃんもマオちゃんも野宿をしているのに変なことをしようとしないでください! いいですね!」
「確かに、これ以上やれば乱交が始まりかねないからのう。さすがにそれはちとマズイ」
「……残念」
「俺ならセックスしていても気配がわかるけど――」
「い・い・で・す・ね!」
「はい」

 リリアの剣幕にさすがの勇人も押し黙ってしまった。

 ******

 その後は、何事もなく食事も終わり、見張りの順番を決めてから眠りをとっていく。
 今回は、勇人とリリアの二人である。

「なあ、別にリリアも寝ていていいんだぞ?」
「いえ、ユーキさんだけに苦労をかけさせるわけにはいきません」

 旅の途中で何度か繰り返された会話である。
 本当は、リリアとマオに見張りをさせるつもりは、勇人にもシェロにもなかったのだが、二人がどうしてもというので仕方なくローテーションに組み込んだのである。

「リリアがいいっていうなら構わんが」
「はい。それでお願いします」

 そのまましばらく会話が途切れる。
 バチバチと木が焼ける音だけが、静かな空間に嫌なほど音を響かせていた。

「――ユーキさんは」
「ん?」
「ユーキさんは、私のことを好きだといってくださいましたけど、それは本当でしょうか?」
「どういう意味だ?」
「私は、アリア様の代替品なのではないのでしょうか?」
「さっきも言っただろ。アリアとリリアはもう別人として見ている。同一視なんかしていない」
「本当、ですか?」
「……随分と食い下がるな」
「すみません。私も異常だとは思うのですけど、不安なんです」
「不安?」
「はい。私が小さい頃にも、私のことをアリア様だと勘違いした方がいらっしゃいました。その方には私はアリアではなくリリアですと何度も言ったのですが、聞き入れてはもらえませんでした」

 当時のことを思い出したリリアは、両手で身体を抱く。
 自分のことを他人と重ねられ、己と言う存在を否定される。幼いながらにも、あの時の男には凄まじい恐怖を抱いていた。

「なんだそりゃ。アリアの肖像画を見て一目ぼれでもしたのか?」
「わかりません。ただ、気が付かないうちに顔を合わせなくなったので、いまのいままで忘れていました」

 その男は、貴族ではないが、頻繁に王宮を出入りしていたのをリリアはうっすらと覚えている。
 だが、いつのまに姿が見えなくなったかまでは記憶にない。

「……だから、何度も確認してきたのか」
「思い出してしまえば、どうしても気になってしまって……」

 男と向き合った時の恐怖も思い出したのか、カタカタと震え始めたリリアを見た勇人は、立ち上がってから隣に座る。
 そのまま、腰に手を回して抱き寄せると、優しく頭を撫でた。

「悪かったな、不安にさせて」
「……いえ、ユーキさんが私個人のことを見てくださっているのなら、大丈夫です」

 甘えるように勇人の肩に頭を預け、リリアはズボンが盛り上がっていることに気が付く。

「あの、これって」
「……さっき二人が引っ付いた時に興奮してな。落ち着いたかと思ったが、こうしてリリアの身体を触っていたらまた抑えが利かなくなってきた」
「そう、ですか。私のせい、ですね」
「おい、リリア。なんでズボンに手を伸ばしているんだ?」
「私がユーキさんのお、おちんぽを大きくしたんですから鎮めないといけません」
「いや、今日は朝に抜いたから待っていればそのうちに――」
「ご奉仕、させてください」
「喜んで」

 焚き火の光に当てられて、怪しく揺れるリリアの顔を見てしまった勇人は、誘惑に抗うことを空の彼方に放り出した。
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