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第2章 辺境伯編

マオという少女

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 メーデと日が暮れるまで話、宿屋に戻ってからカールと打ち合わせをしていく。
 大まかな方針としては、マオの為に雇われた冒険者として身の回りの警護を受け持ちつつ、マオを含めた怪しい動きをする者がいないか警戒するのが三人の仕事である。
 肝心の護衛期間だが、王都の者たちが尻尾を見せるまで辛抱強く付き合う必要があるようだ。
 とはいえ、そこまで時間はかからないだろう、というのがラオの見解であった。
 そして、ユーティアの街を観光したり、宿屋でセックスをして一日過ごしているうちに、マオが訪れる日となった。
 リリアたちは朝のうちにマルセイユの屋敷へ行ったので、いまは勇人一人である。
 メーデに秘密ということもあり、大々的に出迎えることはできないが、それでもラオと彼を守護する近衛兵たちが、マオのことを出迎えるために、街の入り口に並んで揃っている。
 勇人もしばらく並んで待っていると、控えめに装飾された、さりとて平民には手の届かないほど高価な馬車が街の入り口で止まると、ひょろりとした身体つきの男が降りてきた。

「これは、これは。マルセイユ辺境伯自らお出迎えとはありがとうございます」

 見事な白髪と、狐目にモノクルを付けた男は、ニコニコと貼り付けた笑顔のまま頭を下げる。

「ああ。遠路はるばる王都からようこそ。……それで、そこの馬車に我が娘と名乗る者がいるのか?」
「ええ、ええ。そうでございます。彼女は王都のスラム街で発見されましてね。見つけた者が一目見て彼女がマルセイユ辺境伯の娘だと――」
「御託は良い。早くあわせろ」
「これは失礼しました。親子のご対面に水を差すとは、私も気が利きませんでした。失敬、失敬。ほら、出てきなさい」

 馬車から降りた男は、言葉こそ丁寧だが、どこかラオを舐め腐った態度である。
 だが、その程度のことでラオは表情一つ動かさず、ゆっくりと降りてきた娘を見る。
 ラオたちと同じ色をしたショートボブの髪に、ピンッと張った獅子の耳。澄んだ翡翠の瞳はじっと目をこらしてラオへと向けられている。

「……君が、マオか?」
「……はい。そうです」

 マオは、表情をおくびに出さないままコクリと頷いた。

 ラオたちのやり取りをやや離れた位置で見ていた勇人たちも、現れたマオの容姿を見ていた。

(あれがマオか。まるで人形だな)

 ユーキが抱いたマオという少女の印象は、生気のない人形だった。
 確かに容姿こそ指摘されればラオやメーデと似ているかもしれないと思うが、性格は正反対である。ラオとメーデは明るく社交性にあふれ、身体からは生気が溢れるほどに健康的だが、対してマオは無口で無表情なうえに、顔も青白く暗い雰囲気を漂わせている。
 勇人でさえそう感じたのなら、ラオに近しい者はより深くそう思ってしまうだろう。

(こりゃ確かに護衛は俺でよかったかもな)

 現に、近衛騎士たちがマオを見る目つきは険しかった。
 容姿だけが辛うじて似ているだけで、他に主人と重ねるべき部分がないのも原因だろう。育った環境が違うといえばそれまでだが、元より好き嫌いといった感情論なのだから、近衛たちが納得しない理由には十分になり得る。

(マオよりもなんだあの胡散臭い男は)

 勇人は、ラオと話しているスーツ姿の狐目の男に目を向ける。
 勇者としての直感が、あの男は普通ではないと告げている。見た目も胡散臭ければ、中身も胡散臭い男だということである。

(王都から遣わされた立合人か? だとしてもあんな信用ならない顔した男を送ってくるか普通)

 勇人の中で狐目の男は完全に敵でないにしても、可能な限りお知り合いにはなりたくない部類の人間という認定がされた。
 今後、勇人から話しかけたりすることはまずないだろう。

(お、話し合いが終わったのか)

 ラオがマオの手を握りしめ、こちらへ歩いてくる。
 ラオの身長は二メートルを軽く超えており、対してマオは、百五十センチほどとシェロよりかは大きいが、リリアよりは小さい感じである。
 そんな二人が手を繋ぎ、並んで歩いているのを見ると、捕食者に囚われた獲物に見える。

「待たせてすまない。マオ、この者が今日からお前の護衛を務めてくれる人だ」

 ラオに背中を押されてマオは一歩踏み出るが、顔は俯いたままである。

「俺が護衛の一之瀬勇人だ。ユーキとでも呼んでくれ。見た目は若いが、腕は確かだ。安心してくれ」
「……マオ、です。よろしく、お願いします」

 マオは、ちらりと勇人を見るとすぐに顔を俯かせてボソリと呟いた。
 どこまでも大人しいマオを見て、ラオは苦笑する。

「私は立会人殿と今後の話をしなければならない。マオが住むことになる屋敷には近衛の一人が案内することになっている」

 そこまで言うと、ラオはマオの頭を撫でながら屈み、俯いている顔の下から覗き込む。

「マオ、君が本当にマルセイユ家になるまでは本宅に連れていくことができないんだ。すまない」
「別に、いい、です」
「……そうか。なに、不自由をさせるつもりはない。屋敷も自分の家だと思って使ってくれて構わない。イチノセ殿のことを頼む」
「受けた以上はきっちりと守ってやるから安心しとけ」
「まったく頼もしい限りだ」

 ラオは立ち上がると、身体を翻して近衛たちに声をかけと、そのまま立会人を含めた馬車ごと街の中へと連れていく。
 残った近衛兵の一人が近づいてきて敬礼すると、ユーティアの離れにある屋敷へと案内された。

 ******

 マオが初めてその男と出会ったのは、薄汚い檻超しからだった。

「ふむ、これですか」
「は、はい旦那様。これがうちにいる唯一の獅子の獣人になります」
「なるほど。確かに探していたもはコレであっています。さて、お前には役立ってもらいますよ」

 真っ黒な装束に身を包んだ、全てが黒に塗りつぶされた男は、マオのことを見下ろしながらそう命令する。

「貴方が……私の、ご主人様でしょうか?」

 煮えくりかえるような気持ちを無表情という仮面の下に押し込み、教え込まれた言葉をマオは吐き出す。
 獣人としての本能が、認めてもない相手を主人だと呼びたくはないと悲鳴を上げているが、そう言わなければ痛めつけられてしまうため、嫌でも言わなければならない。
 そもそもマオは、この奴隷商に居る人間全てが嫌いだった。
 いきなり攫われたかと思えば、人のことを奴隷扱いして虐げる。商品価値を高めるためだと言われ、純潔だけは奪われていないが、それ以外のことは全て経験させられた。
 誇り高い獅子の獣人として、物の様に扱われるくらいならばいっそ舌を噛み切って死んでやろうと思った。
 だけど、マオにはそれを実行できない理由があった。
 
(お母さん……)

 たった一人でマオのことを育ててくれた唯一の肉親。マオが捕まる前には、身体を崩し寝たきりになっていた母を思えば、死などという安直な逃げに走ることはできない。
 マオは絶対に母の下へと帰ると誓っているのだ。そのためならばどれだけ自分の尊厳が泥に塗れようと、身体を好きにされようとも耐え忍んでみせる。
 そんな感情を押し殺しながら真っ黒な男を見上げていると、なにがおかしいのか喉の奥で笑う。

「安心してください。貴方が無事に役立ってくれるのなら、すぐに母親と会わせてあげます」
「!!」
(この人、なんでお母さんのことを?)

 無表情の仮面が崩れそうになるのを、マオは必死に取り繕って耐える。
 心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。初めて会った男が、自分のことはおろか母のことも知っている。
 
(わざわざ調べてから、ここに来た?)

 奴隷商が媚を売っている以上は、この男は相当に地位がある者なのだろう。そんなものが、なぜ薄汚い獣人のことなど調べているのか?

「不思議そうですね。ですが、貴女は私の言うことだけ聞けばいい。でないと、もう二度と母親と出会えなくなるかもしれませんよ?」
「がっ!」

 母に危害を加えるかもしれないと男が言った瞬間に、マオは檻や鎖に縛られていることも忘れて飛び掛かる。

「お母様になにかしてみろ。どんな手を使ってでも探し出して八つ裂きにしてやる……!」

 二人を隔てる檻を血が出るほどに握りしめ、目を血走らせ、人の肉程度ならば噛み千切れそうなほど鋭く伸びた犬歯を見せて威嚇するが、男は怯まない。

「それは貴女次第です。なに、私の言うことに従ってくれるだけでいいのです。そうすれば、奴隷から解放して、しかも以前よりも良い暮らしができますよ?」

 ハッキリ言って、マオは男の言葉は欠片も信用できなかった。
 それでも、男が母の命を握っているかもしれない以上は、従う以外に選択肢はなかった。

「……わかった。言うことはちゃんと聞くから、お母さんに手は出さないで」
「結構。さて、これはいくらですか?」
「へ、へい。見目もいい獅子の獣人、しかも処女ですから金貨五十枚、というところでしょうか?」
「ならばその倍を出します。すぐに契約をさせない。契約紋は……そうですね、子宮の辺りにでもつけておきなさい」 
「わ、わかりました!」

 そうして、真っ黒な男に買われたマオは、自分の出自について聞かされた。
 男は口にしていく内容は、なんの冗談だと笑い飛ばしたくなるものだった。

(お母さんが、貴族の妾? 私が、貴族?)

 男がマオに伝えたの内容は、母を孕ませた父親は貴族で、自分がそのマルセイユ辺境伯という貴族の娘だということ。
 マオの役目は、マルセイユ家に娘として迎え入れられ、次期当主の座につけというものだった。

(そんなの、無理)

 話を聞く限り、辺境伯には溺愛している一人娘がいるらしい。その一人娘は、父共々に領民からの信頼も厚く、とてもでないがポッとでのマオが割り込めるものではなかった。

「安心してください。貴女はただ、私たちの傀儡としてマルセイユ家にいればいい。そうすれば、母親を取り返し、貴族としての地位も手に入れることができますよ」

 そういって、マオは王都からユーティアに送り出された。
 彼の指示を聞くようにと付けられたな狐男も、信用なんて言葉を間違っても使ってはいけないような男だった。
 なによりこの男は、酷い俗物だった。

「ほら、射精しますよ! しっかり飲み込みなさい」
「むぐぅっ! んぐぅぅぅぅぅっ!」

 主人としての権限を譲渡された狐男は、マオが逆らえないことをいいことにユーティアに向かう道中、彼女の身体を徹底的にいたぶった。
 唯一の救いは、今後の価値を考えてという理由で、相変わらず処女だけは奪われなかったことだけだ。
 それでも、口、手、胸、尻穴は全て使われた。狐男の精液が出される度に、自分がどうしようもなく汚れていくのだとわかる。

「ふぅ。貴女の口マンコは最高ですね。今日でしばらく使えなくなるのが実に惜しい。ほら、しっかりと口の中で味わいなさい。まだ飲み込んではダメですよ?」
「……」

 マオはコクリと頷いて、腐ったイカのような臭いがする精液をくちゃくちゃと音を立ててかき混ぜる。
 一噛みするたびに、鼻の奥に臭気が突き抜け、涙目になるがこの男はそんなことに気が付かない。

「そろそろいいでしょう。さあ、口を開けなさい」
「あー」

 ムワッ、と、自分の口からこの男と同じ臭いが漂ってきてしまう。まるでこの男のモノにされたように錯覚してしまうため、この瞬間がマオは大嫌いだった。

「しっかりと味わえたみたいですね。さあ、ゴクンッと飲み込みなさい」
「はひぃ……ンク、コクッ」

 ドロドロと粘っこい精液は喉に絡みつくため、一度で飲み込めない。何度も何度も、少しずつ時間をかけて吐き出しそうになるのを堪えて全てを飲み込むのだ。

「飲めましたか? 口を開けなさい」
「はい。あー」

 言われるがまま口を開いて、飲み込んだことを確認される。

「ふむ、大丈夫みたいですね。尻穴も使いたいですが、時間がないのが実に惜しい。もうそろそろユーティアに着きます。貴女も準備なさい」
「……はい」

 胸に秘めた殺意をおくびにも出さず、マオは淡々と頷く。

(お母さん。待っていて)

 マオは、ただひたすらにまた母と暮らせる日を願い、祈り続ける。
 その願いがどういった結末を生むのか、それをまだマオは知らない。
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