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黄金竜と行く日帰り温泉ツアー(お色気回じゃないよ)前編

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 いざ出発という段になって、タイミングがいいのか悪いのかレイルがやってきた。
 レイルは竜の姿のレイアたちを見て、わたしに「どうかしたのか?」と聞いてきた。

 最近、人の姿でいることが多い彼らだけれど、本当はこっちのほうが正しい姿なんですけどね。

「今日はね、これから温泉にいくのー」

 竜の姿のファーナが体を揺らす。尻尾もつられてぴょこぴょこと揺れている、というかフェイルの体にぶつかって彼が迷惑そうに横にずれている。

「温泉?」
「そうよ。たまにはのんびりしたいと思って。そうだわ、あなたも一緒に行く?」
 レイアはちょっと近所のパン屋に行くからあなたもどう、的なノリでレイルに尋ねた。

「俺は……ちょっと待っててくれ」
 と、彼はくるりと踵を返して森の方へ駆けていく。

 そういえばレイルはいつも誰かと一緒にレイアたちの住まいにやってきているんだっけ。もう一人が空気のように気配を消しているからすっかり忘れていたけれど。

 しばらくするとレイルが戻ってきて「せっかくの機会だから行く」と宣言をした。

「ちゃんとお許し貰ったの?」

 わたしが尋ねるとレイルは「ちゃんと宣言してきたから大丈夫」というよくわからない返事をした。
 まあ別にいいけど。

「温泉はみんな全員一緒に入る? みんなで遊べる?」

 と、ここでフェイルが発言をする。
 わたしは顔を引きつらせた。

「いや、わたしは一人で入るから! みんなではないからね。女性はね、男性とお風呂には入らないものなのよ!」

「えぇぇぇぇ~」
 わたしの剣幕にフェイルが心底がっかりした声を出す。

「せっかくリジーと一緒に温泉入れると思ったのに」
「無いから! そんな機会絶対に無いから!」

 子供だろうが竜だろうが男の子は駄目! 赤ちゃんならともかく、フェイルはもうちゃんとした男児だし。

「フェイルはお父さんと一緒だよ」
「わたしは? わたしは誰と一緒?」
 ファーナが両親の顔を交互に見る。

「あらぁ……そこのところはあんまり考えていなかったわねぇ。家族は一緒でいいのではないかしら」
「そうだねえ。我々は竜なわけだし」
「どうしてリジーは駄目なの?」
 フェイルはまだ納得できかねるらしい。

「人間の女の子はそういうものなんだよ」
「そういうものって?」

 ミゼルのざっくり過ぎる回答にフェイルが首をかしげるとファーナもつられて首を横に傾けた。
 まあ竜の子供に人間社会の倫理観を押し付けてもまだよくわからないか。

「人間はね、男女ともにおいそれと異性に裸を見せないのよ。そういう決まりなの」
 わたしは人差し指をつき出してしたり顔で説明をした。

「絶対に?」
「……ええと」

 絶対でもないのがこれまた微妙に難しいところ。
 って子供相手に大人のあれやこれを説明できるか!

「いいか、フェイル。人間は夫婦になったら何をしてもいい―」
「なんてこと言っているのよ! ばか」

 わたしはレイルの頭をぽかっと叩いた。
 子供相手になんてことを言いだすのよ、この男は。

「痛って。俺はだな、フェイルに人間社会のあれやこれを」
「教えていいことと悪いことがあるのよっ」
「こう見えてフェイルもファーナもいい年だぞ」
「竜にしてみたらまだまだ可愛いひよっこよ」
「わかったって」

 レイルが降参とばかりに両腕を軽く持ち上げる。

「と、とにかく。わたしは女性としか温泉には入りません。フェイルはレイルに遊んでもらいなさい」
 わたしの言葉にフェイルが少しだけしゅんとなる。

「リジーは?」
「温泉以外なら遊んであげるから」
「フェイル、リジーを困らせるんじゃないよ」

 ミゼルもやんわりとした声を出す。
 フェイルはしばらくしてこくりと首を下に向けた。

「はあ……出発前から疲れるわ」

「それだけ子供たちはあなたのことが好きなのよ。さあさ、今度こそ出発よ。リジー、こっちへいらっしゃい」
「レイルは私が乗せていこう。フェイル、おいで」
「じゃあファーナはお母様とリジーと一緒ね」

 レイアの背中にわたしとファーナが、ミゼルの背中にレイルとフェイルが乗って、黄金竜たちはゆっくりと浮かび上がる。
 前に双子たちの背中に乗ったときはまるで違う安定感にわたしは歓声を上げる。
 今回はちゃんと空の旅を楽しむ余裕がある。

「魔法をかけているから安心安全よ」

 ぐんぐんと加速をしているはずなのに、わたしの周りをまとう空気は平時のそれと変わらないし、会話をすることもできる。

「たしかに! うわぁぁ。森があんなにも下だわ」
 ずいぶんと高いところまで飛んだのに息苦しくないし風圧も感じない。
「これから向かうのは大陸の中心ね」

 雲が近い。
 ひとの手が入っていない竜の領域の上を飛んでいるから、下の世界は緑色と川の碧、それから大地の色だけ。
 眼下に鳥の群れが見てとれる。

「わたしたちもお供していますよぉ」
 隣に姿を現したのはティティ。

「ドルムントも?」
「はいですぅ。彼はミゼル様と一緒ですぅ」
 ティティが体を回転させる。

「お母様の背中に乗っていると安心するの」
 一緒に乗っているファーナが内緒話をするようにわたしに話しかけてきた。

「たしかに。大きくって頼もしいものね」
「わたしはまだ……こんなに高く飛べないんだ。だけど……ちゃんと練習したら、いつかわたしの背中にも乗ってくれる?」

 わたしは出会って間もないころの恐怖飛行体験を思い出す。
 あれは生きた心地がしなかったわ。

「……」

 ノーコメント。あれはマジに怖かったから。

「あらあ、信用無いわね~。ファーナ」
 レイアはくつくつと笑い声を出した。
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