上 下
2 / 58

次に目覚めてみれば

しおりを挟む
 わたしは夢を見ていた。

 リーゼロッテ・ディーナ・ファン・ベルヘウム。十七歳。
 大陸でもそれなりに発展をしているシュタインハルツ王国の名門公爵家に生を受けた由緒正しい生粋のお嬢様。

 ストロベリーブロンドは毎日の手入れの賜物か光り輝き、少し落ち着いた赤い瞳は知性を宿している。少し勝気そうな、けれど両親の美貌を受け継いだ外見は見るものを魅了し、持って生まれた魔法の才能を開花させ、いずれは王太子の妻となり彼を支えるであろう美しい魔法使いリーゼロッテ。

 そう、それがこの世界でのわたし。

 ってこれ、わたしというかわたしが大好きだった乙女ゲーム『魔法学園シュリーゼムへようこそ☆』の世界だよね。

 しかもリーゼロッテって、ヒロインのフローレンス・アイリーンに意地悪をする役どころ、つまりは悪役令嬢。

 この世界での特権階級と呼ばれる人たちはみんな魔法の素質を持っている。
 貴族や王家に連なる人々は生まれながらに魔力を有している子が多くて、その中でも選ばれた優秀な人間だけが入学を許されるのがシュリーゼム魔法学園。

 主人公のフローレンスは、平民出身だけれど高い魔法力を有していて、その才能が認められて特待生枠でシュリーゼム魔法学園への入学を許された。
 この魔法学園には王太子ヴァイオレンツも研究者として出入りをしていて。

 学園で偶然に出会ったフローレンスのやさしさと素朴さに惹かれていって、けれども彼にはすでに婚約者のリーゼロッテ嬢が。
 リーゼロッテ的には惹かれ合う二人が面白くなくて、ゲームの中でヒロインのフローレンスはリーゼロッテからたびたびいじめられる。

 って、そのリーゼロッテがわたし?

 え、ちょっと待ってよ。
 せっかくならヒロイン役の方がよかったし! だってあれでしょう。悪役令嬢リーゼロッテって、最後は王太子に婚約破棄されて魔法使いの実質の処刑場である、白亜の塔へ送られる運命だったじゃん! そんなの嫌だって。

 せっかく好きなゲームの夢見ているなら、断然にヒロイン目線のがいいでしょ。
 それがなんで、リーゼ様……。ありえない。

 夢。そう夢。昨日も遅くまでゲームやってたからな。眠いのは仕方ないか。

 つーか、さっきから誰かがわたしの頬をぺちぺち叩いているような。

―おーい。起きて―

 あ、声も聞こえてきた。
 子供の声が聞こえる。ということはあれか。またお姉ちゃんの子供たち、甥と姪が人の部屋に勝手に入ってきているな。

 つーか土曜日曜くらい昼間で寝かせてよ。
 って毎回言っているのに、勝手に部屋に入ってきて。叔母にだってプライバシーがあるんだよ。

―ねー起きてよ。おねーちゃん―

 あーもう。
 あと五分。あと五分寝かせて。

―えー。駄目だよ。二度寝は駄目だってお父様が言っていたよぉ―

 お父様? あんたいつからそんな丁寧な言葉遣いに。
 いいじゃん。二度寝は大人の特権なの。いいからもうちょっと寝かせて。あんまりうるさいとスマホ貸してあげないわよ。

―スマホってなあに?―
―フェイル知ってる?―
―知らない。ねーえ、それよりも起きようよ。おねーちゃん、かれこれ三日も眠りこけているんだよ―

 んなあほな。さすがに十二時間寝たら起きるわ。
 というところでわたしはいやいやながらも起きることにした。
 どうやら寝ぼけ眼で頭の上から聞こえてくる幼い声に反応していたらしい。

「ふわぁぁ」

 わたしは大きなあくびをした。なんか、めっちゃよく寝たな。
 さて、しょうがないから生意気盛りな甥(八歳)と姪(五歳)の相手でもしようか。にしてもお姉ちゃんも休みの日になるたびに子供連れて実家に遊びに来るのいい加減やめようよ。わたしに子守りさせる気満々だろ。

 自分のうちのベッドから起き上がったわたしは目を瞬いた。

 なにせあたりは記憶にある日本の、わたしの部屋ではなかったから。

 というか、なんか周りが妙にごつごつしているというか、まごうことなき自然にあるような洞窟というか。うん。洞窟だよね、これ。一応明かりは灯っているけれど。
 その灯りも普通の、ろうそくの炎ではない。まるく光るひかりの球はあきらかに魔法で灯されたもの。大きくて明るいひかりの玉が洞窟内をしっかりと照らしている。

 わたしは自分の身体を見下ろした。
 ドレスを着ているし、髪の毛は赤い。

 ということは、乙女ゲームのリーゼロッテになった夢を見ていたのではなく、こっちがまごうことなき現実で。

 そうだった。わたしは思い出した。

 わたしは乙女ゲームの悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムに転生していたんだった。
 薬飲んで死んだふりなんてしたから記憶が一瞬ごっちゃになっちゃっていたよ。

 わたしは頭の中でこれまでのことを整理する。

 わたしは『シュリーゼム魔法学園へようこそ☆』の悪役令嬢、リーゼロッテに転生したことをある日自覚した。それで自分なりにバッドエンド回避を目指して生きてきたんだけど、運命には逆らえなくて、幽閉エンドが現実味を帯びてきた。

 わたしはどうにかしてバッドエンドを避けれないかと考えた。ものすごーく考えた。
 で、思いついた。

 最後の最後に毒を煽って死んだふりをして、埋葬されたと見せかけつつ、こっそり国外脱出。そのあとは一人で働きながら暮らしていけばいいんじゃない、と。
 そうと決めたわたしは城下にこっそり人をやって見つけた非合法の薬師から仮死状態になる薬を買って、それを飲んだ。

 そこから記憶が途絶えている。

「ねえねえ、おねーちゃんお名前は?」
「髪の毛の色きれいだね~」
 横から子供の声が聞こえる。さっきも聞いた少し舌ったらずな甘え口調の声。

「わたし? わたしは……って。あなたたち誰?」

 わたしにまとわりついてくる子供たち。
 わたしは改めて横を向いた。そこには天使のように愛らしいふっくらした頬を持った金髪の髪をした男の子と女の子。瞳も髪の毛と同じく金色をしていて、瞳孔が縦に長い。

 年の頃は、うーん……。七、八歳ってところかな。
 健康そうな頬はマシュマロみたいに柔らかそうで、ふたりとも整った顔立ちをしている。二人ともくせっ毛で、一人は鎖骨の辺りまでの長さ。もう一人は顎の下あたりまで。二人そっくりな顔をしているが、おそらくは男女の双子……ちゃん? 一応一人はずぼんを履いているから。

 わたしは二人をじぃっと見つめた。
 にしても洞窟に置かれたわたしと正体不明の愛らしい子供二人。
 どういう状況?

「ねえねえ。なんて名前なの?」
「わたしたちずぅぅぅっとおねーちゃんが起きるのを待っていたんだよ」
「もうずっと寝ていたもんね」
「うん。枝でつついても起きなかったね」

「ドルムントがやめなさいって言っていたね」
「うんうん。人間は枝でつつくものではありませんって」
「指ならいいのかな?」
「指ならいいんだよ」

「おねーちゃん、変な薬に当たったの?」
「お父様がそう言っていたよ」
「食あたり?」
「違うよ。げきやくを飲まされたんだよ」

 子供たちは二人で会話を続けていく。
 途中聞き捨てならないことを言われた気がしたが、わたしは起きたばかりで頭が回らない。目の前の状況把握だけで精いっぱいだ。

 たしかにわたしは薬を煽った。死んだふりをしてバッドエンドから逃げるために。仮死状態になったわたしは棺桶に入れられて公爵家の埋葬地へ運ばれる予定だった。というのは建前で、あらかじめ買収しておいた公爵家の家人によってこっそりと国境近くの村まで荷物にくるまれて運ばれる手はずになっていたはず。

 なのにどうしてこうなった?
 というか、この子たち。

 わたしは目を見張った。女の子のスカートから尻尾のようなものが飛び出ている。猫とか犬のしっぽではない、爬虫類系のしっぽだ。

「……」

 女の子の感情に連動しているのか、時折左右に揺れている。
 ついでに男の子のほうの背中の布が破れた。わたしが彼の方に視線を向けると、男の子は「あ、羽が出ちゃった」とばつが悪そうに笑った。

「あ、あなたたち……何者?」

 目の前の子供たちはどう考えても人間ではない。
 この世界は魔法の世界なんだから、色々なことが起こり得る。なにせ魔法の世界だし。わたし自身魔法学校に在籍をしていて魔法の勉強していたわけだし。

 この世界で培った知識と経験がわたしに告げてくる。
 目の前のこどもたちの正体を。

「えへへ~。わたしたち黄金竜だよぉ~」

 ぼんっと音を立てて人間の姿から一転、本来の姿に戻ったでっかいトカゲもとい竜は得意気な声を出した。

 わたしを目を大きく見開いた。
 死んだふりをして起きてみたら竜のこどもたちが目の前にいました。
 これいかに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...