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モーサン町編

恐怖に怯える夜

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ふと時計を見ると、もう12時を回っていた。

 ──おかしいなぁ、今日は動画撮ったり編集したりして身体が疲れてる筈なのに、中々寝付けない。

 いや、全然おかしくない。だってモンスターが家の中に入ってくるなんて聞いたら寝られる訳が無い。


 「……すぅ……すぅ……」


 俺の横には、掛け布団にくるまりながら、あどけない表情をしながら眠りに就いているメノが寝ている。……あまり女の子の寝顔って、見た事ないかも。


〔 ……あんた、まだ起きてたの?〕

  「……なんだよ萌子。お前こそこんな時間まで起きてたら、肌に悪いぞ」

〔お気遣いありがと。あんたにちょっと話をしに来たのよ〕

  
  ……こんな時間に話とか、こいつの時間の感覚おかしいのか? いや、そもそも冥界に時間とかいう概念あるのか?


〔そうそう、詩絵里の裸はどうだったかしら?〕

 「ばっ!!何で急に変な話するんだよ!?」

〔あんたらが一緒に風呂に入ってるなんて、冥界から丸見えよ。隠そうとしても無駄なんだからね〕

 「お願いだ!! その事は絶対に他の人には言わないでくれ!!」

〔言わないわよ。そんな事言ったら、詩絵里も可哀想でしょ? ……まぁ、私の琴線に触れる事があったら、言うかもしれないわね〕


 良かった、萌子が分かるやつで……。でも逆に考えると、萌子にはもうバレちまった、って事か……。


〔まぁ、私が言いたいのはそういう事じゃなくて、これは私が仕組んだ事じゃイベントじゃあないからね〕

 「……フラグ建設サービスの内には入ってない、という事か?」

〔そ。あれは詩絵里自身の意思で行った事だから、これはフラグ建設料には含まないか安心しなさい〕


 そっか……メノは自分の意思で俺をお風呂に誘ってくれたのか。嬉しいような、恥ずかしいような……。


〔それと、あんた達そっちの世界のコミケに参加するんだって? 随分と面白い事するじゃない〕

 「もしかして……魔王討伐に遅れるから、寄り道するな、って言いたいのか?」

〔私はそこまで鬼じゃないわよ。今魔王は大分落ち着いてるから、焦って魔王を倒そうとしなくたっていいわ。しかも、今のあなた達の力じゃ、魔王討伐なんて馬鹿な話よ、もっと力を付けてからじゃないと。あと、借金の事についてだけど……〕

 「あ、早く返せと言いたいの……?」

〔あんたねぇ、私が話す前にそんなネガティブな事言うんじゃないわよ。いい? 今すぐに借金を返すんじゃなくて、生涯の内に借金を返せばいいの。お金に余裕が出来たら返しなさい。だから、詩絵里に借金の心配はさせないで〕

 「そ、それってつまり......!!」

〔百部でも、千部でも同人誌を刷って売るといいわ。詩絵里の晴れ舞台だもの、稼いだお金は誌絵里の為に使ってあげなさい。七海も了承してくれると思うわ〕



 よかった......心配だった事が今吹き飛んだ。俺は安心してメノの同人活動をサポート出来るんだ......。



〔だから、今は魔王の事は頭の片隅に置いておきなさい。誌絵里が異世界に来てよかったと思えるように、あの子を幸せにしてあげなさい。地球人を探す、借金返済に続いての追加指令よ〕

「そんな指令されなくたって、最初から俺はそうするつもりだ。メノが寂しかった分、今度は楽しい思いをさせるのさ」


 ......こんな事、メノが起きてたら絶対に言えない。だって、一緒に風呂に入る事より恥ずかしいもん。

 てか、こんなにも俺らは騒いでるのに、メノは瞼を開けないですやすや眠っている。よっぽど疲れたんだな......。


〔まぁ、話はそんな所よ。今日はもうゆっくり寝なさ......待って、嫌な気配がするわ〕


 突然、お喋りだった萌子の口は黙ってしまった。


 「萌子、まさかだとは思うが......」

〔そのまさかよ......玄関を見てきなさい〕

 「無理無理無理無理!! 俺がモンスターなんて倒せる訳ないよ!!」

〔馬鹿言ってんじゃないわよ。あんた、誌絵里にってお願いされたんでしょ? 女の子のお願いを聞けない男なんて、幸せに出来るわけないでしょ? 何弱気になってるのよ、今誌絵里を守れるのは、あんたしかいないのよ?〕


 ......そうだ、萌子の言う通りだ。ここで俺が弱気になってどうする、男だろ!! ハイヤーレッドドラゴンに立ち向かった俺がこんなんでどうする!!


「萌子、俺が間違ってた。だけど、まだこっちに来て知らない事は沢山だから、サポートしてくれ」

〔当り前よ。こんな序盤で死なれたくないからね。さぁ、行くわよ〕


 弱気な心と寝袋を脱ぎ捨て、俺はメノを起こさないように足音を最小に抑えて、玄関へと向かった。…… 怪我ひとつさせないからな。



 ※



「でてこいモンスタ......っ!?」



 玄関には、全長1.5m程のデカいスライムが、ネトネトした体を使って、俺らの靴を吸い取っていた。

 そして、俺の気配を感じたのか、ギロ、と鋭い目を向けて、こっちを睨んできた。

〔こいつはアブゾーブスライム......こんなデカいのが監視カメラを切り抜けたなんて、到底考えられないわ。恐らく、下水道を通って、このモーサン町に侵入してきたと考えられるわね……〕

「とにかく何とかしなきゃ......そうだ!今日取得したファイヤーソウルで......」

〔馬鹿!! あんなSランク魔法、こんなアパートで使ったら大火事になって、モンスター退治どころじゃなくなるわよ!!〕

「じゃあどうすれば......うわぁぁ!!」


 アブゾーブスライムは、靴を体内に吸収し終えたみたいで、耳障りな音を出しながら、俺を目掛けてゆっくりと迫って来た。


〔駿我! アブゾーブスライムをキッチンに誘導させなさい! 料理道具は時に武器にもなるはずよ!〕

「わかった! ......こっちだこっちだ!!」


 ガキみたいな挑発を掛けながら、どんどんとアブゾーブスライムを誘導させ、一歩、また一歩、さらに一歩……と後ろ向きになりながら下がり、やっとのこさで、キッチンへと誘導させる事が出来た。

 デカいスライムだから、移動速度が遅い。これがちっこいスライムだったら、こんな考える時間を設けられなかっただろう。


〔よし、着いたわね。まずは包丁を〕

 「食らえっ!!」


 至近距離での攻撃は困難と判断し、俺は包丁をアブゾールスライムに目掛けて、豪速球で投げた。

 だが、スライムは切れる事はなく、そのまま包丁を体内に吸収してしまった。

 
 「な、なんで……効かないんだ……」

〔このバカ駿我ぁ!! アブゾールって意味知らないの!? って意味!! まともに英語の授業受けてなかったんでしょ!!〕

 「うるせぇ!! 高校生の頃の話今は関係ないだろ!! てかどうすんの!? どう倒せばいいの!?」

〔…… 兎に角、知恵を振り絞りなさい。これ以上は口を閉じるわ。ここで私が答えを出したら、更に追加料金がかかるのよ……〕

 「はぁ!? お前俺の事サポートするってるいってたじゃん!! 」

〔…… ワガママなやつね、本当に。ヒントだけ教えるわ。アブゾールスライムは、よ。私はもう面会終了時間だから、頑張りなさい。…… 詩絵里を必ず守りなさいよ〕


 プツン、と音と共に、萌子の声は途切れた。…… ああ、言われなくても分かっとるわ。

…… そうだ、逃げ回っていてハッキリと姿を確認出来ていないから、まずはアブゾールスライムの容姿を観察しなきゃ。

 薄暗い部屋に居たから分からなかったが、月明かりが指すキッチンに着くと、萌子の言う通り、アブゾールスライムの体は水色だった。確かにこれだったら水属性ってわかるかな。

 体内には色々な物が混ざっている。靴、靴べら、消臭剤、そしてさっき投げた包丁。本当に何でも吸い取るな……。

 そして中心核には、ダイヤのような物がある。他の物はあちこち不規則に動いているが、それは一切動かず、じっと留まっていた。あれが心臓部だろう。

 あれを狙えば、アブゾールスライムを倒せるだろう。だが、素直に立ち向かって中心核を狙えば、俺ごと吸収されるだろう。もしそれで運の悪い事にメノに見られたらスライムプレイしてると思われるだろう。同人誌のネタになるとかやだ。

 ──そんな事考えてる場合じゃねぇ! まずは水道の下の調理器具入れから武器を調達しなきゃ。確かまだパン包丁があったはず…… お、あったあった。

 チラ、と横を見ると、俺とアブゾールスライムの距離は僅か2mにまで迫ってきた。まずい、ネタにされる!!

 最後の救いは冷蔵庫、お前だ!! 何か役に立つ物とか入ってるのか…… これだ! これを使ったら!!

 俺とアブゾールスライムの距離はもう50cmまで迫って、今にも俺を吸収しそうなくらい絶体絶命だが、これで!!


 「くらえぇぇぇぇっっっ!!!!」


 俺が投げたのは、キンキンに凍っただ。アブゾールスライムは水属性、つまり凍った物を吸収すればあっと言う間に凍るのではないか、という考えから生み出した解決方法である。

 俺の考えは正解だったようで、アブゾールスライムは根元からじわじわと凍っていき、冷気を出しながら氷のように固まっていた。......よし、留めだ!!
 

「ナナミ―ルさん、あそこです!! あそこにモンスターが!」

「あ、アブゾールスライム!? なんでこんな所に...... ううん! それを考えるのは後よ! いけぇぇっっ!!斜切はすぎ りっ!!」


 俺の目の前で、アブゾールスライムがクロスに切られ、四分割に分裂するというショーが起きた。そして、アブゾールスライムが壁になってて見えなかった視野が開放され、その先には七海と現町長の友紀香ちゃんが立っていた。

 
「駿我くんっ!! 怪我はない!?」

「ああ、大丈夫、何処にも怪我はないよ。ってか、いい所を持ってくなよ......どうしてここにモンスターがいるってわかったんだ?」

「わ、私、萌子さんからいろいろ転生特典もらって、その内の一つが能力だったんです。ナナミさんに色々町長になる為に必要な事を教えてもらってる時、何だか胸騒ぎがして、そしたらここに......」


 ──なんだ、萌子の奴、こんなすごい特典も用意してくれたんだ......あぁ、疲れが回って意識が......。


「す、スガルさんっ!?」

「駿我くん!しっかりして!」


  ああ、どんどん声が遠くなっていく......限界だ......。

 
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