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モーサン町編

同じ思いをしてきたからこそ

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「き、君が助けてくれたの?」

「は、はい! 自慢の技、スケッチで何とか助かったのはいいんだけど...... ちょっと待ってて!」


そう言うと少女は、ハイヤーレッドドラゴンの眼や角などを細かくスケッチブックに写し納めていた。


「へぇ......なかなか上手だな」

「そ、そんな事ないよぉ。まだ同人誌しか描けないレベルだし......」

「ど、同人誌? ちなみにジャンルは?」

「ジャンル? 私同人誌って聞いたら、獣モノしか頭に出てこないよ?」


...... そうか。彼女は別に俺らを助ける為じゃなく、獣モノ同人を書く為に草陰で隠れて、罠を仕掛けてこのドラゴンを観察......なるほどなー。


「でも、あなたのスケッチの能力は凄いわ! 描いたものを具現化出来るなんて、誰もが羨ましく思う能力何だもの!」

「えへへ...... というか町長さん、こんな所で何をしているんですか?」

「えっ、そ、そりゃあ見回りよ、見回り! 町の安全を守る為には、私が率先してやるべきでしょ?」


 おい七海、金稼ぎの為だろうが。...... まあ、町長がそんな事言える訳ないか......。


「あっ、自己紹介が遅れちゃったね。私、メノ・ピクチャード。メノって呼んで欲しいな」

「よろしくな、メノ。俺は真壁...... じゃなくて、スガル・リーフ。スガルって呼んでくれ。...... なぁメノ、よかったら、俺らの仲間になってくれないかな?」

「え、スガルくん達もサークル活動しているの? 私、別のサークル活動しているから、仲間にはちょっと......」

「言い方が悪かった。俺らのパーティに入ってくれないか?」

「...... 少し考えとくね。じゃあまず、このドラゴンを売りに行こうよ。...... スケッチ!」



そう言いながらメノは、荷台の絵を描き、スケッチで具現化させた。


「換金所まで行く間に、出来るだけ答えを纏めるから......それまで待っててくれる?」

「ああ、いつでも待つさ」


そう言って、俺と七海で荷台を引き、メノがそれを後ろから押した。そして、換金所へと向かうのであった......。





「ま、まさかファイヤーレッドドラゴンを連れてくる人がいるなんて驚いたよ! いやぁ、いい品物が入荷してきてくれて嬉しいなぁ。はいこれ、15万円!」

「ありがとうございます!」


 換金所に着き、ファイヤーレッドドラゴンはなんと15万円という大金へと大変身した。

 これでパソコンが買える! ......という喜びを味わっている俺の隣で、まだこれからの事をどうするか決まってないメノが、頬杖を着きながら椅子に座っていた。


「ねぇスガルくん、今晩何処に泊まる予定? 良かったらいい宿屋に教えてあげるわ」

「ま、待って! わ、私の家に来てくれない......? 」


 突然だった。初対面の男子を、いきなり家に上がらせようとする女子なんて滅多にいないだろうからだ。

......いや待てよ、ここは一応異世界だ。これもあの死神が用意してくれたフラグ建設サービスの内かもしれない。このチャンスを逃すのは、あの死・神・に対して失礼かもしれないしな!


「いいよ! でも、こんな初対面の人を家に上がらせて大丈夫なの?」

「うん! 私一人暮らしだから、最近寂しく感じていたし......」

「......ということだ、ナナミールさんよ。じゃあまた明日、ギルド集会所で会おう!」

「ちょっと! 今回私空気じゃない!」


 メタいセリフを残した七海を置いていき、メノの家へと向かうことになった。





 メノの家は、宿屋の一角......とかそういうのではなく、アパートらしい建物の中だった。現実味溢れてるなぁここ。


「お、お邪魔します......」

「入って入って。そうだ、晩御飯はカレーでいい? いつも作り余っちゃうから、スガルくんが居てよかったよぁ」



 メノはタンスからエプロンを取り出し、台所へと向かった。そういや、一度異世界の食べ物は大丈夫なのだろうか、とか心配していた時期があるが、日本に似ているこの世界に、そんな心配など要らなかったのだ。

 部屋の中は、作業机にタンス、獣モノ同人誌が散乱しているという、何ともカオスな状態だった。......何この「ブルドラ×ゲゲム」っていうタイトルは。中身を見ると、この世界のモンスター達がksをしたりな、色々ピー音をな流したくなるような描写が広がっていた。


「こらあ! 勝手に中身見ちゃダメ!」

「あっ......ごめん」

「罰として、私の手伝いをしてもらうからね! もう、スガルくんってば......」



 手伝い、というのは恐らく、原稿の手伝いの事だろう。まあ打ち解ける為だったら、別にいいかな......。





「ご馳走様でした。私の作るカレー、美味しかった?」

「ああ、とっても美味しかった!」



 夕食のカレーも食べ終わり、一息つこうとしたその時、メノが何だか机の上をガサゴソ漁り始めた。ああ、手伝いの時間が来ちゃったのか。



「はい、さっきの罰としてトーン貼りだよ。締め切りまであと三日だから、余裕もって終わらせたいんだぁ。スガルくんが手伝ってくれるなら、いつもの二分の一で済むからね」



 原稿を数枚受け取ると、さっきの同人誌の中身と同じような内容が広がっていた。......彼女は今俺がどんな気持ちでいるのか分かっているのだろうか......。



「スガルくんって、もしかして地球人だったりする?」

「そうだけど......どうして?」

「だって、この時期にパーティ勧誘に来る人なんていないからねぇ。それに、『スガル・リーフ』なんて名前、偽名にしか聞こえないもん」



 しょうがないだろ! あれは急遽作ったニックネームなんだし......この名前すぐに見破られるから、使うだけ無駄かもしれないわ。



「それで、スガルくんも異世界転生とかしてここに来た感じの人間なんだよね。地球にいる家族や友人も、もう会えなくなっちゃうんだよね......」

「ああ......俺は本当に不運な人間だ。あの死神の都合でこっちの世界に無理やり連れて来られて、地球で過ごした思い出なんて全部パーだ」



 自然と、トーン貼りをしている手は動かなくなった。脳裏に家族や中が良かった友人の姿が思い浮かぶ。そして、ガラスが割れるように、脳から消えて行って......自然と涙がズボンに落ちた。



「何が地球人探しだよ!! 俺の命はそんな都合のいいことで無駄になっちゃったって言うのかよ!! 大体、何で俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!! まだ死にたくなんかなかったのに!! どうして......どうしてだよ萌子ぉ!!」



 もはや自暴自棄になるしかなかったのだ。恨むことしか出来なかったのだ。そしてそんな俺は......泣く事しか出来なかったのだ。



「......スガルくん、一旦ベランダに出て、夜風に当たろうよ。きっと気持ちも落ち着くよ」

「......うん」



 メノは俺を誘うように、ベランダに出た。メノに付いていき、そこから見た景色は、異世界のようで、やっぱり日本のようで......言葉では言い伝えられない光景が広がっていた。



「はぁ。やっぱり気持ちいいよねぇ......少しは落ち着いたでしょ?」

「ああ......ごめんな、急に変な事言いだしちゃって」

「ううん、平気だよ。私だって、スガルくんの気持ち、よーくわかるもん。......私もね、異世界転生してきた身なんだよ」

「......ふぇ?」


 メノのカミングアウトに、情けない声を出してしまった。そしてメノは髪を振り払って、俺に顔を向けた来た。


「私の本当の名前は、樋目野ひめの詩絵里#__しえり__#。数か月前に、この世界にやって来たんだ。最初はもちろん、私だって本当に怖かったよ。見ず知らずの場所に急に来て、日本円だの、典型的な衣装はコスプレだの言われて、本当に心が痛んだ。......でも唯一の希望があったんだ」

「ひょっとして、同人誌か?」

「えへへ、あたりー。地球ではサークルのみんなと一緒に同人誌描いていたから、ここで役にたったよ。それに、この世界でもコミケという概念が存在してるみたいで、私、その日為に頑張っているの。確か開催地は三つ先の町だとか......」

「じ、じゃあさ、そこに行くまでの間だけでもいいからさ、一緒についてきてくれないかな?」

「ううん、その先も、ずっとついていくよ」



 一瞬、風が俺らを冷やかしたかのように、ぶわっと舞い上がった。そして、近くに咲いていた花が一気に散った。



「同じ地球人がいてくれて今、私本当に嬉しいんだぁ。辛い思いをしてきたからこそ、きっといい思いをする事だって出来るはず。スガルくん達と一緒に、色んなモンスターを見て、色んな世界を知って、他の地球人も見つけて......だから一緒に、詩絵里を連れて行って......」



 誌絵梨は俺の服の裾を引き、もじもじとした顔を袖で隠しながら、嬉しい言葉を言ってくれた。これはフラグ建設で起きた事なんかじゃない。誌絵梨の思いそのものが引き起こした、重大なイベントなんだから。そして、俺が選ぶ選択肢は勿論......。



「......ああ、ついてきてくれ! これからよろしくな!」

「......うん! あ、その前に、原稿仕上げてからにしようね」

「すっかり忘れてた......じゃあ朝になる前に仕上げちゃおうっか!」


 そしてまた、トーン貼りの作業に戻るのであった。ベランダに繋がる窓を閉める際に見えた無数の星が、異世界でも変わらずに輝いていた。

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