縁切りの神様

やすほ

文字の大きさ
2 / 50
思春期プライド

其ノ二

しおりを挟む
 藤原蘇芳(ふじわら すおう)は底をついたコーヒー牛乳のパックを握りつぶすと、手持ちのビニールへと放りこんだ。
 そのまま仰向けに寝転がる。屋上は風通しが良いから、抜けてく風が気持ちいい。まだ日によっては冷えることもあり少し肌寒いときもあるが、それもまた身が引き締まるような気がして蘇芳としては気に入ってる。
 こうして特に何をするでもなく無心で目を瞑っていると、多くの音が聞こえてくる。教科書かノートをめくる紙の音、チョークが黒板を叩く音、グラウンドの土を蹴る音、体育館の床がすれる音、生徒らの駆け声、笛の音。自分が当事者だと気にもならない音が意外にも多いことに気がつく。そいつらに耳を傾けていると次第に眠気が襲ってきて、頭がぼーっと気持ちよくなる。昼食をとった直後だということもあるだろうけど、こいつに抗うのは大変だ。体はゆっくりと沈んでいく。地面が低反発のマットレスのように落ち込んでいき、やがて押し出された部分が体を横から上から包み込んでいく。それと共に頭は徐々にバカになっていって……。――唐突に落下する。お腹のあたりが後ろから内臓ごと引っ張られるみたいな感覚に襲われて、思わず体を跳ね起こす。そこでようやく自分が半分眠りかけていたということに気がついた。
 金属が背後でカチャカチャと鳴っている。屋上の扉が開いたのが分かった。
 誰かが入ってきたんだろう。おおよその検討はついてるが。

「藤原、また授業さぼってんのか」

 どっか浮ついた男声。ペタペタと靴を鳴らしながら近づいてくる。聞き馴染んだ声に蘇芳は振り返りもせず返答する。

「そういうお前はどうなんだよ」

 ダラダラとのろまに歩いてきた男子はやがて蘇芳の隣まで来ると、大胆に腰を下ろしてあぐらをかく。そしてそのまま蘇芳を下から見上げてニヤっと笑った。

「俺? ――もちろん、さぼり」

 こいつとは半年前にここで知り合った。
 名前は辰巳光太郎(たつみ こうたろう)
 オレンジ交じりの茶色で染められたツンツン頭が印象的で、首からはいつもチェーン式のネックレスをぶら下げている。おしゃれなのかカッターシャツの袖を七分ほどまでまくり上げるのが光太郎の基本スタイルになっている。
蘇芳はよく授業をさぼる。実際今もこうして、授業をほったらかして屋上でダラダラと過ごしている。それと同じく光太郎もまた、授業を抜け出すことが多く、校内でも真面目とはほど遠い部類の人間として通っている。つまり蘇芳と光太郎はいわゆる同類ってやつで、波長がかなり合うこともあり、割と早くに打ち解けた。以来、この屋上でよく一緒に時間を潰している。
 光太郎は右手に握っていた水滴滴る紙パックにストローを差すと勢いよく一口つけ、流れるように左手のパンの包装を剥いた。

「いやぁ、でもやっぱ屋上来た時に見える金髪ソフトモヒカンの安心感よ」

 光太郎は蘇芳の頭をまじまじと見つめている。おそらく、光太郎は蘇芳のヘアスタイルのことを指して言っているのだろう。その物言いが、どこか茶化しているように思えて、少し気に障る。

「お前、それちょっとバカにしてんだろ」
「いやいや、そんなことないって。マジで、マジだから」

 ひょうひょうと答えると、大きな口でパンを二口三口頬張った。むしゃむしゃと動くやつの頬を見ていると、こっちまで腹が減ってくる。

「なぁ、藤原。前から聞きたかったんだけどさ、お前ってなんで授業さぼってんだ?」
「大した理由なんてねぇよ。ただ、受ける意味を感じないってだけだ」
「その割に、学校には毎日来てるよな。お前、暇なの?」
「まぁ、暇なのかもな」
「どっか適当に遊びに行こうとか思わないのか? ずっと屋上でこうしてるのも退屈だろ」
「そうだけど、まだ学校にも見切りを付けたくねぇっていうか、まだ俺の中でも『こうしたいっ』ていう方向みたいなのを決めきれてないっていうか」
「なんかやりたいこととかないわけ? 例えば、すんげぇかわいい女の子と遊びたいとか、めっちゃ金稼ぎたいとか」

 指摘されて、胸の奥を手で掴まれたかのような違和感を覚えた。それは、自分が最も気にしていたことだったから。
やりたいこと。生きる目的。――分かんねぇ。
自分は何のために生まれてきたんだろう。長い人生の中で何を成せば自分は満足するんだろう。よくある問いかもしれないけど、考え始めると可能性は噴水みたいに勢い良く吹き出してきて頭の中を埋め尽くす。でも、もう一人の否定的な自分がそれを上回る速さで水を吸い上げてしまうから、結局頭の中は白紙のままで変わりなし。

「そんなの俺が知りてぇよ」

 小声でつぶやくと、なんか言ったか? と何も知らない顔で聞き返してくる。蘇芳はむしゃくしゃして頭を掻きむしった。

「なんでもねぇよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...