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思春期プライド
其ノ二
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藤原蘇芳(ふじわら すおう)は底をついたコーヒー牛乳のパックを握りつぶすと、手持ちのビニールへと放りこんだ。
そのまま仰向けに寝転がる。屋上は風通しが良いから、抜けてく風が気持ちいい。まだ日によっては冷えることもあり少し肌寒いときもあるが、それもまた身が引き締まるような気がして蘇芳としては気に入ってる。
こうして特に何をするでもなく無心で目を瞑っていると、多くの音が聞こえてくる。教科書かノートをめくる紙の音、チョークが黒板を叩く音、グラウンドの土を蹴る音、体育館の床がすれる音、生徒らの駆け声、笛の音。自分が当事者だと気にもならない音が意外にも多いことに気がつく。そいつらに耳を傾けていると次第に眠気が襲ってきて、頭がぼーっと気持ちよくなる。昼食をとった直後だということもあるだろうけど、こいつに抗うのは大変だ。体はゆっくりと沈んでいく。地面が低反発のマットレスのように落ち込んでいき、やがて押し出された部分が体を横から上から包み込んでいく。それと共に頭は徐々にバカになっていって……。――唐突に落下する。お腹のあたりが後ろから内臓ごと引っ張られるみたいな感覚に襲われて、思わず体を跳ね起こす。そこでようやく自分が半分眠りかけていたということに気がついた。
金属が背後でカチャカチャと鳴っている。屋上の扉が開いたのが分かった。
誰かが入ってきたんだろう。おおよその検討はついてるが。
「藤原、また授業さぼってんのか」
どっか浮ついた男声。ペタペタと靴を鳴らしながら近づいてくる。聞き馴染んだ声に蘇芳は振り返りもせず返答する。
「そういうお前はどうなんだよ」
ダラダラとのろまに歩いてきた男子はやがて蘇芳の隣まで来ると、大胆に腰を下ろしてあぐらをかく。そしてそのまま蘇芳を下から見上げてニヤっと笑った。
「俺? ――もちろん、さぼり」
こいつとは半年前にここで知り合った。
名前は辰巳光太郎(たつみ こうたろう)
オレンジ交じりの茶色で染められたツンツン頭が印象的で、首からはいつもチェーン式のネックレスをぶら下げている。おしゃれなのかカッターシャツの袖を七分ほどまでまくり上げるのが光太郎の基本スタイルになっている。
蘇芳はよく授業をさぼる。実際今もこうして、授業をほったらかして屋上でダラダラと過ごしている。それと同じく光太郎もまた、授業を抜け出すことが多く、校内でも真面目とはほど遠い部類の人間として通っている。つまり蘇芳と光太郎はいわゆる同類ってやつで、波長がかなり合うこともあり、割と早くに打ち解けた。以来、この屋上でよく一緒に時間を潰している。
光太郎は右手に握っていた水滴滴る紙パックにストローを差すと勢いよく一口つけ、流れるように左手のパンの包装を剥いた。
「いやぁ、でもやっぱ屋上来た時に見える金髪ソフトモヒカンの安心感よ」
光太郎は蘇芳の頭をまじまじと見つめている。おそらく、光太郎は蘇芳のヘアスタイルのことを指して言っているのだろう。その物言いが、どこか茶化しているように思えて、少し気に障る。
「お前、それちょっとバカにしてんだろ」
「いやいや、そんなことないって。マジで、マジだから」
ひょうひょうと答えると、大きな口でパンを二口三口頬張った。むしゃむしゃと動くやつの頬を見ていると、こっちまで腹が減ってくる。
「なぁ、藤原。前から聞きたかったんだけどさ、お前ってなんで授業さぼってんだ?」
「大した理由なんてねぇよ。ただ、受ける意味を感じないってだけだ」
「その割に、学校には毎日来てるよな。お前、暇なの?」
「まぁ、暇なのかもな」
「どっか適当に遊びに行こうとか思わないのか? ずっと屋上でこうしてるのも退屈だろ」
「そうだけど、まだ学校にも見切りを付けたくねぇっていうか、まだ俺の中でも『こうしたいっ』ていう方向みたいなのを決めきれてないっていうか」
「なんかやりたいこととかないわけ? 例えば、すんげぇかわいい女の子と遊びたいとか、めっちゃ金稼ぎたいとか」
指摘されて、胸の奥を手で掴まれたかのような違和感を覚えた。それは、自分が最も気にしていたことだったから。
やりたいこと。生きる目的。――分かんねぇ。
自分は何のために生まれてきたんだろう。長い人生の中で何を成せば自分は満足するんだろう。よくある問いかもしれないけど、考え始めると可能性は噴水みたいに勢い良く吹き出してきて頭の中を埋め尽くす。でも、もう一人の否定的な自分がそれを上回る速さで水を吸い上げてしまうから、結局頭の中は白紙のままで変わりなし。
「そんなの俺が知りてぇよ」
小声でつぶやくと、なんか言ったか? と何も知らない顔で聞き返してくる。蘇芳はむしゃくしゃして頭を掻きむしった。
「なんでもねぇよ」
そのまま仰向けに寝転がる。屋上は風通しが良いから、抜けてく風が気持ちいい。まだ日によっては冷えることもあり少し肌寒いときもあるが、それもまた身が引き締まるような気がして蘇芳としては気に入ってる。
こうして特に何をするでもなく無心で目を瞑っていると、多くの音が聞こえてくる。教科書かノートをめくる紙の音、チョークが黒板を叩く音、グラウンドの土を蹴る音、体育館の床がすれる音、生徒らの駆け声、笛の音。自分が当事者だと気にもならない音が意外にも多いことに気がつく。そいつらに耳を傾けていると次第に眠気が襲ってきて、頭がぼーっと気持ちよくなる。昼食をとった直後だということもあるだろうけど、こいつに抗うのは大変だ。体はゆっくりと沈んでいく。地面が低反発のマットレスのように落ち込んでいき、やがて押し出された部分が体を横から上から包み込んでいく。それと共に頭は徐々にバカになっていって……。――唐突に落下する。お腹のあたりが後ろから内臓ごと引っ張られるみたいな感覚に襲われて、思わず体を跳ね起こす。そこでようやく自分が半分眠りかけていたということに気がついた。
金属が背後でカチャカチャと鳴っている。屋上の扉が開いたのが分かった。
誰かが入ってきたんだろう。おおよその検討はついてるが。
「藤原、また授業さぼってんのか」
どっか浮ついた男声。ペタペタと靴を鳴らしながら近づいてくる。聞き馴染んだ声に蘇芳は振り返りもせず返答する。
「そういうお前はどうなんだよ」
ダラダラとのろまに歩いてきた男子はやがて蘇芳の隣まで来ると、大胆に腰を下ろしてあぐらをかく。そしてそのまま蘇芳を下から見上げてニヤっと笑った。
「俺? ――もちろん、さぼり」
こいつとは半年前にここで知り合った。
名前は辰巳光太郎(たつみ こうたろう)
オレンジ交じりの茶色で染められたツンツン頭が印象的で、首からはいつもチェーン式のネックレスをぶら下げている。おしゃれなのかカッターシャツの袖を七分ほどまでまくり上げるのが光太郎の基本スタイルになっている。
蘇芳はよく授業をさぼる。実際今もこうして、授業をほったらかして屋上でダラダラと過ごしている。それと同じく光太郎もまた、授業を抜け出すことが多く、校内でも真面目とはほど遠い部類の人間として通っている。つまり蘇芳と光太郎はいわゆる同類ってやつで、波長がかなり合うこともあり、割と早くに打ち解けた。以来、この屋上でよく一緒に時間を潰している。
光太郎は右手に握っていた水滴滴る紙パックにストローを差すと勢いよく一口つけ、流れるように左手のパンの包装を剥いた。
「いやぁ、でもやっぱ屋上来た時に見える金髪ソフトモヒカンの安心感よ」
光太郎は蘇芳の頭をまじまじと見つめている。おそらく、光太郎は蘇芳のヘアスタイルのことを指して言っているのだろう。その物言いが、どこか茶化しているように思えて、少し気に障る。
「お前、それちょっとバカにしてんだろ」
「いやいや、そんなことないって。マジで、マジだから」
ひょうひょうと答えると、大きな口でパンを二口三口頬張った。むしゃむしゃと動くやつの頬を見ていると、こっちまで腹が減ってくる。
「なぁ、藤原。前から聞きたかったんだけどさ、お前ってなんで授業さぼってんだ?」
「大した理由なんてねぇよ。ただ、受ける意味を感じないってだけだ」
「その割に、学校には毎日来てるよな。お前、暇なの?」
「まぁ、暇なのかもな」
「どっか適当に遊びに行こうとか思わないのか? ずっと屋上でこうしてるのも退屈だろ」
「そうだけど、まだ学校にも見切りを付けたくねぇっていうか、まだ俺の中でも『こうしたいっ』ていう方向みたいなのを決めきれてないっていうか」
「なんかやりたいこととかないわけ? 例えば、すんげぇかわいい女の子と遊びたいとか、めっちゃ金稼ぎたいとか」
指摘されて、胸の奥を手で掴まれたかのような違和感を覚えた。それは、自分が最も気にしていたことだったから。
やりたいこと。生きる目的。――分かんねぇ。
自分は何のために生まれてきたんだろう。長い人生の中で何を成せば自分は満足するんだろう。よくある問いかもしれないけど、考え始めると可能性は噴水みたいに勢い良く吹き出してきて頭の中を埋め尽くす。でも、もう一人の否定的な自分がそれを上回る速さで水を吸い上げてしまうから、結局頭の中は白紙のままで変わりなし。
「そんなの俺が知りてぇよ」
小声でつぶやくと、なんか言ったか? と何も知らない顔で聞き返してくる。蘇芳はむしゃくしゃして頭を掻きむしった。
「なんでもねぇよ」
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