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そして、魔法使いは画策する

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ふわりと意識が浮上して、ぼんやりとした視界にキラキラと朝陽に輝く氷の花に映り込み、その眩しさで目が眩む。

癖で目を擦ろうとして、寝ぼけていた頭が覚醒して固まる。
朝は絶対といっていい程に魔王がこちらの寝顔を微笑ましそうに眺めていて、目を擦ろうとすると止められる。

そんなに目を擦る程眠いなら起こしてやろうと瞼の上に何度もキスを落とされたのは二日前のこと。
キスを瞼に落とす度に獲物を狩る獣のように強い欲情したエメラルドの瞳が僕を視姦した。耳朶を撫で、首筋を撫でる手は僕の快感を引き出そうと探り、魔王の歴戦の戦士のようなアレは、はち切れんばかりズボンの中で膨らんでいた。

「喰われる」と命の危機を感じて目覚めるスリリングな昨今の僕の朝。
身構えるが何時も僕の寝顔を覗き込んでいる魔王の姿はそこにはなかった。

「あ…れ?」

状況が理解出来ずに部屋を見回すが、魔王の姿はやはりなく、部屋にいるのは僕と世話係のメイド。キョロキョロと見回す僕にモーニングティーを渡し、首を傾げる。

「どうされましたか?」

「え?いや、べ、別に…なんでも」

そうメイドに答えて、紅茶を口にしながらもう一度辺りを見回す。しかし、魔王の姿はやはりなく、困惑する。
そんな僕をメイドは何処か嬉しそうに見ている。

「あの…何か?」

「いえ。マグリット様こそ、何かご用件があるように見えますよ」

メイドは何故か期待に満ちた目でこちらを見ている。
一体、何を期待しているのか?
メイドは僕の言葉を食い気味に待っているように見えた。

「……魔王は?」

そう気になっている事を口に出してみると、メイドは目を輝かせて、緩む口元を両手で覆う。な、なんだ、その喜びようは。

「マグリット様。陛下はメイド長との約束を守り、マグリット様との逢瀬を控えてらっしゃるのですっ」

「そ、そう」

「陛下はきちんと約束を守ってくださる律儀なお方です。マグリット様が愛おしくて愛おしくてしょうがない気持ちを抑えて、マグリット様を想ってこそ控えてらっしゃるのですっ!」

「は、はぁ」

昨日のメイド長との会話が記憶からすっぽ抜けていて、聞いただけなのに凄い熱量。如何に魔王が僕を愛しているか熱弁してくる。
その熱量に気圧されていると、後から入ってきたメイドがそのメイドの頭を叩き、黙らせた。

「申し訳ございません、マグリット様。病み上がりである御身にとんでもないご負担を…」

「は、はぁ」

「い、いひゃい。酷いよ、ミネルヴァ」

頭を叩かれて涙目のメイドに更にメイドのミネルヴァはデコピンを放つ。容赦のないミネルヴァに「程々でお願いします」と、苦笑を浮かべながらお願いすると、キツく結んでいた口元を少し緩ませて跪いた。

メイドなのに流れるように彼女は美しい騎士の礼をする。

「温情痛み入ります」

やはり、言葉遣いもメイドというよりも騎士なミネルヴァ。
男性よりも女性にモテそうなクールビューティな姿はメイド服より騎士服が似合いそうだ。

お手をどうぞと極自然に手を差し伸べられて、思わず手を取る。すると、膝裏に手が差し込まれて、流れるような所作で抱き上げられた。

「…………」

騎士の正装が似合いそうなクールビューティーなミネルヴァであっても、女性に軽々と抱き上げられるのはショックだ。
ミネルヴァを見れば、「安心してください。我々、マグリット様付きのメイドの中でマグリット様を落とすような軟弱者はいません」と、格好よく微笑まれた。
心配してるのはそこじゃない。

「マグリット様が考える時間を稼いでみせます。ですので、安心して心の整理をつけてください」

いちいち格好いいミネルヴァの言葉に愛想笑いで返し、ドレッサーの椅子に腰掛ける。
ドレッサーの鏡に映る僕の顔は過酷な旅していた頃に比べると潤いすべすべしている。

肌の調子が良いのはメイド達が欠かさず、朝昼晩に塗りたくる何十種類もの美容用品お陰。正直、王都にいた頃よりも健全で贅沢な生活を送ってる。

「結婚…ね」

聖女エリスが望んでいた未来。
彼女の描く未来で僕は奥さんと可愛い子供に囲まれて、その幸せにちょっと戸惑いながらも笑っているそうだ。
まぁ、現在僕を口説いているのは子の産めぬ男で敵の魔王なのだが。

それを知ったらエリスはどんな顔をするだろうか。

「絶対、言えない…」

コツンっとドレッサーのテーブルに伏せ、メイド達が心配する中、蹲る。

言えない。
魔王に求婚されてて、しかも、僕が受け入れる側なんて。しかも、魔王の歴戦の戦士のようなアレに腹を突き破られて腹上死するかもしれないなんて…。

(逃げないと…。僕の命と名誉の為に!!)

魔王を三十年すら封印できなかったのはショックだが、三十年しか経ってないという事はまだみんな生きてる可能性がある。
当時、最年長だった騎士イグニスでも三十年後なら五十後半。まだみんな四、五十代、現役は少し過ぎたかもしれないが、まだ元気な歳。
この死線を潜り抜ければ、みんなにまた会える。

(でも、どうやって逃げる?)

魔王は今、距離を取っている。
逃げるなら今だが、足は使い物にならず、頼みの魔法も未だ魔力が暴走中。

魔王の魔力と溶け合ってから少し調子が良いものの。まだ扱うには魔力が暴れて散ってしまう。

「………やだなぁ」

一つの答えが頭に浮かび、その答えを今すぐ忘れたくてドレッサーに頭を打ち付ける。

「マグリット様!?」

慌ててミネルヴァに止められて、疲れているとベッドに戻されながら出た答えに頭を抱える。

一つ、暴走した魔力を手っ取り早く治す方法があるにはある。だが、僕はそれを行った結果が最悪な結末だと知っている。


魔力の暴走とは自身の魔力を御せない状態の事だ。自分で制御できないのならば、誰かに制御出来る量まで魔力を預けて、魔力量を整えて貰えばいいのだ。
しかし、魔力を預ける相手は誰でもいい訳ではない。魔力相性が悪ければ、魔力は反発し合い、暴発してしまう。それにおそらく、僕の膨大な魔力を全て受け止められるはこの世界で魔王だけ。

そう魔王に魔力を整えて貰えばいいのだ。
きっと頼めば、あの魔王は二つ返事で…、いや、食い気味に了承するだろう。

(そこが問題なんだよな…)

問題は僕と魔王の魔力相性が良すぎる事。
魔王の魔力を身体に受け入れただけで気持ちよかったのに、自分からも送って完全に溶け合わせたら理性も共に溶けかねない。
理性が飛んだまま行為に持ってかれてthe end。魔王の歴戦の戦士のような屈強なアレで腹を貫かれて死亡だ。

想像しただけでゾッとしてブルリッと体が震える。なんて、恐ろしい。
早々にそんな恐ろしい方法を頭を振ってふるい落として、起き上がる。

「お身体の調子はどうですか?」

「大丈夫。…その、身体は大丈夫だから魔王城の中、見て回りたいな…なんて。ダメかな?」

「成程。では、このミネルヴァがお連れ致しましょう」

「え? きょ、今日。今?? 城主である魔王に許可とか取らなくても大丈夫ですか…」

「ええ。問題ありません」

逃げられないなりに魔王城を散策して逃走経路でも探しておこうと考え、お願いしてみたものの数秒でOKを出されてしまった。

今の僕の状態は優遇されているものの軟禁状態。城を見て回るのも許可がいると思うのだけど…。

本当に大丈夫かと悩むが、真面目そうなミネルヴァはなんの躊躇いなく了承しているのなら大丈夫なの…か?
悩みつつもミネルヴァを見遣れば、ミネルヴァはまるで騎士のように僕の前に傅き、首を垂れた。

「このミネルヴァ。如何なる時もマグリット様の為、足となり、剣となる事を誓いましょう」

まるで騎士の誓いのような向上を述べて、ミネルヴァは僕に手を差し出す。
城の中を案内してくれるだけなのに、ヤケに厳粛なその姿に「忠誠でも誓うつもりか」と心の中でツッコミ、戸惑いつつもミネルヴァの手の上に自身の手を重ねた。

流れるような洗練された所作でミネルヴァは重ねた僕の手の甲に口付けを落とした。何事もなかったかのように僕を持ち上げ、姫抱きした。

「……………。…えっと」

「行かれたい場所はありますか? 宜しければ、私が案内のほどさせて頂きたく」

「…………。…お願いします」

やはり、メイドというより騎士なミネルヴァ。
女性の理想の騎士様像そのものの所作で、男の僕でもドギマギしてしまう。
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