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そして、魔法使いは覚悟する①

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「貴方はお馬鹿さんですか?」

ビリビリと大気を震わせ、メイド長の怒声が廊下から聞こえてくる。部屋で魔法書を読みながら紅茶を手にした僕はその声に驚き、カップを落とし掛けた。それを見たミネルヴァがその声に無言で防音魔法を掛ける。

「バっ、馬鹿とはなんだ。馬鹿とは」

防音魔法を掛けたにも関わらず、聞こえていた魔王の反論に「防音魔法を貫く大声って…」とドン引きしつつ、気持ち扉の方から身体を遠ざける。

「ハンッ…。陛下はマグリット様を前にすると不甲斐なくなられやがりますから。一旦距離を取り、《それとなーく、執務に殉ずる陛下のお姿をお見せし、元よりない好感度を上げよう大作戦》を決行したというのに炎狼ヴォルガ様を半殺しにしてぶち壊しやがられたお馬鹿さんをお馬鹿さんと呼ばずに何とお呼びになればよろしいのでございましょうか?」

「ぐっ! …だ、だが、連れてくるなら一言伝えてくれないと心の準備が出来ないではないか!!」

「存じ上げていましたら、陛下は格好つけようとして、より空回りするに決まってるでしょう」

「ぐぬぅっ……」

こちらも魔法効果を無視して普通に聞こえてくるノンブレスの長文説教。
説教の内容から察するに、軟禁状態の僕が城の中を見て回れたのはメイド長の作戦の一部だったようだ。そういえば、事細かな施設の説明の中に魔王の偉業もさり気なく説明があったような気がしなくもない。


「これ以上、おっしゃりたい事はございますか?」

「くっ、くそぅ…」

声しか聞こえないのに、まるで目の前の出来事のようにメイド長が勝ち誇っている姿がありありと脳裏に浮かぶ。完全に言い負けた魔王が肩を落とし、去っていく足音が虚しく響いた。

何故、防音なのに足音まで聞こえるのかなんて、気にしたら負けだ。
白い目でミネルヴァを見やれば、ミネルヴァは申し訳なさそうに頭を下げた。

「不本意ですが、契約で雇用を勝ち取った故に拒否権を持ち合わせてないのです」

お叱りは何なりと。平然と自身の首を差し出してくるミネルヴァに、「こんな事で首が飛んでたまるか」と首を横に振って全力で拒否する。
王族相手なら不敬罪だが、僕はこれまでも、これからも、。こんな事で使用人のひとりの首が飛ぶ程の身分になる気はない。


(メイドもやはり敵か)

パタンッと魔法書を閉めて、ため息をつく。
ミネルヴァの裏切りに改めて、自身が孤立無援だと認識し、どうにかして魔法が使えないかと自身の魔力の流れを探る。

身体の中は荒れ狂う川のように魔力が流れている。
溜めようとすれば霧散して、身体中を逃げ回るが足にだけは魔力が流れない。生き物であれば身体中に張り巡らされている魔力を通す魔力回路が足だけなくなってしまっている。

(成程。立てない訳だ)

自身の足を撫でれば、手が触れた感覚が伝わり、足を動かそうとすれば、動かす事は出来る。しかし、身体がこの足を足だと認識していない。

おそらく、僕の本当の足は白い焔となって燃え尽きてしまったのだろう。今、あるこの足は義足のようなモノ。僕の本物の足のように血を巡らせて、筋肉を収縮させて動くが、立つ事は一生叶わないのだろう。


ため息を吐き、一息吐こうとカップを持ち上げれば、紅い紅茶の水面に自身の顔が映る。
その顔は悲しみも苦しみもなく、至って平然な自分の姿が映っている。

封印魔法の後遺症で二度と立つ事は出来ない。それでも、あの時、あの魔法を使った事に後悔なんて微塵もない。
まぁ、問題は自分で立って歩いて逃げるという選択肢が消えてしまったという事だが…。

「地道にいくしかないか…」

毎日魔力操作で地道に調節して、魔力暴走が収まるのを待つしかない。それしかない。
がくりっと肩を落として紅茶を啜れば、「失礼します」と魔王と口喧嘩を繰り広げていたメイド長がニッコニコの笑顔で部屋に入ってきたので、ひくりっと思わず頰を引き攣らせた。

「マグリット様。今日のご予定はどう致しますか?」

「よ、予定…」

「ええ。昨日は城の中を散策なされたとミネルヴァから聞きました。今日は書庫などは如何でしょうか? 陛下自ら集められた魔法書や本が納められた特別な書庫がございまして、きっとマグリット様もお気に召し…」

「えー、えーと! 今日は部屋でゆっくりしたい…です」

「承知致しました。では、ミネルヴァにお…」

「暫く、ひとりにしてもらえないでしょうか?」

おそらく、魔王との接点(共通の趣味)を作ろうとメイド長は主人の為に画策しているのだろう。

ひとりになりたい。
今一番の願いを口にすれば、メイド長は「え?」と悲しい顔で一瞬、目を潤ませたが、すぐに元の涼しい顔に戻った。

「そうですよね。お一人の時間も必要ですよね…。承知致しました」

そう納得してみせたが、去っていく姿は何故か口論で負けたあの時の魔王と重なってみえた。

「では、外で待機しますので、何かご入用であれば、お呼びください」

騎士の礼を取り、ミネルヴァもメイド長の後に続き退室し、部屋に静寂が広がる。

「はぁ……。久々のひとり」

静寂に包まれれば自然と肩の力が抜け、ぐでっとテーブルの上に伏せる。
今思えば、封印から目覚めて一度も僕はひとりになった事がない。


誰にも見守られる事なく、読む魔法書は格別だ。まったり、少し冷めた紅茶で喉を潤しつつ、ページの捲る音だけの世界は心地いい。
まるで冒険に出る前に戻ったかのようだ。自分の知識欲の為に魔法図書館で魔法書を読み漁っていたあの頃のように…。

『おっ! 今度は何の本を読んでんだ、マグリット』

記憶の中でイグニスが僕の本を覗く。本なんて興味がなく、自分では読まない癖にイグニスは僕が本を読んでいると決まって、大きな体躯を屈めて覗いてきた。

『新しい魔法書だよ』

『ふーん。どんな魔法書が載ってるんで? 見たいな。見たいなぁー』

魔法書と知ると魔法の使えないイヴァンは途端に食い付いて、イグニスを押し退けて、本に載ってた魔法みたいと催促してくる。
しつこいイヴァンの催促に負け、本を閉じ、魔法を行使すれば、会話に花を咲かせていた筈のエリスとアステルも一緒になって次の魔法が見たいとせがんだ。


「冒険中は魔法書をゆっくり読む時間も無かったな…」

本当に久々のひとりの時間なのに、物足りない。
読みたかった本なのにページを捲る手は止まり、誤魔化すように冷たくなった紅茶を啜った。

「新しい紅茶でも貰おうかな」

焦っても仕方がない。そう分かっているのに心は落ち着かず、今すぐ会いたいと思ってしまう。
これではいけないと気を落ち着かせる為に紅茶をもらおうと、ミネルヴァを呼ぼうと口を開いた。

「おおっと。そうはさせないぜ」

背後から声が聞こえ、咄嗟に振り向こうとしたが、背後から伸びてきた手に口を押さえられた。牙がズラリと並んだ大きな口が首に触れ、血の気が引く。

ここは敵陣。あまりにも優遇されていたから油断し切っていた。
勇者パーティとして何度も魔王軍と戦かった僕に恨みがある魔族なんて、五万と居るに決まっている。流石に油断し過ぎていたと後悔してももう遅い。
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