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そして、魔法使いは夢を見る

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雪の降る寒い日にとある孤児院の扉の前でおくるみに包まれて泣いていた赤ん坊。
へその緒がついたままのその子の人生はたまたま捨てられた孤児院の院長であった大魔法使いマーリウスが拾い上げた事から始まった。

たまたま強い魔力を持って産れ、たまたまその頃、次代の魔法使い育成に力を入れていた大魔法使いマーリウスに見出されたマグリット。

マーリウスのスパルタ教育にも耐え切り、王都の魔法学校でも優秀な成績を残した秀才と呼ばれたその子供は大人よりも多くの魔法を知っていた。マーリウスに教育だと各地を連れ回されたその子供は大人よりも多くの知識を有していた。

だが、そんな子供でも分からないものがあった。


「大魔法使いマーリウスの弟子マグリットは君かい?」

じっとこちらを見つめる琥珀色の瞳に読んでいた本をパタリッと閉め、見つめ返す。
その強い光を称える琥珀色の瞳はまるで狼のように力強く僕だけを映していた。

「そうですが。これから貴方がするであろう言葉には全て『いいえ』と答えさせて頂きます。僕は世界に興味がありませんので」

その言葉に目の前の男が不快そうに眉間に皺を寄せる。

この男の名前は勇者アステル。
数日前に神殿で勇者に選出され、魔王討伐の旅に出た男。この男が魔王討伐の為に仲間を集めているのも風の噂で知っている。

「貴方もその世界の一員だろう。世界が滅べば君も滅ぶ」

「ええ、その前にこの魔法図書館の本を全て読み終える所存です。僕は忙しいので他をあたってください」

「っ!!…頼む。貴方の力が必要なんだ。これ以上、魔族との争いで親を失う子を増やさない為にもっ」

「……親って必要ですか? 僕も親は居ないし、顔すら知りませんが欲しいなんて思った事もありませんね」

「……貴方は」

怒っていた筈の男が悲しげにくしゃりと顔を歪める。それが僕を憐れんでいるからだという事は理解出来たが、憐れまれる理由は納得がいかない。

よく虚勢だと魔法学校でも憐れまれる時があったが、本当に親を欲した事がないのだから憐れまれても困る。

だって、考えてもみてほしい。
最初からないもの。知らないものなのだから、居るメリット自体もわからない。居なくても充分、僕はこの生活に納得している。魔法さえ学べれば僕は充実した日々を過ごせる。

そう何度断ってもアステルは通い続けた。
「魔法よりも楽しい事を教えてやるからついてこい」と、口説き続けるアステルの強い意志とその曲がる事のない芯の通ったら瞳に根負けして出た旅は案外楽しいものだった。


最初は二人の旅も、二人から三人、三人から四人、四人から五人に増え、賑やかなものとなった。

死線を潜るのは相変わらずだが、本を真剣に読む暇すらなく賑やかで、それが当たり前になった時、ふと思った。

「家族ってこんな感じなのかな」

そう野営地で焚き火を眺めながらボソッと呟くと、焚き火に薪をくべていた騎士イグニスが驚愕の顔で持っていた薪を落とした。
どうした!?と、落とした薪を拾おうとすると涙目でイグニスがぎゅうぎゅうと抱き付いてきた。

「ぐるっ、ぐるしいっ!」

「マグリットがっ!マグリットがデレた!!」

「別に…デレてなんか。それより苦しいっ!」

馬鹿力のイグニスの容赦ない抱擁に逃げようと暴れるが、奴は「照れんなよ~」と、照れ照れしながら逃げないように更に締め付ける。だから、苦しいんだって!

そんな攻防に寝ていた聖女エリスが眠い目を擦りながら起きた。助けを求めようとしたが、イグニスが言葉を遮る。

「ふぁあっ、どぉしたのぉ?」

「エリスっ!エリス!!マグリットが、マグリットが俺達を家族みたいだって!!!」

「まぁっ!マグリット様が?」

「そうマグリットがっ!!」

「なら、私はマグリット様の妹に立候補しますのっ!」

「えっ!じゃあ、俺、兄貴枠っ!」

助けを求めようとしたのにエリスまで抱き付いてきた。それを何時の間にかに起きていた盗賊イヴァンがその光景を見て、カラカラと笑う。

「家族か…。そうっすね。オイラ達はもう家族みたいなもんっすもんね。ははっ!」

「わら、笑ってないで二人を止めて…」

「そー、照れなさんなって。嬉しかったんすよ、マグリットさんの口からその言葉が聞けて。だから、大人しく愛を受け取ってやってください。オイラの分も!」

「えっ…」

二人が抱きつく上から更にイヴァンが勢いよく抱き着いて、四人揃ってバランスを崩して倒れる。
この騒ぎの中でも懇々と寝続けるアステルの隣に四人で倒れ込み、アステルの寝顔を見て苦笑する。

「大物っすね。うちの大将は」

「でも、マグリットのデレを聞きそびれた事を知ったら不機嫌になるぞー」

「まぁ、アステル様にとって、マグリットお兄様は特別ですから」

「もうお兄様呼び…」

「だって、マグリットお兄様は私にとっても特別ですもの」

エリスは何時の間にかにアステルと僕の間に寝転がり、ニコニコと笑う。
エリスはアステルに恋をして、神官の反対を押し切ってこのパーティに加入した。アステルを特別に想っているのは知っていたが、僕も彼女の中の特別になれていたようだ。まぁ、アステルの特別とはまた違うけど…。

「結婚なさる時は必ず、私の居る神殿でお願いします。私が大切な家族であるお兄様の祝詞をあげます。絶対ですからね」

「……結婚ね」

果たして、未だ親の必要性が分からない僕に結婚など出来るのか?
この旅で誰かと居る楽しさと安心感は知った。家族がこんな感じならいいなとも思ったが、誰か一人を愛して家族になりたいと思える日が来るんだろうか?
その誰かとの間に子を望み、必要ないと思ってた親になりたいと思う日が来るのだろうか?

僕には未だにそれが分からない。
魔王を封印する前からも。そして、魔王に結婚を前提に口説かれている今さえも。
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