1 / 18
そして、魔法使いは眠りに付いた
しおりを挟む
今思えば、最初から乗った船は泥舟だった。
人間が敵わない身体能力と魔力を持つ相手にたった5人の人間がパーティを組んで挑むという狂気。
魔王戦まで五体満足で魔王軍幹部達相手に連勝出来たのは奇跡だった。
そう確実に勝てそうにない魔王を目の前にして悟った僕はアホなのかもしれない。
ブワリッと鳥肌が止まらない禍々しい魔力が玉座の間を包んでいる。
その魔力の中では息すらも上手くは出来ず、鍵開けや毒薬などの純粋なテクニックだけでここまで来た仲間の盗賊はこの魔力に抵抗出来ずに床に臥せっている。
回復役の聖女も自身を守るのに精一杯。
盗賊の次に魔力耐性の低い騎士も闘う前からノックアウト寸前。
勇者も勇者で意地で目の前の魔王を睨みつけているが、武者震いを隠せていない。
真紅と漆黒を基調とした玉座の間に窓から月明かりが降り注ぐ。
月明かりを受け、黒い玉座が艶やかに光り、魔王の銀糸の髪も天使の輪が何重にも降りていた。そのエメラルド色の瞳はこちらを試すように見つめている。
目の前にいる男はこの世の根源悪だというのに神秘的な美しさを纏い、その美しさとは裏腹に禍々しい圧倒的な魔力を隠しはしない。
格が違い過ぎる。
ここは一旦引くべきだと、魔王に悟られぬよう、転移の魔法を足下で構築する。しかし、武者震いをしつつも一切引く気のない、勇者の強い意志のこもった瞳を見て、溜息をついた。
(この人は死んでも逃げないんだろうな…)
魔王に故郷を焼かれて、魔王を討伐する為だけに生きてきた勇者。
僕がこの泥舟に乗ったのも勇者のその強い意志の乗る瞳に惹かれて、その望みを叶えさせてあげたいと思ってしまったから。
足下で構築していた転移魔法を壊し、新たな魔法を身体の中に宿す。宿した魔法は焼けるように痛く、痛みに耐えながら勇者の肩を叩いた。
「なぁ、アステル。アステルは魔王を討伐したらさ。どう生きたい?」
「マグリット。今は魔王戦に集中してくれっ。アイツは…、アイツは俺の村をッ、家族をッ…」
「僕はまだ読んでない魔法書を読み耽って、ゆっくりみんなとお茶でもしたかったな」
「そんな先の事なんかどうでもいい。俺はアイツさえ倒せればっ…」
「ごめんね、アステル。流石にアレを討伐するのは僕の命を賭けても無理かな」
「お前が諦めても俺は必ずッ!」
「僕はアステルが笑って暮らせる世界が来る事を願ってるよ。例え乗ったのが泥舟だったとしても君との旅は楽しかったから」
やはり、引く気など一切なく、勇者アステルはその命を捨てようとしていた。お前はそういう奴だよなと苦笑し、アステルの肩から手を離した。
後は頼んだと、騎士に目配せすると、僕とアステルより年上でよく気に掛けてくれた彼はキュッと苦しげに口を結び、アステルを押さえつけた。
僕達より少し年下で泣き虫な聖女は僕の覚悟を悟ると泣いていた。
「全く。いい泥舟だったよ」
最期にもう一度、心から笑ったアステルを見てみたかったと、少しの後悔を残しつつ、魔王の前に立つ。
魔王は玉座から身を乗り出し、興味深そうにこちらを見つめていた。
「まさか、貴様一人で我を相手にすると?」
「ええ」
「ハッ、舐められたものだな。貴様ら人間如き、束になろうが我には勝てぬぞ」
「そうでしょうね。今の人類が貴方に勝てる可能性はゼロです」
「ほう? なら、貴様はその命を持って、どう楽しませてくれるのだ? たった、一匹の人間風情で」
「そのたった一匹の人間如きでも出来る悪足掻きをしてみせますよ」
死への恐怖を押し込めて不敵に笑い、身体に宿した魔法を解放した。
その瞬間、白い焔が魔王と僕の身体を包み、魔王の表情に焦りが浮かぶ。
「封印魔法。貴様っ、己を人柱として我を封印する気か」
「所詮、たった一匹の悪足掻きです。付き合ってもらいますよ」
この絶対勝てなさそうな魔王に最期に一矢報いた気がして、身を焦がす白い焔の中、僕は満足して長い眠りについた。
魔法使いマグリット。
享年十六歳。
未来に希望を託す感じで結構、カッコ良く魔王共々遠い未来まで醒めぬ眠りについた筈だった。
「マグリット。我の最愛」
熱に浮かれたあのエメラルドの瞳が引き攣る僕の顔を映す。
上から落ちてくる銀糸の髪がさらりと肌を撫で、柔らかなベッドに沈む僕の身体を長い指がまさぐる。
「ッツ!?魔王ッ??…は??最愛??!」
「やっと、起きたか。我を待たせるとはいけない子だ。その無垢な身体に存分に教え込んでやろう」
「待て待て待て待て!!?何が、何がどうなって…」
二度と世界を映す事のなくなった視界に映るのは真っ裸で僕に覆いかぶさってくる魔王。
「不束な者だが、末永くよろしく頼むぞ、我が最愛」
享年十六歳。魔法使いマグリット。
決死の覚悟で封印した筈の魔王に何故か娶られそうになっています。
人間が敵わない身体能力と魔力を持つ相手にたった5人の人間がパーティを組んで挑むという狂気。
魔王戦まで五体満足で魔王軍幹部達相手に連勝出来たのは奇跡だった。
そう確実に勝てそうにない魔王を目の前にして悟った僕はアホなのかもしれない。
ブワリッと鳥肌が止まらない禍々しい魔力が玉座の間を包んでいる。
その魔力の中では息すらも上手くは出来ず、鍵開けや毒薬などの純粋なテクニックだけでここまで来た仲間の盗賊はこの魔力に抵抗出来ずに床に臥せっている。
回復役の聖女も自身を守るのに精一杯。
盗賊の次に魔力耐性の低い騎士も闘う前からノックアウト寸前。
勇者も勇者で意地で目の前の魔王を睨みつけているが、武者震いを隠せていない。
真紅と漆黒を基調とした玉座の間に窓から月明かりが降り注ぐ。
月明かりを受け、黒い玉座が艶やかに光り、魔王の銀糸の髪も天使の輪が何重にも降りていた。そのエメラルド色の瞳はこちらを試すように見つめている。
目の前にいる男はこの世の根源悪だというのに神秘的な美しさを纏い、その美しさとは裏腹に禍々しい圧倒的な魔力を隠しはしない。
格が違い過ぎる。
ここは一旦引くべきだと、魔王に悟られぬよう、転移の魔法を足下で構築する。しかし、武者震いをしつつも一切引く気のない、勇者の強い意志のこもった瞳を見て、溜息をついた。
(この人は死んでも逃げないんだろうな…)
魔王に故郷を焼かれて、魔王を討伐する為だけに生きてきた勇者。
僕がこの泥舟に乗ったのも勇者のその強い意志の乗る瞳に惹かれて、その望みを叶えさせてあげたいと思ってしまったから。
足下で構築していた転移魔法を壊し、新たな魔法を身体の中に宿す。宿した魔法は焼けるように痛く、痛みに耐えながら勇者の肩を叩いた。
「なぁ、アステル。アステルは魔王を討伐したらさ。どう生きたい?」
「マグリット。今は魔王戦に集中してくれっ。アイツは…、アイツは俺の村をッ、家族をッ…」
「僕はまだ読んでない魔法書を読み耽って、ゆっくりみんなとお茶でもしたかったな」
「そんな先の事なんかどうでもいい。俺はアイツさえ倒せればっ…」
「ごめんね、アステル。流石にアレを討伐するのは僕の命を賭けても無理かな」
「お前が諦めても俺は必ずッ!」
「僕はアステルが笑って暮らせる世界が来る事を願ってるよ。例え乗ったのが泥舟だったとしても君との旅は楽しかったから」
やはり、引く気など一切なく、勇者アステルはその命を捨てようとしていた。お前はそういう奴だよなと苦笑し、アステルの肩から手を離した。
後は頼んだと、騎士に目配せすると、僕とアステルより年上でよく気に掛けてくれた彼はキュッと苦しげに口を結び、アステルを押さえつけた。
僕達より少し年下で泣き虫な聖女は僕の覚悟を悟ると泣いていた。
「全く。いい泥舟だったよ」
最期にもう一度、心から笑ったアステルを見てみたかったと、少しの後悔を残しつつ、魔王の前に立つ。
魔王は玉座から身を乗り出し、興味深そうにこちらを見つめていた。
「まさか、貴様一人で我を相手にすると?」
「ええ」
「ハッ、舐められたものだな。貴様ら人間如き、束になろうが我には勝てぬぞ」
「そうでしょうね。今の人類が貴方に勝てる可能性はゼロです」
「ほう? なら、貴様はその命を持って、どう楽しませてくれるのだ? たった、一匹の人間風情で」
「そのたった一匹の人間如きでも出来る悪足掻きをしてみせますよ」
死への恐怖を押し込めて不敵に笑い、身体に宿した魔法を解放した。
その瞬間、白い焔が魔王と僕の身体を包み、魔王の表情に焦りが浮かぶ。
「封印魔法。貴様っ、己を人柱として我を封印する気か」
「所詮、たった一匹の悪足掻きです。付き合ってもらいますよ」
この絶対勝てなさそうな魔王に最期に一矢報いた気がして、身を焦がす白い焔の中、僕は満足して長い眠りについた。
魔法使いマグリット。
享年十六歳。
未来に希望を託す感じで結構、カッコ良く魔王共々遠い未来まで醒めぬ眠りについた筈だった。
「マグリット。我の最愛」
熱に浮かれたあのエメラルドの瞳が引き攣る僕の顔を映す。
上から落ちてくる銀糸の髪がさらりと肌を撫で、柔らかなベッドに沈む僕の身体を長い指がまさぐる。
「ッツ!?魔王ッ??…は??最愛??!」
「やっと、起きたか。我を待たせるとはいけない子だ。その無垢な身体に存分に教え込んでやろう」
「待て待て待て待て!!?何が、何がどうなって…」
二度と世界を映す事のなくなった視界に映るのは真っ裸で僕に覆いかぶさってくる魔王。
「不束な者だが、末永くよろしく頼むぞ、我が最愛」
享年十六歳。魔法使いマグリット。
決死の覚悟で封印した筈の魔王に何故か娶られそうになっています。
334
お気に入りに追加
517
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話
こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。
【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】
※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。
※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。
※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。
※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる