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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と
41、偶像は偶像のままで
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(エレン視点)
ただ俺の女神を守りたかった。
ただ俺の初恋の人をあの男に渡したくなかった。
一緒に居るだけで幸せで、その銀の花が咲く深く青い瞳に見つめられると愛しい気持ちが溢れた。
自身の存在意義を知った時。
ラニちゃんの笑顔が守れるなら、きっとその為に俺の歌があったんだと思った。
「エレン。帰ろう」
ローレライ様の歌が響き、ファルハ王は何処かへと消え、シルビオが俺に手を差し出す。
その手が触れそうになった瞬間、あの男の手の感触がまとわり付き、叫んだ。
「やだッ…。やっ…!」
怖くて怖くて堪らなかった。
身体が恐怖で震えて、身体が誰かに触れられるのを拒絶する。
「エレン。自分で歩ける? 君を保護するから」
シルビオが触れようとした手を引っ込めて、毛布を俺に手渡すと、エリオットについて、船を降りるように促す。
その表情は同情的だった。
シルビオは何時でも優しい友人で、助けてくれたのに触れる事すら拒否した俺を許してくれた。
「ごめんなさい。ありがとう…」
「ッ……」
だから、謝罪と感謝を告げると、同情的だった表情が葛藤に変わり、諦めたように口を開いた。
「……フィルバート殿下が君を心配している。君が無事に帰ってくるのを待ってる」
それだけ告げるとシルビオは船の中へと消えていった。
俺はエリオットについて船を降りながら嘲笑を浮かべて、首を横に振る。
フィルバート殿下が心配なんかしてくれる筈がない。
俺はあの優しい人をこっ酷く振ったのだから。
だから、きっとこれは夢に違いない。
陸に戻ると身体が怯える暇もなく、温かな腕に抱き締められていた。
ホトホトと肩に空から降る雨と違い、温かな雨が降りしきる。
その人は普段は強気な翡翠の瞳を涙に濡らし、トロリととろけるような優しい笑みを俺に浮かべた。
「エレン。無事で…、無事で良かったっ…。生きてて良かった」
その言葉はとても温かくて、その体温はあの男のものとは違い、包み込むようで。
自然とホロホロと涙が落ちた。
泣くとフィルは何処か痛いのかとわたわたと俺を心配してくれて、その優しさが嬉しくて、その温もりに身体を預けた。
◇
(ラニ視点)
階段を登ってくる音がする。
その特徴的な靴音に耳を傾けながら、ライを見やる。
ライは俺を抱きしめて、優しく微笑みが時々殺気が滲んでいる。
「ライ…」
「やはり、俺が…」
「僕にも決着をつけさせてよ」
そう肩をすくめると、ライは困ったような顔を浮かべる。
おそらく、本人は僕にあの男をもう二度と近づけさせたくないんだろう。
でも、僕は一言物申したい。
僕の中で、もうあの出来事は過去にしたいんだ。
きっと第一王子もそれを望んで、自身の傷を隠していたのだから。
靴音は近付き、ついには音が止まり、目の前にあの男が姿を現した。
服は海水に濡れ、浅黒い肌に張り付いている。
「俺のローレライ」
鳶色の瞳を欲に染め、偶像を求めて僕に手を伸ばす。
「触れるな」
しかし、その手をライがピアノ線でギリギリと上に吊し上げ、夕陽色の瞳でファルハ王を睨んだ。
ライの目とかちあうとファルハ王は激しい怒りを露わにして腰に帯剣していた短剣を抜く。
「それは俺のローレライだ。貴様こそ誰に許可を得て、触れているッ!!」
その言葉に心の底から呆れて思わず、ため息がこぼれる。
ああ、本当にこの男は……。
「僕はおじさんのローレライじゃないよ。モアナ王国第六十四王子のラニ。十一番目の王子の息子で、漁師の家の子」
「ラニか。俺のローレライはラニというのか」
全く人の話をきちんと聞かないこの男は本当に何処までも自分本位だ。
自分に都合のいい事しか耳に入らない。
ローレライだって、本当は存在なんてしない。
だって、この人が想っているローレライはこの人があの日の僕を見て、作り出した偶像なのだから。
そして僕はその偶像になってやる気はない。
「僕。おじさんの事嫌いなんだよね。おじさん、僕の家族に酷い事したし、そもそも、好みじゃないんだ」
僕はにっこりと、そう告げて、ついでにライに向けられていた短剣を下ろさせる。
短剣を下ろさせる為にファルハ王の手に触れると、ファルハ王は短剣を落とし、僕の手を撫でてくるもんだから僕はすかさず叩き落とす。
「僕の好みはね。少し上の大人で、夕陽色の瞳と紅茶色の髪の大人の色気溢れる美人さんなんだ。ずっと、僕の事を想ってくれて、時には暴走してやり過ぎちゃう困った人で、でも優しくて困った時には必ず助けてくれる。問題が解決しなくても僕の話を親身にちゃんと聞いてくれる人なんだ」
「俺はお前の事をずっと想っていた。本当に心の底から愛する相手はお前だけだ。ローレライ。俺の下に来い。それがお前の幸せだ」
きちんと話を聞かないおじさんにも分かるように懇切丁寧に僕の好みの人を説明したのに全く聞いてくれないので、悲しくて思わず眉を下げる。
ダメだね、このおじさん。
正直、この手は使いたくなかったけど、しょうがない。
僕はライの頰に手を添えて、チュッとライの唇にちゅうをした。
他人の前でやるのは恥ずかしくて、ぶわりっと頰が染まる。
チラリとおじさんを見ると、絶望しているのが見えて、やっと伝わった事に安堵して、してやったりとニッと笑う。
「そういう事なので、悪しからず!」
ブチギレて自身の手が切れる事も躊躇わず、おじさんは無理矢理拘束から抜け出し、拾った短剣を僕に振る。
「俺のラニに触るなと言った筈だが?」
しかし、短剣が僕に届く前にライのピアノ線がおじさんの首を絞め、吊るした。
案外、呆気ない決着に僕は思う。
こんなのを恐れていたなんてアホらしい。
僕の中に巣食うあの獣はもういない。
ただ俺の女神を守りたかった。
ただ俺の初恋の人をあの男に渡したくなかった。
一緒に居るだけで幸せで、その銀の花が咲く深く青い瞳に見つめられると愛しい気持ちが溢れた。
自身の存在意義を知った時。
ラニちゃんの笑顔が守れるなら、きっとその為に俺の歌があったんだと思った。
「エレン。帰ろう」
ローレライ様の歌が響き、ファルハ王は何処かへと消え、シルビオが俺に手を差し出す。
その手が触れそうになった瞬間、あの男の手の感触がまとわり付き、叫んだ。
「やだッ…。やっ…!」
怖くて怖くて堪らなかった。
身体が恐怖で震えて、身体が誰かに触れられるのを拒絶する。
「エレン。自分で歩ける? 君を保護するから」
シルビオが触れようとした手を引っ込めて、毛布を俺に手渡すと、エリオットについて、船を降りるように促す。
その表情は同情的だった。
シルビオは何時でも優しい友人で、助けてくれたのに触れる事すら拒否した俺を許してくれた。
「ごめんなさい。ありがとう…」
「ッ……」
だから、謝罪と感謝を告げると、同情的だった表情が葛藤に変わり、諦めたように口を開いた。
「……フィルバート殿下が君を心配している。君が無事に帰ってくるのを待ってる」
それだけ告げるとシルビオは船の中へと消えていった。
俺はエリオットについて船を降りながら嘲笑を浮かべて、首を横に振る。
フィルバート殿下が心配なんかしてくれる筈がない。
俺はあの優しい人をこっ酷く振ったのだから。
だから、きっとこれは夢に違いない。
陸に戻ると身体が怯える暇もなく、温かな腕に抱き締められていた。
ホトホトと肩に空から降る雨と違い、温かな雨が降りしきる。
その人は普段は強気な翡翠の瞳を涙に濡らし、トロリととろけるような優しい笑みを俺に浮かべた。
「エレン。無事で…、無事で良かったっ…。生きてて良かった」
その言葉はとても温かくて、その体温はあの男のものとは違い、包み込むようで。
自然とホロホロと涙が落ちた。
泣くとフィルは何処か痛いのかとわたわたと俺を心配してくれて、その優しさが嬉しくて、その温もりに身体を預けた。
◇
(ラニ視点)
階段を登ってくる音がする。
その特徴的な靴音に耳を傾けながら、ライを見やる。
ライは俺を抱きしめて、優しく微笑みが時々殺気が滲んでいる。
「ライ…」
「やはり、俺が…」
「僕にも決着をつけさせてよ」
そう肩をすくめると、ライは困ったような顔を浮かべる。
おそらく、本人は僕にあの男をもう二度と近づけさせたくないんだろう。
でも、僕は一言物申したい。
僕の中で、もうあの出来事は過去にしたいんだ。
きっと第一王子もそれを望んで、自身の傷を隠していたのだから。
靴音は近付き、ついには音が止まり、目の前にあの男が姿を現した。
服は海水に濡れ、浅黒い肌に張り付いている。
「俺のローレライ」
鳶色の瞳を欲に染め、偶像を求めて僕に手を伸ばす。
「触れるな」
しかし、その手をライがピアノ線でギリギリと上に吊し上げ、夕陽色の瞳でファルハ王を睨んだ。
ライの目とかちあうとファルハ王は激しい怒りを露わにして腰に帯剣していた短剣を抜く。
「それは俺のローレライだ。貴様こそ誰に許可を得て、触れているッ!!」
その言葉に心の底から呆れて思わず、ため息がこぼれる。
ああ、本当にこの男は……。
「僕はおじさんのローレライじゃないよ。モアナ王国第六十四王子のラニ。十一番目の王子の息子で、漁師の家の子」
「ラニか。俺のローレライはラニというのか」
全く人の話をきちんと聞かないこの男は本当に何処までも自分本位だ。
自分に都合のいい事しか耳に入らない。
ローレライだって、本当は存在なんてしない。
だって、この人が想っているローレライはこの人があの日の僕を見て、作り出した偶像なのだから。
そして僕はその偶像になってやる気はない。
「僕。おじさんの事嫌いなんだよね。おじさん、僕の家族に酷い事したし、そもそも、好みじゃないんだ」
僕はにっこりと、そう告げて、ついでにライに向けられていた短剣を下ろさせる。
短剣を下ろさせる為にファルハ王の手に触れると、ファルハ王は短剣を落とし、僕の手を撫でてくるもんだから僕はすかさず叩き落とす。
「僕の好みはね。少し上の大人で、夕陽色の瞳と紅茶色の髪の大人の色気溢れる美人さんなんだ。ずっと、僕の事を想ってくれて、時には暴走してやり過ぎちゃう困った人で、でも優しくて困った時には必ず助けてくれる。問題が解決しなくても僕の話を親身にちゃんと聞いてくれる人なんだ」
「俺はお前の事をずっと想っていた。本当に心の底から愛する相手はお前だけだ。ローレライ。俺の下に来い。それがお前の幸せだ」
きちんと話を聞かないおじさんにも分かるように懇切丁寧に僕の好みの人を説明したのに全く聞いてくれないので、悲しくて思わず眉を下げる。
ダメだね、このおじさん。
正直、この手は使いたくなかったけど、しょうがない。
僕はライの頰に手を添えて、チュッとライの唇にちゅうをした。
他人の前でやるのは恥ずかしくて、ぶわりっと頰が染まる。
チラリとおじさんを見ると、絶望しているのが見えて、やっと伝わった事に安堵して、してやったりとニッと笑う。
「そういう事なので、悪しからず!」
ブチギレて自身の手が切れる事も躊躇わず、おじさんは無理矢理拘束から抜け出し、拾った短剣を僕に振る。
「俺のラニに触るなと言った筈だが?」
しかし、短剣が僕に届く前にライのピアノ線がおじさんの首を絞め、吊るした。
案外、呆気ない決着に僕は思う。
こんなのを恐れていたなんてアホらしい。
僕の中に巣食うあの獣はもういない。
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