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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

34、約束を胸に(ライモンド視点)

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苦しい息遣いが聞こえる。
自身を庇い斬られた第一王子レヴァを前に意識を失ったラニは高熱を出し、未だに目を覚さない。


医者の見解では精神的なもの。
高熱も心因性の発熱の為、解熱剤も効かない。
医者の手では施しようがなく、出来ることは点滴くらいで、俺達に出来ることは少しでも外部から熱を冷やしてあげる事と根気強く呼び掛けてあげる事くらいだった。


あの後、ファルハ王を帰ってきたモアナ大王が捕まえ、酔い潰して、部下のファルハ人達に運ばれて国に強制送還された事を後に知った。


「ラニ」

ただその名を呼んで、ずっとラニの側にいた。
何処にも行きたくなくて側にいた。

「ラニ…」

熱に赤くなった頰に触れ、その少し薄い唇に触れて、ふと、あの夜の事を思い出す。

月明かりを受けて、夜闇の中、白く輝くヴェール。
そのサファイアのように青い瞳を銀糸に縁取られた瞼の中に隠し、淡い薄桃色の唇が優しく触れたあの瞬間を。


思い出すだけで、胸の中にじんわりと何かが溢れ出し、たまらず、ラニの唇に唇を重ねた。

「んっ」と、小さく苦しそうな声が唇と唇の間から漏れる。
唇を離すと閉じられていた目が薄らと開き、その瞳が俺を映した。

「お兄さん、誰?」

熱に浮かされながら首を傾げるラニを前にただ茫然とする。
ただ感情がうちから溢れて、ポロポロと頰を伝う。

「どうしたの!? なんで、泣いてるの?」

目の前のラニは優しくて、の俺を心配して、小さな手で触れる。

『おはよう、ライ』

ただそう声を掛けて、また微笑んで欲しかった。
あの日のラニは壊れてしまった。なくなってしまった。
その喪失感にやっと自分の知らなかった気持ちに名前が付いた。

嵐の中で出会ったラニに惹かれ、一目惚れをした。
人懐っこく、すぐ甘えて、俺を必要としてくれるラニを愛しいと思った。


「泣かないで。僕、お兄さんが楽しくなるように歌ってあげるよ! 僕、お歌、得意なんだよ!!」

泣く俺を前にラニは元気づけようと、歌を紡ごうとした。

「ッ!! あれ? ッッ!!! ……なん…で?」

しかし、あの美しい歌声で何度歌おうとしてもラニの身体は歌う事を拒否する。
次第に呼吸が乱れ、ラニは苦しげに胸を押さえて蹲った。

「ラニっ! ラニッ!!」

何故、こんなにも奪われなければならないんだろう。
苦しげなラニを前にただ自身の無力を呪う事出来ない自分が嫌で仕方がなかった。

「ラニッ! ゆっくり息を吸って」

そっと手を差し伸べて、ラニを助けに入ったのは斬られた筈の第一王子レヴァだった。
まだ青白い顔でニッコリと笑顔を浮かべて、ラニの背を優しく撫でる。

「伯父…さん?」

「そーだよ。伯父さんだよ、ラニ。俺はここにいるから、ゆぅーっくり息を吸って。ゆっくりでいいから」

安心しきった表情を浮かべてラニは第一王子レヴァに身を預けた。
レヴァは額から脂汗を浮かべながらもラニの側で手を握り続けた。


ラニはレヴァが見えなくなると不安がるようになった。
夜になれば泣きじゃくり、レヴァを探す。
自身が嵐の海の中で人を救う歌を歌っていた記憶もそれに関わる記憶も消えたというのにラニの中からトラウマは消えなかった。

「悲観する事じゃないさ。ラニは俺達の下に帰ってきてくれた。辛くても帰って来てくれたんだ悲しむのではなく、褒めてあげようよ」

ラニのその姿に悲しむものをレヴァはそう諭した。
悲しみは幾らでも楽しいで埋められる。
時が全てを解決してくれるのだと。

「だけど、ファルハ王はラニを…」

「あの人が探してるのはローレライだ。ラニじゃない。10年後にはあの人が探しているローレライはただの偶像へと変わる」

そう時が全てを解決してくれる。
時が経ち、ラニが成長期を迎えれば、声変わりとともにローレライはただの女神様に戻る。
それまでラニを守り切れば…。



ザザンッと夜の砂浜に優しく波が打ち寄せる。
第一王子レヴァがラニを眠るラニを抱えて、砂浜に座っていた。
こちらに気付くと待ってましたという顔で、手招きする。

「やー。助かった。ラニが遊び疲れて寝ちゃってね。俺、これだからさ。流石に運べないんだよな!」

斬られた背中を指して苦笑するこの人に、羨望を向けるとともに嫉妬が噴き出し、ラニを奪うように受け取る。

スースー腕の中で寝るラニは無防備で可愛くて、その表情と温もりを感じているだけで、心が満たされる。
だが、第一王子レヴァが吹き出して笑うものだからムッとして、睨めば、「取らないさ。俺、妻子持ちだし」と肩をすくめて見せた。

「あー。後、君のご主人様、今、俺なんだよねー。ルーとサフィに頼んでもぎ取ってもらっちゃった」

「………何が目的だ」

「んー? 最初はなんとなく。でも、目的が出来たからね。存分に俺の代わりに仕事してもらおうかな」

俺、遊んでたいんだよねと、冗談めいた割と本気な本音を溢し、新たな俺の主人レヴァさんは俺に一つだけ依頼した。

「ラニを声変わりまで守る事。で、報酬は…何がいい?」

願ってもない依頼に俺は一つ返事で了承し、俺はライとして生まれたただ一つの欲望を口にした。

「ラニが欲しい」

愛したラニが壊れてなくなってしまっても、やはり消えないラニへの想い。
ラニとの約束。

「ラニとの正式な婚約を結びたい」

この時のレヴァさんは溜息をついて、本当にそれでいいのかと俺に問うた。

「君はきっと、ラニを手放すよ。君が思っている以上に君はラニを大切に思っているから」

この時、俺はレヴァさんが言ったこの言葉を理解出来なかった。
今になって分かることは、この人は俺以上に俺を理解していたという事だ。
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