上 下
91 / 119
終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

14、やっぱりね

しおりを挟む
(エレン視点)

それは幼い頃の初恋だった。

嵐の日にだけ聞こえるその歌に心躍らせて、ただ貴方に近付きたくて、歌い続けた。
何時か。この歌声は貴方に届くと。
また貴方の歌声に会えると信じて。






「音楽祭まで後2日…。どうしよう…」

「何がどうしようなんだ。お前、音楽祭出ないだろう」

音楽祭まで残り少ない日にちを指折りながら数える。
そんな僕を事情を一切知らないフィルはヴァイオリン片手に指摘する。

音楽隊のヴァイオリン奏者として参加するフィルはいつも以上に真面目に真面目を重ねて、部屋に帰らず、音楽室に泊まり込んで練習してる。

「そんなに追い込んで大丈夫なの? なんか練習頑張り過ぎて当日寝込みそう…」

「不吉な事を言うな! 体調管理くらい出来るっ」

フンッと自信満々に鼻を鳴らし、高らかに宣言しつつも、「今日は後5曲で部屋に帰る」とボソリと後になって呟くフィルに苦笑しつつ、フィルのヴァイオリンに合わせて、ふんふんっと鼻歌を歌う。

そんな僕をみて、フィルはフッと笑みをこぼした。

「お前ならこの曲にどんな歌声を添えるのだろうな?」

「僕?」

「ああ。今弾いてる、ここの小節はヴァイオリン奏者と歌い手、2人での掛け合いだ。俺とエレンが2人で奏でる」

「へぇっ! よかったね。フィルはエレンの歌好きだもんね」

エレンの事が好きでエレンの歌を誰よりも愛しているフィル。

感慨深い。だって、頑張ってた結果、好きな人の好きな歌声と共演できるなんて、まるで恋愛小説みたいだ。
…あ、そっか、blも恋愛小説みたいなもんか。

なんか少しフィルの気持ちが報われた気がして、嬉しくて鼻歌を歌う。
そんな僕の様子にプイッと赤らめた頰を隠すように顔を逸らし、隠し入れない嬉しそうな声色で呟く。

「エレンの歌に合わせて弾いてる間は、自分でも驚く程に指が動いて何時もよりもヴァイオリンが上手く弾けているようで楽しい。きっと、エレンの歌声が俺を引っ張ってくれているんだろう」

「うんっ」

「俺もエレンに気持ちよく歌って欲しい。俺の演奏でエレンが何時もより輝けたなら嬉しい。それでふと、エレンと演奏している時に思い出すんだ」

耳の先端まで真っ赤にして、ヴァイオリンに奏でたのはあの寮の近くの茂みで、僕が歌っていたあの歌。
2人で奏でた僕の前世の歌。

「お前とこの曲を奏でたら、また違う世界が見えるんだろうなと」

絞り出されるように紡がれたその言葉にじんっと胸の中が熱くなる。
ああ、歌いたくてしょうがない。でも、歌になる前に音は霧散して、その焦燥感と認められた喜びを胸の中に秘めて、少しひねた言葉を返す。

「それをエレンに言えたら、エレンの好感度も少し上がるのに」

「おいっ、人が折角褒めッ」

「ありがとう…」

最近、ちょっとフィルに素直に言葉を返すのには抵抗がある。

なんか恥ずかしいんだ。
2人して、真っ赤になった顔を背けて、なんかそのムズムズした雰囲気に耐えきれなくなって立ち上がった。

「うんっ! もう僕帰るよ」

「そうだな。それがいい、頑張れ」

「帰りにエレンにでも会おうかな。最近、エレンに避けられてるけど」

「安心しろ。俺も練習以外では避けられてる」

「「あははは…。はぁ……」」

謎のハイテンションでその場を乗り切ろうとして、2人して自分で墓穴を掘って落ち込みつつ、部屋を後にした。



「まぁ…。どうせ、逃げられるんだけどね」

そう諦めつつ、エレンを探す。
今日の護衛はエリオットでシルビオは急に入った他の仕事で不在。エリオットは授業の課題が終わらず不在。

久々の1人きりの時間にちょっと寂しいなと思いつつ、中庭を横断する。
すると、中庭にある噴水の水飛沫の音共にメロディだけの歌声が響く。

その歌声にどうせ近付いたら逃げられると思いつつも近づく。
しかし、エレンの歌声は途絶えず、懐かしいメロディに胸の辺りが熱くなる。

側まで行ってもエレンは気付かず、楽譜と文献を手に歌いながら首を傾げてた。
その文献にはモアナ民謡…という文字が見えて、僕は首を傾げた。

「そんな本で調べなくてもモアナの事なら僕に聞けばいいのに」

思わず、付いて出た言葉にビクッとエレンは驚き、パッと顔を上げる。
案の定。エレンは逃げようとした。
しかし、逃げようとして足を滑らして、噴水に落ちた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

『悪役令息』セシル・アクロイドは幼馴染と恋がしたい

佐倉海斗
BL
侯爵家の三男、セシル・アクロイドは『悪役令息』らしい。それを知ったのはセシルが10歳の時だった。父親同士の約束により婚約をすることになった友人、ルシアン・ハヴィランドの秘密と共に知ってしまったことだった。しかし、セシルは気にしなかった。『悪役令息』という存在がよくわからなかったからである。 セシルは、幼馴染で友人のルシアンがお気に入りだった。 だからこそ、ルシアンの語る秘密のことはあまり興味がなかった。 恋に恋をするようなお年頃のセシルは、ルシアンと恋がしたい。 「執着系幼馴染になった転生者の元脇役(ルシアン)」×「考えるのが苦手な悪役令息(セシル)」による健全な恋はBLゲームの世界を覆す。(……かもしれない)

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

BLゲーの悪役に転生したら予想外の展開でした。

たら
BL
はぁぁん??意味わからない。 【主人公】 前世→腐男子くん 前世は普通に平凡なオタクの腐男子。 周りには萌え系が好きと言っているが腐男子の事は墓場まで秘密にしている。 何故かめちゃくちゃハマってたBLゲームの大嫌いな悪役キャラに転生しててショック。 死んだ訳では無いのに意味わからん状態。 西園寺光輝 (さいおんじ こうき)悪役 超大金持ち西園寺財閥、西園寺家の御曹司。 我儘で俺様でありながら何でも完璧にこなす天才。 そのカリスマ性に憧れて取り巻きが沢山居る。 容姿は美しく髪は濡羽色で瞳は宝石のアメトリン。 ヒロインが攻略キャラ達と仲が良いのが気に食わなくて上手こと裏で虐めていた。 最終的には攻略キャラと攻略キャラ達に卒業パーティーで断罪されて学園を追放される。 ついでに西園寺財閥も悪事を暴かれて倒産した。 【君と僕とのLove学園】(君ラブ) ストーリーとキャラデザ&設定が神すぎる上にボイスキャストも豪華でかなり話題になった大人気BLゲーム。 〜あらすじ〜 可愛い容姿をした超貧乏学生のヒロイン( ♂)がひょんな事から、道端で周りの人間に見て見ぬふりをされて心臓発作で蹲ってたLove学園の学園長を助けてお礼はいらないと言って立ち去った。 優しいヒロインの事が気になり勝手に調査したが、貧乏すぎて高校に行ってない事が分かり編入させるという形で恩返しをした。 そこから攻略キャラ達とラブストーリーが始まる!!

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

二度目の人生は魔王の嫁

七海あとり
BL
「彼以上に美しい人間は見たことがない」 そう誰もが口を揃えるほど、カルミア・ロビンズは美しい青年だった。 そんな優美な彼には誰にも言えない秘密があった。 ーーそれは前世の記憶を持っていることだった。 一度目の人生は、不幸な人生だった。 二度目の人生はせめて人並みに幸せになろうとしたはずなのに、何故か一国の王子に見染められ、監禁されていた。 日々自由になりたいと思っていたそんな彼の前に現れたのは、眉目秀麗な魔族でーー。 ※重複投稿です。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...