上 下
90 / 119
終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

13、じいちゃん、僕には貴方が分かりません

しおりを挟む
「ラニ王子が誘拐されたらしいっ!」

「はぁ!? ラニ王子は今、城に隣接する後宮で保護(謹慎)中だろっ! なんで、そんな事になる!?」

「衛生兵っ! 衛生兵!! 城内意識不明者多数っ! 至急、救援求ム!!」

「テロ!? ファルハからの攻撃か?!」

「皇帝と第二皇子が倒れたっ! 宰相も瀕死らしい。誰か、第一皇子を呼べっ!!」

「あの人。出来た新居に婚約者引き摺り込んでもう6日は篭ってるそうだぞ」

「騎士団長はどうした!?」

「先方、モアナ産の酒瓶抱いてゴミの箱で意識を失ってる所を発見したそうです。未だ、意識不明」

「くそっ! 誰か、誰か、生き残った役職付きは居ないのかっ……」

騎士団の屯所がバタバタしている。
先輩達が右往左往してむっちゃくちゃ忙しそうにしている。

学園から突如呼び出されたエリオットこと、俺はもう既に帰りたいが、護衛対象2人が行方知れずなので帰るに帰れない。

どうしたもんか…。
チラチラ先輩達が懇願の眼差しで俺を見るんだが、まさか、俺に指揮を求めちゃいないよな…。

どうやって、うまく手を抜きつつ、2人を連れて帰るか。
はー、どうしたもんかなー。と腕を組むと後ろからいきなり蹴られた。


「エリオット・ルー。何をぼさっとしている」

この雑な俺への扱いとこの声はと、嫌々振り返るが、その光景にちょっと状況が分からなくて、目を瞬かせる。

シルビオ先輩がフィルバート殿下を姫抱きにしてる。
ちょっと訳が分からない。

しかも、今朝から謹慎中だったラニを迎えに行く気満々で元気にソワソワしてた筈のフィルバート殿下が何故かシルビオ先輩の腕の中で寝込んでる。
どうして…、どうしてそうなった。

「せ、先輩……」

「狼狽えるなっ! フィルバート殿下以外は酔っ払って寝こけてるだけだ。ファルハからの攻撃でもないっ。騎士団長はほっとけ。その内起きる」

サラッと自身の父親を見捨てて、シルビオ先輩はゲキを飛ばす。
その様に過干渉過保護でも、やはりこの人は騎士団長の器なのだなと思った。

「シルビオ様」

「俺達が今やるべき事は平常通りの城内守護及びにラニ王子の救出だ」

「ラ、ラニ王子は一体誰に拐われたのですか」

「犯人の特徴は筋肉質で、背は190弱。肌は褐色で、髪は白に近い銀。瞳の色は青。尚、城から帝都を北上中。第2第3小隊は犯人を追え!」

「老人…」

「侮るなよ。城から王子を拐うなんて、相当な手練れだ」

シルビオ先輩の言葉にゴクリッと唾を飲み、身を引き締めて、先輩達が走っていく。その顔は目的が定まり、イキイキしている。
しかし、俺はその場の空気に乗れなかった。寧ろ、シルビオ先輩の言葉の端々から気付いてはいけない事実に気付いて冷や汗が止まらない。

銀の髪に青い瞳って……。
んでもって、老人って。

ー モアナ…大王

完全にラニと同じ配色のその人。
ラニを拐った犯人はおそらくモアナ大王だ。

この男。それを敢えて濁して、先輩達をけしかけてる。
相手がモアナ大王だって知ったら萎縮するの分かってて、黙ってやがる。

「シルビオ先輩。俺はフィルバート殿下の看護兼護衛を」

「お前は第2、第3小隊の指揮を取れ。……生捕にしろ」

お前は分かってるよな? と言わんばかりの笑顔でシルビオ先輩は俺を生贄に出す。

嫌っすよ、先輩っ!
俺も道連れっすか!?






エリオットがシルビオの暴挙に慄いている時。
僕はじいちゃんに小脇に抱えられて、入り組んだ帝都の下町を移動していた。

じいちゃんは地元民かと聞きたくなる程、土地勘があり、時折、知り合いらしき人達に声を掛けつつ、走り抜けていく。

「おー。エド、久しいな。げんきかぁー」

「じーさんっ! お陰さんで元気にやってるよ」

「がははっ。そりゃよかった」

「じ、じいちゃん…」

「おー、旦那っ。今日は可愛い子ちゃん連れてんのか。やるねぇ」

「どーだ。可愛いだろぅー。この可愛子ちゃんは俺の孫だ」

「じいちゃんっ!!」

僕を抱えて小走りしてるのに、無茶苦茶余裕で周囲と話しまくるじいちゃん(こう見えてモアナ大王)。
しかも、会話の感じ的に1日、2日の仲じゃない。
結構、頻繁にレーヴに遊びにきてるみたい……じゃなくて!!

「僕。旅には行けないよ!」

バタバタと取り敢えず腕から抜け出そうとするが、結構ガッチリで抜けない。
そんな僕をみて、じいちゃんはポリポリと頰を掻く。

「しかしなぁー。お前、声変わりしてないしなぁ」

「なんで今、声!?」

「成長したら声も自然と変わるもんだと思っとったから、気分転換も兼ねて留学に出したんだがぁ…」

どうしたもんかとじいちゃんは何故か眉を下げ、困り顔を浮かべる。

何故、今、声の事なんだろう。
気分転換って何のこと?


「ラニ。夢の獣は怖いか?」

「なんで…、獣の話?」

「その調子だと、家族以外の人前で歌うのもまだ出来ないか。…歌う事が好きだったのになぁ」

がさついた男らしい大きな手が優しく頰を撫で、寂しそうな顔をする。
なんでそんな顔をするんだろう。
その表情が時折、ライモンド先生が見せていたあの悲しそうな顔に似ている。

ー なんで……


ズキズキと頭が痛い。

ー なん…で

フッと景色が変わる。
今日は晴れていた筈なのに、雨が身体を打ち付けて、大風で靡いていた服は船に打ち付けた波で濡れて張り付いている。

しかし、急に雨も風も波も消え、目まぐるしく景色は変わっていく。

満天の星空に、優しい温もりに、夜に交わした一つの約束と誓い。

『ーーー。ーーーーーー』

そして景色は赤く染まり、ポタポタと垂れる赤い雫が全てを消し去っていく。



「ラニ」

ハッと名を呼ばれて、意識が戻る。
気付けば、震えて力の入らない身体をじいちゃんに支えられていた。
身体が寒い。びっしょりとかいた脂汗が体温を奪う。

『ラニ。夢の獣が怖いか』

怖い。とても怖い。
でも、それがとても嫌だ。
全部。夢の中の獣に邪魔されてる気がする。
ライモンド先生が消えたあの時だって、獣さえ怖くなければもう少し話せた筈。
そう思うと段々と腹が立ってくる。

「怖くないよ、獣なんてっ! 負けたくないっ」

迷惑な話だ。
たかが、夢の癖になんで僕の中に居座る?
僕は夢なんかに負けたくない。

「そうかぁー。まぁ、ぶつからなければ乗り越えられない波もあるしなぁ。それでこそ、海の男だ」

フラッフラな僕を前にじいちゃんは嬉しそうにニカッと笑う。

や、何の話?? 
あれ?そもそも、獣も歌も旅と何の関係が…。

「お前がぶつかる波は大きい波だぞ、ラニ。頑張れよぉー。ダメだったらじいちゃんがいつでも迎えに来てやるっ!」

「え? んん??」

「どーんと大船に乗ったつもりで立ち向かえ。…成長するもんだなぁ、あの甘えたが」

すっごい愉快そうにガッハッハと笑い、バシバシッ僕の背を叩く。
え? いや、ねぇ!? 比喩が多すぎて僕、じいちゃんが考えてる事、全く分かってないんだけど。


じいちゃんは1人で何かを満足すると、「じゃー、行ってくる」と何事もなかったかのように手を振って去って行った。
それこそ、風のようにビュオッと吹き抜けるように。

その後、涙目のエリオットに回収されて、僕、いや城にいた全員に疑問を残して去っていった。

果たしでモアナ大王は何がしたかったのか。
それはモアナ大王にしか分からない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

転生者ミコトがタチとして頑張ったら戦争レベルのキャットファイトが起きました!?

ミクリ21 (新)
BL
父親とBLゲームを楽しんでいた安藤美琴は、父親と一緒に心臓発作で亡くなってしまった。 そして気づいたら、そのゲームの世界に父親と双子の兄弟として転生していて、二人は王国軍の若い王様に保護される。 ミコトは王国軍でタチとして頑張ったり、魔王軍でタチとして頑張ったり………。 その結果、王国軍と魔王軍の戦争レベルのキャットファイトが起きてしまって!?

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...