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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

12、お酒は用法用量を守って飲みましょう

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「ぎゃー!? フィルーーっ!!」

「まぁー、これも経験の内だな。こうして、男は酒の飲み方を覚えるものだからなー、ルーファス」

「だからっ、だから、ウチのフィルは未成年…」

「と、とにかく、水と冷やすものを!! フィルっち、しっかりして!?」

最近離れ気味でもやっぱり、皇子一番のシルビオは誰よりも早くフィルに駆け寄り、介抱しようとするが……。

「で、お前はアレキウス(騎士団長の名)んとこの子だな。18かー。まぁ、飲め飲め」

「…………」

その手にはもう既にコップが握らされていた。
しかし、シルビオは倒れない。
同じ度数高めのお酒を入れられてもすいすいと飲んでいく。その様は敵討ちでもしているかのようだった。

「良い飲みっぷりだなー、若造。気に入ったぁ! ラニの婿にでもなるかー?」

「ゴフッ!? ゴホゴホっ……」

「はははっ。なーに、冗談だ。冗談。すまんな、女孫は今、居なくてな。とても残念だ」

じいちゃんの冗談に顔を真っ赤にして咽せこむシルビオ。
しかし、揶揄われたと分かると、にっこりと感情の読めない笑顔で酒をかっこむ。…おこ、怒ってる。


だが、じいちゃんは気にしない。
僕のロバ耳をにょんにょんと伸ばして(あれ?バレてる??)、スンッと鼻をすする。

「本当に大きくなったなぁ…。ラニはイリマによく似ているなぁ。きっとラニもイリマみたいに早くに結婚して離れていくのかぁ…」

何故か遠方の国に嫁に行った伯母さん、イリマの名を出し、じいちゃんはしんみりする。
ここでやっと、ロバ耳がバレないかヒヤヒヤしていたサフィールさんが口を開く。

「結婚…。もしや、ラピュセル公爵家からの婚約打診の件で来ました?」

「ん? なんだそれは?? ラピュセルとは誰だ??」

違うんかいと、一層疲れた顔でサフィールさんはここで初めて心底迷惑そうな顔をした。
その上、やっと空になったコップにまたマンゴー酒を注がれて、苦い笑みを浮かべたが、「美味しい?」と言わんばかりの大王からの期待の眼差しに何かを諦めた。

「では、何故。今回は態々レーヴにお越しに?」

「おー、実はなぁー。イリマのなぁ、俺の娘の子が、王位を継ぐそうでなー」

グイッとコップの中のお酒を飲み、サフィールさんがちびちび飲むマンゴー酒を自身のコップに注ぎ、そう溢す。


え? モアナの王族の血筋が他国の王??
そこに居た全員が揃って、その国が心配になる。

お祭り大好きで、飲んで一緒に踊って歌ったらみんな友達、みんな家族な国民性を色濃く継ぐモアナ王族の血筋がはたして、一国の王って大丈夫なのだろうか?

何かの冗談かとモアナの出身の僕含め、現在進行形でモアナのペースに巻き込まれてる人達は切に思った。

だが、残念ながら本当の出来事らしい。


「娘が嫁いだ国はこの大陸から更に北にある大陸でなぁ。長旅になるなぁー」

「成程…。旅の途中でお立ち寄りになったと。お孫様の顔を一目見にいらっしゃたのですね」

「いや」

「「「い…、いや?」」」

お酒を一緒に飲み、じいちゃんの話を聞きながらサフィールさんはそう判断して、結論付けたがじいちゃんは首を横に振る。…え? じゃあ、本当に何しに来たの??

全員が全員首を傾げていると、じいちゃんは満面の笑みを僕に向ける。

「ラニ。世界は広いぞー。この世界には様々な文化や考え方、見目形が違う人達が入り混ざって構成されている。まだ見ぬ友人がこの世の中にはいっぱいだ! 旅は楽しいぞー。知らない事だらけで発見に溢れてるっ」

急に切り出された世界の話。
まるで少年のように語るじいちゃんの姿にまだ見ぬ人達の姿を思い浮かべると自然とワクワクして、目を輝かせる。

レーヴ帝国までに来る道のりは旅だった。
色んな危ない事はあったけど、初めての事だらけでレーヴまでの旅はとても面白かった。
だから、そのじいちゃんの語る旅はとても楽しそう。

じいちゃんは僕を抱き込んだままひょいっと立ち上がる。


「ラニ。じいちゃんと旅をしよう。イリマとお前の従兄弟に会って。それからぐるりと北の大陸を回ろう」

じいちゃんから言い放たれた言葉にみんな目が点になる。
え? なんて??

我が祖父ながら突拍子もなさ過ぎて、何を言われてるか分からないうちに小脇に抱えられる。
みんなが状況を飲み込めない中、誰よりも先に動いたのはやはりシルビオだった。

じいちゃんの肩を掴み、困惑しつつもにこやかに対応する。

「お待ち下さい。大王。ラニ王子はレーヴ帝国のミューズ学園に在学中です。そこまで長期の旅となると下手すれば休学ではなく、退学です。折角、留学してきたのですからせめて卒業は…」

「まー、それもまた人生だ。元からラニには狭い国の中だけでなく、広い世界を見せる為に留学させたからなぁー。学び場が学校ではなく、世界になるだけだぞ、若造?」

そう首を傾げて、不思議そうにシルビオの顔をしばらくみて、ハッとじいちゃんは何かを察して、ガハハっと笑う。
そっか。寂しいのかとシルビオの頭を豪快にグリグリと撫でるとじいちゃんは僕を抱えたまま、おもむろに執務室の窓を開けた。

「いえ。ですから…」

「大王っ! その、ラニ王子はこちらの不手際で原因不明のロバ耳が生えてしまいまして。せめて、せめて、ロバ耳が治ってから…」

シルビオが更に止めようとしたが、サフィールさんがナイショだった筈のロバ耳の件を持ち出し止めに掛かる。だが…。

「ああ。この可愛い耳かぁー。なーに、可愛いラニが更に可愛くなっただけだ。特に問題ないだろう!」

「「いやいやいやいや、国際問題!!」」

じいちゃんは気にしなかった。
寧ろ、秒で受け入れた。

「よしっ! そういう事でよろしく頼むっ。3年後くらいに戻ってくるから土産話を楽しみに待っていてくれぃっ!」

そうニカッと笑うとじいちゃんは僕を抱えたまま、なんの躊躇いもなく窓から近くの木に飛び移った。
ついでにさっきまで居たのは3階である。
僕は勿論、絶叫した。


「ゆ、誘拐だ……」

「親族でも誘拐になるのでしょうか…」


これが後の世にも笑い話として伝わるラニ王子誘拐事件と酒豪大王テロ事件。

みんな、すぐに連れ戻そうとしたが、シルビオ以外は酒の所為で足腰がおぼつかず、2日酔いにより城の機能は2日間程停止する事になる。
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