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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

1、噂の王子(第三者視点)

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シャンデリアがキラキラと輝いている。
ダンスホールでは赤や緑やピンクなど、様々な色とドレスの花が咲き乱れ、美しい調べが会場を彩る。


貴族達は飲み物を片手に噂話に花を咲かせる。

「聞きまして? 今年の音楽祭のトリはエレン・メローディアですって」

「まぁ、奇跡の歌声と称されるあの方?」

「最近は更に歌声に磨きが掛かったと聞いたな。恋歌で右に出る者はいないと聞く」

もっぱらの話題はレーヴ帝国一の歌い手になりつつあるエレン・メローディア。
しかし、恋という話題で令息の1人がはたととある噂を思い起こす。

「恋といえば、花街一の男娼の例の話知ってるか?」

「花街一の男娼? …ああ、滅多な事じゃ、貴族王族貴族にも足を開かないという高級男娼だろ? それと恋がどうした?」

「あら、貴方、知らないの? ここ最近、社交界ではその話題で持ちきりなのよ」

「「閨の先生として呼ばれた花街一の男娼がラニ王子への恋慕が抑えきれず、襲おうとしてシルビオ様に叩き切られそうになった話」」

「ゴホッ!? ……だ、大事件じゃないか。ゴホッゴホッ」

飲もうとしていたシャンパンで咽せながら、その話題にドン引く令息。
令嬢達は「物語のようで素敵」だと頰を染め、許されぬ恋に思いを馳せる。

咽せた令息はそんな令嬢達を冷ややかな目で見つつも、なんだか面白くなくてボソリッと呟く。

「ラニ王子って、10歳そこらにしか見えないお子ちゃま王子だろ? そんな相手に経験豊富な男娼が欲情するか? 作り話だろ」

フンッと鼻を鳴らし、チラリと令嬢達を見る。
しかし、令嬢達は興奮気味で聞いてと言わんばかりに前のめりでくるので令息はその勢いに負けて遂にはシャンパンを自分に溢した。

「あら。知りませんの? ラニちゃんとっても背が伸びたのよっ! あまりにぐんっと一気に伸びたから成長痛が酷くて、毎日しくしく泣いてたのよ。あの時は可哀想だったわ」

「彼は卒業生だから知らないのよ。……小ちゃくて頭を撫でてギュッとして、『お姉さんが甘やかしてあげたい』って感じだったラニちゃんが背が伸びたら更に可愛いくて、お姉さんはもうっっ……。時折切なげに何処か見てる姿が儚げで大人になったねって、やっぱり撫でてあげたくなるのよ!」

姉……というより親の域で、ラニ王子について熱く語る令嬢達。
自身が溢したとはいえ、濡れた事すら心配してもらえず、その勢いに飲まれつつある令息をもう1人の令息が労うように肩を叩く。

「まぁまぁ、その話題はその辺りで。フィルバート殿下達もいらっしゃったみたいだ」


会場に令嬢達の感嘆の溜息がこだまする。

静かになった会場をサラサラとピンクゴールドの髪とロイヤルブルーのマントを揺らしながら颯爽と歩いて行く。
少し釣り上がった翡翠の瞳は少しキツイ印象を与えるが、目があってもフイッとすぐ目を逸らすので気まぐれな猫みたいだと令嬢達はうっとりと言葉を溢す。

そんな少し猫のようなフィルバート殿下の後ろには必ず黒い騎士服に身を包んだシルビオ・カヴァリエーレが甘いマスクで御令嬢にはにかむ。
ここで数人の御令嬢が何時もシルビオの色気にやられて脱落するが、今日はグッと堪えている。

もう1人の騎士、エリオット・ルーに続いて、ふわりとモアナ伝統のヴェールを揺らし、噂の王子が会場に姿を現した。


サラサラと銀糸の髪がシャンデリアの光を受けて、輝いている。
白と夕陽色のグラデーションが美しい羽のように幾重にも重ねられた布地の合間からは透き通る白い裸見え隠れする。
薄く小ぶりの桜色の唇を遠慮気味に閉じ、肌に影を落とす程、長いまつ毛の下には《海の花》と称される銀色の花のような虹彩が咲く深海のように深く青い瞳が隠されている。

一点の曇りもない真珠のように無垢な美しさを持つ、その王子の表情は切なげで、華やかな会場の中でも心ここに在らず。
まるでここにはいない誰かを待っているような物寂しさに思わず抱き締めて慰めてあげたいという庇護欲を駆り立てる。

「……可哀想。ラニちゃん。お腹が空いてるのね」

思わず、見惚れて先程の令息が手を伸ばしそうになる中。そう自称姉枠の令嬢が心底悲しそうな表情でそんな素っ頓狂な事を呟いた。

「え……。いやいや、どう見ても悲恋に身を焦がして」

「そうね。あれはお腹が空いてるわね。何時もは最初は緊張でフィルバート殿下の裾を掴むのを我慢しながら入ってきたと思ったら、数秒で元気に戻って、気になった人にとにかく話し掛けまくってフィルバート殿下に怒られるまでがセットだから」

「あの儚げな美人がそんな…」

「ええ。今は緊張よりも空腹が上回ってる状況ね。上の空なのはフィルバート殿下からゴーサインが出るまで食べれないから、意識を他に飛ばして、食べ物を見ないようにしてるのね…」

先程の令息はそんな筈はないと否定するが、自称姉枠はそんな令息の願望をナチュラルに一刀両断する。


しかし、その令息も、めげない。

違う。きっと、夜はあの深く青い瞳からホロホロと涙を流し、悲嘆に暮れている。
あの方には慰めてくれる相手が必要なんだと。その令息的には何も分かっていない令嬢達にため息を溢し、その令息は人の海の中を泳ぐように進んでいく。

先ずは話かけよう。
そうラニ王子を目指して進んでいくと、先に1人の青年がトントンとラニ王子の肩を叩いた。

地味めなその青年はラニ王子の前にそっと小さなサンドイッチを自身の体で隠すように差し出す。チラリと前をいくフィルバート殿下をみると「い・ま・だ」と口パクで訴える。

その瞬間、ラニ王子のどこか遠くを見ていた目がキラキラと輝き、笑顔が咲く。

「うぅ。ケニぃー……」

「いいから、早くしろ。バレる」

「ラニ。早くしろ、これを逃したら後30分は食べらんない。ケニー。俺にもっ、俺にも!!」

「安心しろ。お前の分もある」

何故か隣の騎士も一緒になり、地味めの青年からサンドイッチをもらって隠れ食べる(バレバレ)。
ラニ王子は纏っていた儚さをかなぐり捨て、頰を落ちないように抑えながら幸せそうに咀嚼する。


幸せそうに鼻歌を歌いながら笑みをこぼすその姿は男相手なのにとても可愛く、なんだこの生き物はと、さっきとは別の愛おしさで抱きしめたくなる。

だが、伸ばそうとした手は誰かに掴まれた。
はたと顔を上げるとシルビオ・カヴァリエーレがニッコリと本心が見えない笑顔を浮かべてその令息の手を掴んでいた。

「ラニ王子はモアナ王国の王族。無闇に触れないでいただきたい」

「え、えーと」

何故だろう。相手は微笑んでいるのにこのままこの男を振り切って、ラニ王子を抱き締めたら命はないような気がしたはまだ分かる。

だが、本当に何故だろう。注意喚起ではなく、今まさに自分の首が今まさに飛びかけているようなこの感覚は…。

「ごめん…なさい」

「いえ。何もまだなさってないので謝罪の必要はありませんよ。分かっていただければ」

「いえ、本当に御免なさい」


謝罪をしつつも(命乞いともいう)、まだラニ王子を目で追うので結局そのままシルビオに何処かへ連れて行かれてしまった令息。

なんか連れて行かれたな、と目の端でその光景を見つつも、シルビオが怖いのでラニ王子は見なかった事にした。

美味しい。幸せ。とサンドイッチを噛み締めていると、スパンッと頭を叩かれた。

「痛い…。何っ、何するの!?」

「お前…。主催者に挨拶もせずに何、食事を摘んでる? 食事は挨拶をしてからと言ったよな?」

「げっ! バレた!? どうしようっ。フィルにバレた?!」

「「………俺達は何も知りません」」

「後で纏めて説教してやるから黙ってろ。共犯」


ラニ王子。
16歳の春。

背がグンと伸び、表情も雰囲気も大人びたが、未だに大人への道のりは程遠い。
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