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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と
44、お子様は反抗中(フィルバート視点)
しおりを挟む何故?
最初に感じたのは純粋な疑問だった。
そして、それに困惑が交わり、頭の中でエレンの歌声とラニの元気いっぱいの笑顔とごちゃ混ぜになり、自分でも自分が何を考えているのか分からない。
「簡単な話だろう。モアナの末端の王子という肩書きは弱い。ならば、そこに第三皇子の婚約者、或いは伴侶となれば、ラニ王子を生け贄にしようと考える馬鹿も手が出せんだろう」
「兄上。守る為とはいえ、王族同士の婚約は国家が関わってきます。それに2人の将来の事も配慮して…」
「何を配慮する必要がある? モアナとの友好は強化すべき案件だろう。互いに仲も悪くないと聞く。これ以上にない良縁だろう。フィルバートも王弟の義務として男の伴侶を見繕わなければならぬ時期だろ? …なぁ? シルビオ」
時期尚早だと訴えるエラルド兄上の言葉をいなし、ユーリウス兄上はそう入り口に目を向ける。
そこには入ろうとドアノブを握ったままのシルビオの姿があり、「失礼」と騎士の礼を取るとにっこりといつも通りの笑みを浮かべた。
「…はい。きっと、ラニ王子であれば良き伴侶になられると思います」
「ああ。あれはなかなかの逸材だ。根本は素直な分、いくらでも染めようがある。あの王子はフィルバートを支え、寄り添う事の出来るだけの素養もうかがえる。それに…、染め上げるならなるだけ早めのほうがいい」
ただ状況について行けずに唖然とする俺を前にユーリウス兄上は肘をつき、ここには居ないアイツを想い、フッと笑った。
「恋のひとつでもしてみろ。あれは化るぞ。…もう既にその片鱗はででるのだろう?」
無邪気に笑い、何処までもお子様で、色気のひとつもありやしないラニ。
しかし、アイツの本質はモアナ王族そのもの。…いや、それ以上の。
天性の人たらし。
◇
何故。こうなった?
それは俺にもよく分からない。
ようやく会議から解放され、学園の寮に帰る馬車の中。俺はまだ混乱の中にいた。
あの後。
エラルド兄上の猛反対と皇帝の「同盟諸国との友好バランスを考えるのならば、我々だけで結論を出すべきではない」という言葉とユーリウス兄上とシルビオの意見が真っ向から衝突して婚約の件は一旦保留になった。
婚約の件からエラルド兄上とユーリウス兄上、2人の雰囲気は険悪になり、その後のファルハ王の対応についても全て食い違い続けた。
『一度、お開きにしましょう。このままでは埒があかない』
そのサフィール宰相の言葉でやっと空気の悪い会議から解放された。
だが、馬車の中も空気が重い。
いや、空気自体は重くないのかもしれない。
同じく乗車するシルビオは普段通りだ。
寧ろ、機嫌が良く見える。
何故…。
「何故。ユーリウス兄上に賛同する?」
疑問がついて口から出てから、はたと気付く。
兄上は最初からシルビオに話題を振っていた。それは何故か。
正面のシルビオを見やると、その紫紺の瞳が動揺する俺を映していた。
いつも通りに、堂々と俺を映して…。
「…提案者はお前なのか?」
そう問えば、いつも通りの笑みでシルビオは肩をすくめてみせる。
そして、いつも大事そうに掛けている金のロケットを剣だこだらけの指の腹で撫でると、とても優しい表情が浮かぶ。
「俺はフィルっちだけの味方だよ? 俺にとって皇帝は誰がなんと言おうとフィルバート殿下で、俺が仕えるのは生涯フィルっちだけ。……だからこそ、誤った道に進んで欲しくない。」
「誤った道? 」
「ラニ王子こそ、フィルバート殿下の伴侶に相応しい。モアナとの架け橋として王弟の地位も盤石なものとなる。……フィルっち。ラニラニと在学中に出会えたのは運命だよ」
「だが、アイツは弟分で…」
「うん。そうだね。でも、それは在学中だけだ。ラニラニは帰るよ。そして、会えなくなる。こうやって、一緒にいられる日々は終わる。……フィルっちはそれで良いの?」
そう問われて、言葉に詰まる。
今のラニの世話役としての忙しい日々が終わるなんて考えた事もなかった。
ー そうか。アイツは卒業したら帰るのか…
あの騒がしい阿呆が居なくなる。
そう考えた瞬間、ポッカリと心に穴が空いたように寂しさが広がる。
「だが、俺と婚約したらアイツは…」
「国には里帰りとして何時だって帰してあげられる。ラニラニもきっと分かってくれる。……何よりラニラニを悪意から守れる最善の方法だ」
だからお願い。
そう申し訳なさそうにシルビオが頭を下げる。
きっとシルビオとユーリウス兄上の判断は正しい。
同盟諸国内でもラニほどの好条件の縁談相手はいない。
政略結婚が多い王族間で、これ程良好な関係が築ける相手は稀有。それに…。
上手く行けば、保身派のレーヴ帝国貴族からだけでなく、ファルハ王の魔の手からも守れるかもしれない。
ー だが…。
それで本当にいいのだろうか?
それは本当にラニにとって……。
俺はラニをどう思って……。
ガタンッと音を立て、馬車が止まり、ハッと意識が現実に戻ってくる。
馬車の扉が勢いよく開き、苛立ちと不安が混ざり合った表情を浮かべるリュビオが乗り込んできた。
「遅いッ!!」
「は? え??」
「……リュビちゃん。徹夜で、今日の昼まで続く予定だった会議から昼前にかえってきたんだよ? それはないでしょ」
リュビオの奇行に眉を下げ、たしなめるシルビオをキッと睨み、リュビオは俺を腕を掴んで引っ張る。
「私には手に負えませんよっ。あんのッ、お子様っ!!」
「は? いや、本当に何があったんだ!?」
「ストライキですよ。ストライキっ! あの王子、朝から部屋にこもって授業に出ない所か。食事すら食べに出てこない。侍女達も拒否して、菓子で釣っても出てこない」
「……どういう事だ」
「全くっ、心配掛けさせてッ。どうせ、あの事でしょ? 朝から学園はその話題で持ちきりですしね」
全くっとため息をつき、リュビオから語られた今日の学園であった事に少し驚きつつも納得した。
本当にあのお子様はやる事なす事が突拍子もない。
悩んでいる暇すらないじゃないかッ!!
全く、しょうがない阿呆だと、一回ベッドで休む事を諦めて、ラニの部屋に直行する。
すると部屋の前ではラニの世話を任せた侍女達とエリオットが心配そうな表情で立っていた。
どうやら友人すら拒否しているらしい。
「今、戻った。ラニどうだ?」
「フィルバート殿下っ! その…、昨日の夜から部屋に入れてもらえなく状態です」
「夜。何処かに出掛けられてからずぶ濡れで帰っていらして。湯浴みをお勧めしたのですが、もう寝るからひとりにしてほしいと」
「せめて食事はと、扉の前に置いても食べてくださらなくて。とてもっ…、とても心配でっ……」
相当酷い荒れ方のようで、侍女の1人は泣き出してしまった。
本当にしょうのない奴だと持っているマスターキーで鍵を開け、ドアノブを捻るが、その手をエリオットが掴み、首を横に振る。
「殿下…。ほっといてやってはくれませんか? アイツ、本当に参ってるっぽいんすよ。今日1日だけでいいんで」
「……分かった」
そう頷くとエリオットはほっと胸を撫で下ろし、俺の手から手を離す。
そして俺はドアノブから手を離……さず、扉を開け放った。
「とでもいうと思ったか!! そんな事知るか! グダグダしてたって何も始まらんだろっ」
「ごういん、強引すぎやしません!? アンタ、見た目に似合わず、体育会系過ぎやしませんか!!」
嘘だろ!?と目をひん剥くエリオット。
あれだろ? お前が言いたいのは時間が解決してくれる的な事だろ。
馬鹿馬鹿しいッ。時間は解決などしない。
ただその時の感情と記憶を薄くなるだけだ。
クヨクヨしてる時間など5分で充分。
何か行動してこそ意義がある。せめて、時間に頼るのは行動した後だ。後。
「強行突破…」
俺を連れてきたリュビオがラニを憐れむように呟いたが、知らん。
さぁ、首根っこでも掴むかと部屋に入ると、部屋は明かりひとつ付いてなく、暗い。
何故だか湿度と高い気がする。
雨降ったの昨日の夜だろ?
明け方には止んで、今快晴だぞ。
全く、しょうがない。
「おいっ! ラニ!!」
そう呼べばもぞりとベッドが動いたが、奴は無言だ。反抗期か?
部屋の明かりをつけ、今すぐブランケットを剥いでやりたい衝動を抑えて、深呼吸する。
俺だって落ち込んでいる相手を雑に扱う程、鬼畜ではない。
ベッドに腰掛け、出来るだけ刺激しないように優しく話し掛ける。
「そのー。あれだな。とても残念だったな」
「…………」
「だかな。落ち込んでたってしょうがないだろう。別に今生の別でもあるまいし」
「ッ! ………」
「まぁ…、本当に急だったもんな。ライモンドが学園を辞めたのは」
「…………辞め…た?」
あれだけ、懐いていたんだ。
突如、ライモンドが教職を辞した事はとてもショックだったのだろう。
そう思い、掛けた言葉だった。
だが、やっと返ってきた言葉は疑問形で、違和感を覚える。
パサリッと被ってたブランケットがベッドに落ち、宝石のように綺麗な深海色の瞳を赤く晴らした酷い顔のラニがそこにいた。
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