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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

28、まさかね

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…。
…………。


「……い。…目を……したから」

「…が落ち……から」

…。
…誰かの話し声が聞こえる。

「うっ、う…。俺がっ…、俺が足を滑らしてっ、崖から落ちなかったら…」

「違う。俺が目を離したのが行けなかったんだっ…」

泣き声が耳に聞こえて、意識が浮上する。
薄らと目を開けると、エレンがしゃくり上げながら泣く姿と俯く皇子の姿が見えた。
その背後にはシルビオが険しい顔をしていている。

「……ごめん。ちゃんと待ってなくて」

まだ重い瞼を開け、そう声をかけると、思った以上に自身の声が弱々しくて驚く。
でも、それ以上に顔を上げてこちらを見た皇子の顔が憔悴しきっていて、罪悪感が勝る。

「阿呆っ、謝るなッ」

「だって、待ってるって言ったのに、待てなかった」

「うるさいっ。お前の所為じゃない事くらい、分かってる。分かってるんだっ…」

強気な口調に相反して、その翡翠の瞳が潤み、ポタリッポタリッと雫が落ちる。
その涙がバレないように乱雑に拭い、これ以上溢れないようにと唇を強く結んだ。

これ以上、喋れなくなった皇子の代わりにシルビオが険しい表情を解き、柔和な表情で語り掛けるように口を開いた。

「ラニラニは森の中に居たファルハ人達に追われて、落ちたんだよね?」

「うん…。逃げようと思ったらぬかるみに足を取られて落ちちゃったんだ」

「そっか。教えてくれてありがとう。…怖かったね。でも、もうその人達は捕まったから安心して、ゆっくりと体を治してね。何も心配しなくていいから」

「うん」

「じゃー。オニーサンは部屋の外に立たせてるエリオットと交代してくるから、何かあったら遠慮なく、声掛けてね」

「うん」

シルビオは僕にニッコリと微笑み掛けると、泣いているエレンをじっと見て、一瞬、眉間に皺を寄せたが、またすぐに笑顔に戻って部屋を出ていった。

泣いているエレンは痛そうに左足を庇っているものの、どうやら、左足と身体の擦り傷以外は怪我を負っていないようで、ホッとする。

「エレンは本当に大丈夫?怪我はない?」

「う、うん…。ぐすっ…、ないよ」

「そっか…。良かった…」

「うぅ…。ラニちゃんは優し過ぎるよ。ラニちゃんの方が俺が居なくなった所為で重症なのにっ…」

声を掛けたら更に泣き始めてしまったエレンにどうしようかと困惑して、目を泳がす。
皇子は皇子でエレンの前で触れようとした手を宙で泳がして、あたふたしている。

やはり、肝心な所で奥手な皇子だなと苦笑を浮かべる。

エレンを宥めようと起きあがろうとしたら横から綺麗に整えられた手が、スッとお腹の辺りに乗せられて、起き上がるのを阻止する。

「ダメよ、ラニちゃん。頭を強く打ってるから寝ててちょうだい」

何時も通りのオネェ言葉でそう声をかけると、フッと現れたライモンド先生は僕に優しく微笑み掛け、寒くないようにブランケットを掛け直した。

泣くエレンを前にライモンド先生はエレンの頰を優しく挟むように両手で触れた。

「ほーら、泣かないのっ」

「だってっ…、だって、俺の所為でっ…。優しくしてもらうっ…価値なんてッ…ないのに」

「そう思うのならその優しさに応えてあげなさい。……貴方の思う優しいラニちゃんなら貴方が何時までも泣いていたら自分の事を後回しにして心配してしまうんじゃないかしら?」

ライモンド先生に諭されて、涙に濡れるエレンの空色の瞳がやっと僕の顔を見た。
またブワッと空色の瞳に大粒の涙が浮かんだが、なんとか堪えて、僕の手をギュッと祈るように握った。

「ごめんなさい。焦らずゆっくり早く元気になってね」

「……う、うん」

エレンはまだ興奮が冷めきってない様子で、そう謎発言を残して、何もない所で転けかけながら部屋を出ていく。

アレは駄目だ。絶対、余計な怪我を作りかねない。

皇子を目配せすると、僕と同じ思いだったようで、頷いて皇子が追って部屋を出ていく。

そんな2人をライモンド先生と見送り、部屋に残ったライモンド先生と顔を見合わせて、笑った。

「僕は早く元気になった方がいいのかな? ゆっくりでいいのかな?」

「アレは早く治って欲しい気持ちとゆっくり養生して欲しいがせめぎ合った結果ね。そそっかしいエレンらしいわ」

「……うん。元気で良かった」

エレンが元気な事が分かるとドッと眠気が押し寄せてくる。
ライモンド先生は口を強く結ぶと、優しい優しい笑みを浮かべて、僕の寝るベッドの前の椅子に腰掛けた。

「…ねぇ。僕、どうなってるの?」

「頭が少し切れてたから五針縫ったわ。転落の衝撃から頭を庇った左腕が折れてる。お医者様の話だと内臓は無事なそうよ」

「そう…。そのくらいで済んで良かった…」

「もう寝なさい。…結構な大怪我なのよ? 左腕で庇ったとはいえ、頭を打っているのは怖いわ」

「うん…」

「そばに居るから」

「うん。寂しくないね」

ライモンド先生の『そばに居るから』という言葉に安心して自然と笑みが溢れる。
無事な右手でライモンド先生の顔に手を伸ばすとライモンド先生は触りやすいように顔を寄せた。

ライモンド先生の目尻に触れ、頰に触れ、その桜色の唇に触れた。

その唇は思った以上に柔らかくて、夢の中で自身の唇に触れたあの柔らかな感触を思い出して、自身の唇に触れ、目を丸くした。

「まさかね…」

「どうしたの?」

「うーうん。なんでもない。…寝るまで手、握って欲しいな。なんて」

「ふふっ…。ささやかなお願いね。もっと、我が儘言って良いのよ?」

「じゃあ、ずっと…が、良いな」

「ええ。貴方が望むならずっと…」

右手を温かなライモンド先生の手が包み、その温もりに微睡む。

「おやすみなさい。良い夢を」


ラベンダーの香りがする。
その安心する匂いも温もりも感触も声も全て夢と一緒で、どちらが夢だか分からなくなる。
何処から夢だか分からなくなる。

故郷の歌の歌を聞いたのも。
あの柔らかな桜色の唇が触れた感触も全て。
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