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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

26、消えた主人公

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「……こんな暗がりでそんなに近付いて一体何をしているんだ、お前達は」

「「……………」」

ジェルマンは僕達を見て固まる皇子を見て、深くため息をつき、名残惜しそうに僕の腰から手を離す。手が離れ、僕はやっと地面にへたり込めた。

ー 怖…、怖かった

ジェルマンは怯える僕を見て、少し申し訳なさそうに手を差し伸べる。
少し躊躇ったが、僕がその勢いに呑まれただけで別に酷い事をされた訳ではないので、有り難く手を貸してもらう。

「……ありがとう」

「…いや。怖がらせて悪かった」

「後、ごめん。9割方、ジェルマンさんの話、聞いてなかった。ごめんなさい」

「………そうか」

悲しそうに見えるジェルマンの無表情に居た堪れない気持ちになり、俯くが「…俺が気を急いだ所為だ」とフォローしてくれる。
彼は皇子より精神が大人で紳士だった。


「……フィル。それで。どうした」

「あ、ああ。俺とペアだったエレンが急に消えて、探しながら道を戻っていたんだが」

「僕達はエレンに会ってないよ。誰ともすれ違ってない。エレン、途中で道を間違えたとか?」

「……そんな筈はない。このルートは。一本道だ」

「じゃあ、本当になんで消えたの?」

かなり気まずいが、お互いに気を取り直して、先程まで取り乱していた皇子に訳を聞くと、まさかの主人公失踪事件勃発。

ジェルマンが一応、持っていた地図を出すが、ジェルマンの言う通り、僕達のルートは一本道。道として開けてない森の中を意図して進もうと思わない限り、迷子になる可能性はゼロだ。

…と、なると。

「……皇子。エレンに何かした?」

じとっと疑いの目を皇子に向ける。

「お、俺がエレンに何をすると言うんだッ」

「…………」

「なんだその目は!!」

どうせ、無駄な所で俺様が発動して壁ドンやら何やらやったんだろう。
それか悪い方向にツンデレな態度をとって、機嫌を損ねたか。

疑う僕に憤慨して皇子は叫ぶように反論した。

「俺はッ、俺は何もしていないッ!! …確かにエスコートしようと手は差し伸べたが、断られたくらいだ!!」

皇子の悲痛な叫びが暗く人気のない森にこだまする。

その叫びにジェルマンは不憫だと感じたのか、ポンっと慰めるように皇子の肩を叩いた。

僕は僕で泣きたくなった。
手を繋ぐのも拒否されたんだねっ…。


「と、とにかく!! せめて、前方の安全は確保しようと前を歩いていたら不意に消えたんだ。本当にすれ違ってないんだな!?」

「う、うん。そうだね。なら、本当になんで、消えたんだろうね…」

「……そうだな。闇雲に探すより。先生方に報告して。探してもらった方がいいだろう。俺は本当に逆走してないか。確認しつつ。スタート地点に戻って。先生方に報告しに行こう」

「なら、俺とラニは消えた周辺を確認しつつ、先に進んでないか確認しながらゴール地点にいる先生に報告しよう」

ジェルマンは少し僕をチラリと見たが、スタート地点に向けて走っていく。
別れるならランタンを渡した方がいいかと思ったが、ジェルマンは足が早く、もう見えなくなっていた。

「…今度はジェルマンさんが失踪しないよね」

ランタンを持っていかなかったジェルマンが心配でそう皇子に声を掛けるが、皇子は言葉を返してくれない。
青い顔でソワソワしていて、全く僕の声が届いていない様子。


その様子にしょうがないなとため息をつき、皇子の手を握る。

握った皇子の手は汗で冷たくなっていて、その冷たさに苦笑を溢す。
手をいきなり握られて、ビクリッと肩が跳ね、皇子の翡翠の瞳がやっと僕を映す。


「…案外。皇子を置いて先に行っちゃっただけかもよ?」

「お前ッ!!」

「だからきっと大丈夫だよ。まー、気楽に行こうよ」

気楽に行こう、そうニッと笑いかけると皇子は強ばらせていた身体が脱力するようにため息を付いた。

「…お気楽な頭だな」

「褒め言葉と受け取り申すよ!」

「褒めてはいない。お前はもう少し緊張感を持て」

焦っていたこっちが馬鹿馬鹿しくなると頭を抱えるが、その広角は少し上がってる。本当に素直じゃないね。


ゆらゆらと揺れるランタンの明かりで街灯があっても薄暗い森の道を照らしながら気を取り直した皇子と進む。

隣を歩く皇子は何時もの様子を取り戻し、進む道を見ながら冷静に何処かで道を間違えるような場所がないか探している。
そんな皇子にホッとしつつも僕の内心は穏やかじゃない。


『攻略対象と共にではないと乗り越えられない大きな試練にエレンがぶつかったらどうなるのでしょうね』


責めるようなグルグル眼鏡先輩の言葉とエレンの右頬に出来たあの切り傷を思い出し、ざわりと心が波立つ。

おそらく、エレンが失踪したのは《イベント》が発生したからだろう。
もしかしたら危ない事に巻き込まれているんじゃないかと考えるとズキズキと胸の辺りが痛い。


「ここだ。ここでエレンがいなくなった」

はたと皇子の声に顔を上げる。
エレンが消えたのは先程の森の道とは違い、幹が見えないほど葉が生い茂った木々の壁で囲まれた一本道。

とてもここから途中で脱線したとは考え難い。

足元が他の道と比べるとぬかるんで滑りやすいが、転けたからって失踪しないだろう。

ー 怪奇現象?

本当に何故、消えたのか分からず首を傾げる。
繋いでいた手が引かれて、「行くぞ」と先を急ごうとする皇子を制止する。

「僕、ここで待ってるよ」

「は?」

「もしかしたら、本当に迷子になってただけで、エレンがここに戻ってくるかもしれないでしょ?」

「いや、お前を1人にする訳には…」

「一歩も動かずにここで大人しく待ってるよ。エレンを早く見つけてあげたいし」

本当にここから居なくならないよなと言わんばかりに僕を疑わしげに見てくる皇子の前で絶対に動きませんよという確固たる意志でランタンを抱えてしゃがむ。

「心配なら早くゴールにいる先生に伝えて戻ってきてよ。僕も薄暗い森で1人は嫌だよ」

「しかし…だな」

「僕が1人でゴールに行く方が心配でしょ? どうする? 僕を置いていくか、僕にゴールまで行かせるか」

「……ここで待っていてくれ。すぐ戻る」

「りょーかい」

心配そうに何度も振り返る皇子にヒラヒラと手を振り、皇子の走り去る姿を見送る。

やがて、姿が暗闇の中へと消えていくと、途端に寂しくなり、寂しさを紛らわせる為にランタンに照らされた地面を見つめた。

ぬかるんだ地面にはいっぱい足跡が残っていた。
大きな足跡。小さな足跡。自身の足と見比べて、一人の寂しさと退屈を凌ぐ。


残った理由は罪悪感。

もし、僕の存在の所為で、《シナリオ》が狂っていて、エレンが苦難を前に苦しんでいるのだとしたら、早く見つけたい。
だから、僕が出来る事を選んだまで。

もし本当に道を外れてこの辺りで迷子になっているならランタンを持つ僕がここに居れば、道標になるかもしれない。
そのくらいなら僕にも出来る。


早く見つかるといいなと地面を眺め続けているとぬかるんだ地面の一部が抉れている足跡を見つけた。

その抉れ方はまるで転けたかのようにぐりっと抉れていて、「まさかね」と冷や汗を掻く。

ー まさか。本当に転けて失踪したの?

この抉れた足跡がエレンのものと決まった訳ではない。
だが、エレンのドジっ子属性を考えると違うとも言い切れない。

ー いや。でも、転けたからって失踪する?

もし、ここで転けたとしてもこのモッフモフに生い茂った木の葉が受け止めてくれる筈。


流石に転けて失踪はないなと首を横に振り、地面を見るのにも飽き、顔を上げるとモッフモフの木々の合間から明かりが見えた。

一瞬、道に迷ったエレンのランタンの明かりかと思い、明かりを持つ人物に声を掛けた。

しかし、そこではたと思い出す。
ランタンは1ペア1個支給で、エレンのペアは皇子がランタンを持っていた事に。

ー え…。じゃあ、あの明かりは?


急に怖くなって、後退る。

明かりは少しここから遠いが、僕の呼び掛けに吸い寄せられるかのように近付いてくる。

近くなり、その明かりが照らし出したのは一人の髭面男。
アランビアンナイトの世界から抜け出してきたかのようなその髭面の男は僕をその瞳にとらえると獣のようなギラギラとした目になった。

ー ファルハ人!?

何故、こんな道を外れた森の中にファルハ人がいるのか。
よく見れば、明かりは一つだけではなく、一つ二つとまた増えていく。

お祭りの日の路地裏での誘拐未遂事件が脳裏に浮かび、逃げないとと慌てて立ち上がろうとした。

しかし、立とうと力んだ足がぬかるみに取られて、ズルッと滑った。
そのまま後ろへ身体が持ってかれ、モッフモフな木の葉の間を小枝をバキバキ折りながら通り抜ける。

「は?」

モッフモフな木々は僕の身体を支えてくれる事はなく、僕の身体は木々の中を通り抜け、突如浮遊感に包まれる。

「え??」

ぐんっと下に身体が引っ張られて、身体が逆さまになって、見えたのは木の天辺。
木の天辺に向けて僕の身体は落ち…、落ち!?

「嘘でしょぉおおおおお!!!?」

そこで僕はやっと理解した。
あのモッフモフな木々の外は崖で、僕は崖から落ちたのだと。

木の枝に身体をぶつけながら、僕は地面へと吸い込まれるように落ちた。


「ラニちゃんッ!!」

身体に強い衝撃と鈍い痛みが走り、意識が飛ぶ中。
誰かが僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
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