上 下
38 / 119
第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

7、ついにここまで来たか…(遠い目)

しおりを挟む
荒れ狂う海の中。
波に乗り、風に乗り、聞こえてくるのはローレライの歌声。

その歌声は跳ねるように踊るように自由に響き、海で遭難したもの達を勇気付ける。

大きな船を呑み込むほどの大きな波で粉々になった船の木片に縋るように情けなく身体を寄せ、刻々と体温が奪われる恐怖の中で見たそれを俺は一生忘れない。

船首に立つ白いヴェールと衣に身を纏った1人の子供。
嵐の中でも輝く宝石のような青い瞳を伏せ、その小さな口から奏でられる希望の歌。

まるでこの世のものではないような神秘的な光景に産まれた時から凍っていた筈の心の臓が震え、激しく脈を打った。







滑らかに舗装された道を馬が馬車を引いて進んでいく。
砂に覆われた祖国と違い緑豊かで鮮やかなレーヴ帝国の街の光景を窓からつまらなそうに眺める鳶色の瞳。
男は綺麗に整えられた黒い髭を撫で浅黒い肘を窓枠についた。

「首尾はどうだ」

男はそう誰の気配もない扉に話しかけた。
すると、扉の窓にスッと人影が映り、ガチャリッと走る馬車の扉が開く。

入ってきた人物は風で靡く、長い栗色の髪をシミのない若々しい白い手で耳に掛けると、男と同じ鳶色の瞳で男を映す。

「上々…。と言いたい所ですが、貴方様の弟君、ルトゥフ様が少々邪魔ですね」

「あの愚弟か。俺を恐れて国から逃げた臆病者が今更、俺に反旗を翻したか?」

「いえ、貴方に殺されないように必死のようですよ。必死過ぎてことを急いだようでして…」

口を手で覆い、クスクスと笑うと栗色の髪の女はスッと紙の束を差し出した。男はその紙の束に目を落とすとハッと鼻で笑い、不要とばかりに紙束を落とした。

「アイツにしては上手くやった方ではないか?」

「この情報を横流しした時期の問題ですね。後1日、遅く出してくれさえすれば、私が危険を犯して動く必要がなかったのですから」

「ハッ!相変わらず、間の悪い奴だ」

バサリッと落とされた紙束には『ファルハ王国からの奴隷名簿』という表紙で飾られ、中には奴隷を買った貴族達の名前がズラリと書かれていた。

そして、貴族の名の最後には『奴隷達はファルハの諜報員。彼等は皆、貧困層で貧困から抜け出す為に奴隷になりすましている』と記されていた。








どんよりとご機嫌斜めな空。
首脳会議に遅刻したファルハ王がやってきた日の空は今にも一雨降りそうな曇り空だった。


モアナではこういう日の空の時は西の海を皆んなじっと眺めてる。

大体、モアナがこういう空の時はモアナの西にある《魔の海》と呼ばれる海域では大嵐で、それを知らずに入ってきた他国の船が海難事故を起こす。

誰かが溺れて死ぬのは可哀想。
友達になれるかもしれない相手が死ぬのはなんか悲しい。

大概、《魔の海》に入る船は領海侵犯、許可を得ずにモアナの領海に侵入してきた船。
それでも何時だって楽しく大勢の人と騒いでいたいモアナの民は酔狂にも暴れ狂う海に助け船を出す。

だからつい、僕も癖で西の方角を眺めてしまう。


でも、今は癖…というより現実逃避をする為に西の方角を眺め、そして、プラン、プランと揺れる自身の手足を見やる。
地面に付かず行き場のない身体がゆらゆらと揺れ、重力で地面に引っ張られてる。

ー ついにここまで来たか…

風を切り、スタスタと僕を運ぶ長い足。
僕達と通り過ぎる生徒は皆、一様に足の持ち主を見て頬を赤らめる。

頬を赤らめる生徒達に騎士の正装に身を纏ったシルビオが微笑みを返す。

「ギャーーッ!!素敵っ!!」

「シャロン嬢っ!?」

「誰かっ!誰か!!シャロン嬢がシルビオ様の笑顔にやられて気絶したぞっ!?」

また1人また1人と何時もの2割増しキラキラしているシルビオを前に絶叫してぶっ倒れていく。
そんな生徒達にビクッと怯えつつ、僕は、ついに僕が歩く事さえ、却下したシルビオを見上げて叫ぶ。

「あ、歩けるよ!?僕、歩けるよッ!!!」

「…………」

「うぅ…。なんで? なんで無言なの…。あれでしょ、お祭りでしょ!? お祭りで迷子になったのは不可抗力だってぇーッ!!」

何を叫んでも答えてくれないシルビオに捕まったのは数分前。
久々にぐっすり寝れて、清々しい朝を迎えたベッドでの事。

まだちょっと眠い目を擦って、少し開けた瞬間、シルビオの顔がドアップであって、僕は朝イチで叫んだ。

状況が全く飲み込めず混乱し、びっくりした拍子に腰を抜かして立てない僕の身体を白い手袋を付けた手で散々弄ると、服を脱がし、テキトーに着せ替えしてヒョイっと僕を小脇に担いだ。


その顔は何時ものように笑顔なのに陰りがあり、雨の降りそうな今のこの空と同じに見えて、心配……というより、なんか怖い。
多分、何か落ち込んでいる様子なのだが、その奇行行動が怖い。

ー 僕は一体何処に連れて行かれるのだろう…

スンッと鼻を鳴らすと、ピタリッとシルビオが立ち止まり、紫紺の瞳と目が合った。

目が合うと、「はぁ」と軽く溜息をつき、シルビオは自身の身に付けていたマントを外して僕を包むと、公衆の面前で姫抱きの刑に処した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

転生者ミコトがタチとして頑張ったら戦争レベルのキャットファイトが起きました!?

ミクリ21 (新)
BL
父親とBLゲームを楽しんでいた安藤美琴は、父親と一緒に心臓発作で亡くなってしまった。 そして気づいたら、そのゲームの世界に父親と双子の兄弟として転生していて、二人は王国軍の若い王様に保護される。 ミコトは王国軍でタチとして頑張ったり、魔王軍でタチとして頑張ったり………。 その結果、王国軍と魔王軍の戦争レベルのキャットファイトが起きてしまって!?

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...