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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

33、拝啓ローレライ様①(エレン視点)

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昔。昔のその昔。

海の神様と人間が恋に落ちた。
やがて、二人は愛し合い、ひとりの女神様が産まれた。

ローレライと名付けられたその女神様はとても心の優しい女神様で、その美しい歌声を波に乗せ、風に乗せ、嵐に彷徨う船乗り達を陸へと導いてくれる。



轟々と荒れ狂う嵐の日。
危ないと院長先生に止められる中、どうしてもあの歌声を聴きたくて俺は船着場で耳を澄ませる。

波の上を跳ね、風に踊らせ、聞こえてくるのは優しい歌声。
嵐の日にしか聞こえないその歌に魅せられて、胸の中に息付いたその歌は今も俺を魅了して歌えと背中を押す。

拝啓、ローレライ様。
俺の歌声は貴方に届いてますか?







ハラハラと勢いよく落とした楽譜が宙に舞う。
芝生に転げ見上げれば、吊り目がちな瞳と目が合った。

「貴方。恥を知りなさい」

プラチナブロンドの縦ロールをファサリッと後ろに流し、忌々しげに御令嬢がこちらを見下している。


彼女の名はコンスタンチェ。
侯爵令嬢で時期皇帝である第二皇子の婚約者。
俺より2つ年下だが、学園でも社交界でもカースト上位に常に立つ彼女の派閥に俺、エレン・メローディアは嫌われている。

先程も中庭を突っ切ろうとした所、彼女の取り巻きの1人である御令嬢に足を引っ掛けられてすっ転んだ。

持っていた楽譜は芝生に散らばり、その1つはコンスタンチェ様に踏みつけられている。


「あの…、楽譜」

「貴方、貴族とは言えど、たかが男爵家に引き取られたからって調子に乗られているのではなくて?」

「そんな…、調子になんて…」

「平民出風情が、フィルバート殿下に見初めてもらおうなんて烏滸おこがましい。たかが、男爵家に引き取られただけで調子に乗り、殿下を誘惑するなど恥を知りなさい」

「誘惑なんてしてません。俺はこの学園で歌を学びにっ…」

「あら。誘惑していないならフィルバート殿下が貴方に一方的に想いを寄せているとでも言いたいのかしら? …まぁ、なんて高慢なの」

フンッと鼻を鳴らすとコンスタンチェ様は楽譜を足で踏みにじり、言いたい事だけ言って、去っていく。

踏まれてぐちゃぐちゃになった楽譜は靴についた土で所々音符が読めなくなっている。


「折角、初めてソロパートをもらったのに…」

ライモンド先生にどう説明しよう。
この前もライモンド先生の研究室ですっ転んだ拍子に机の上にあったコーヒーをぶち撒け、楽譜をダメにしたばかりなのに気が重い。


「本当にただ、歌いたいだけなのにな…」


嵐の日に聴いたあの歌声に魅せられて、いつの日かローレライの歌を歌えるようになりたい。

そう独学で歌を練習し続け、縁あってメローディア男爵の養子として音楽の最高峰であるミューズ学園に入学を果たしたというのに…。


ここでは楽しく歌も歌えない。
前のように歌が楽しいと思えない。



廊下で楽しげに友達と歩いている同級生達の姿が見える。

俺も男爵に引き取られる前は孤児院の仲間達に囲まれて笑いあっていた。

入学した初日に何故かフィルバート皇子に目をつけられて、皇子が俺に近付くものを睨むから誰ももう俺に近付こうともしてくれない。

そう未練がましく同級生達を見つめて、ハッと我に帰り、頭を横に振る。
自身の両頬を挟むように叩いた。


「楽しくないからなんだ。ここでならもっと歌が上手くなる。楽譜だって読めるようになったじゃないか。メロディーしか知らない夢のローレライの曲の譜面だって、もしかしたらこの学園にならあるかもしれないっ…」

波の上を跳ね、風に踊らせ、聞こえてくるのは優しい歌声。
胸の中に息付いたその歌は今も俺を魅了して歌えと背中を押す。

顔も知らないローレライに少しでも近付きたい。
ただ幼き日の初恋の歌声にあの歌が歌えるようになれば、また会える気がしたから。

「頑張らないと」

歌って歌って、歌い続けて。
それで血反吐を吐いたとしてもあの歌声に届くまで何度でも。
例え、この先ずっとひとりでも俺は歌い続ける。

グッと寂しさを押し込めて、落ちた楽譜を拾い集める。
だが、最後の一枚の楽譜が風に飛ばされ、中庭のミューズの噴水の方へと飛んでいってしまった。


音楽の神ミューズの姿が形取られた噴水はレーヴ帝国の数ある噴水の中でも大きい。大理石で出来ていてとても美しいのだが、素直に美しいとは思えない。

この池並みに広い噴水で何度私物を捜索する羽目になった事か。


とにかく、良い思い出がない。
今だって風に飛ばされた楽譜が今にも噴水に落ちそうだ。

「まっ、待ってーーっ!!」

慌てて走り出そうとしたが、バシャンッという音とともに噴水から大きく水飛沫が上がった。


「おおっと、悪い悪い。足が長くて引っ掛かってしまったか?」

意地悪そうな少年がフンッと鼻を鳴らし、噴水の中を見下ろす。

噴水の中では少年が腰まで水の中に浸った状態で座っていた。
ふわりふわりと飛んだ楽譜がその少年のキラキラと陽光を受けて輝く銀糸の髪の上に舞い降りた。

少年は舞い降りた楽譜を手に取り、首を傾げる。

「ん?楽譜??」

「おいっ、貧乏平民ッ!俺を無視するな!!」

「あー、ごめんごめん」

少年は楽譜が濡れないように噴水の縁に置き、風で飛ばされないように石を置くと、ぷかりと水の上に身を任せる。

状況からみるにあの銀糸の髪の少年は意地の悪そうなあの少年に足を引っ掛けられて噴水に落ちたよう。
だけど、銀糸の髪の少年は全く気にしてないようで、それどころか気持ちよさそうに水の上で目を細めている。

「お前如き平民が隣の席だからとコンスタンチェ様に気安く話ッ…」

「ああ、あれでしょ。コンスタンチェコニーのあの魅惑的なドリルの誘惑に負けて、ビョンビョンッ、引っ張って遊んだ件でしょ」

「違うっ、人の話を聞っ。……あれ? いや、ちょっと待て。コニー?? ドリル???」

「僕も流石に女の子の髪の毛で遊んだのは悪かったと思ってるよ。エリオットと両側からにょんにょん、あの魅惑的なドリルを伸ばして、ビョンって戻るのが楽しくて何度も遊びました。ごめんなさい」

「いや、本当に何やってるんだ、お前はっ!?」

おそらく俺が遭遇したのはイジメの現場だと思われる。
だけど、銀糸の髪の少年のあまりのマイペースさに呑まれてイジメようとした相手の方が空回りして可哀想な事になっている。

それにしても…。

「ドリルって、コンスタンチェ様の縦ロールの事だよね…」

あの侯爵令嬢で第二皇子の婚約者であるコンスタンチェ様の縦ロールを銀糸の髪の少年はバネみたいに伸ばして遊ぶという、命知らずさに思わず苦笑する。


つい楽譜を回収するのも忘れて銀糸の髪の少年の動向に目が行ってしまう。

銀糸の髪についた水の雫は陽光で宝石のようにキラキラと輝き、深海のように青い瞳は楽しげに揺れる。
向日葵のように太陽の下で大輪の花を咲かせるその笑顔は見ているだけでつられて楽しくなってくる。

「まぁまぁ、ケニーもさ。カリカリしないで楽しもうよ。…はい。お返しね!」

足を引っ掛けた意地悪少年ケニーの腕をとって、噴水の中へと銀糸の髪の少年は誘う。
驚くケニーに「今日は暑いから水気持ちいいねっ!」と笑い掛けると「えいっ」とケニーの取り巻きに水を掛けた。

「こんなにこの噴水は大きいのに皆んなで水浴びしないなんて勿体無いよ。皆んなも入れば良いのに」

「貴族である私たちが噴水で水遊びなど低俗な遊びっ…」

「貴族も平民も楽し事の前では関係ないよ。やりたい事はやりたい。楽しい事は楽しい。きっと楽しいよ?みんなで遊んだらもっと楽しいに決まってるっ!」

遊ぼうよと、屈託のない笑顔で自身をいじめていた相手に手を差し伸べた。
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