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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

32、僕の…、僕の所為?

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『ラニッ!しっかりしろッ、ラニ!!』


発作を自覚したのは何時だっただろう。

下手な歌でも昔は誰の前でも歌えていた。
なのに唐突に息が出来なくなった。


気付いた時には何時の間にかに歌えなくなっていた。
理由も原因も分からず、何時の間にかに…。


「本当になんで歌えなくなったんだろ」

欠伸をかき、やっぱり何日経っても消えないロバ耳をいじりながら自身のクラスに向かう。

久々に発作を起こしてから、倒れる時の夢を見る。
別に今までそれを辛い思い出なんて思った事もないのに繰り返しその夢だけを見る。その所為でほんの少し寝付きが悪い。

「眠い…」

ご老人並みに元気な皇子に叩き起こされ、問題を起こさないように2年生のクラス近くまで引率される。

「貴方達流石に過保護過ぎますよ」とドン引きするリュビオに、「じゃあ、止めてよ」と訴えてスルーされるのも最早朝の恒例行事になりつつある。
元々朝の弱い僕に護衛の件でシルビオと喧嘩する余裕はない。


やっぱり、眠くてふわっとまた欠伸をかく。
授業が始まるまで机で突っ伏して寝てようと心に決め、教室に入ろうとした。

「わぷっ!?」

ボスンッと、何か大きなものにぶつかり、何事!?と顔を上げる。
ぶつかったそれは固く巨大で、とても高い視点から見覚えのある翡翠の瞳が僕を見下ろしていた。

「ジェルマン・ラピュセル…さん?」

何故ここにあのファンシーなお茶会の時の人が!?とまだ覚醒していない頭が突然の出来事に状況を処理出来ない。


ジェルマンを足元から頭の天辺まで見上げて首が痛くなる。

お茶会の時は少し遠くに居たから気付かなかったが、デカイ。
下手したら僕が二人入るんじゃないだろうかと馬鹿な事を考えているとジェルマンが何かを差し出してきた。

「……………やる」

そう無表情で差し出されたその図体には合わない可愛い可愛いクマのぬいぐるみ。
差し出されたので思わず受け取ったその可愛い可愛いクマさんはふわふわな銀色の毛並みに深海のような青い瞳をして、首には翡翠色のリボンが巻かれている。

何故だろう。とてもこのクマさんに既視感があるのは。
きっと、クマさん色合いが僕に似ているように見えるのは気の所為に決まってる。

「……ラニ王子をイメージして作った」

「そ、そう、ですか」


似てるんじゃなくて、まんま僕でした。
しかも手作りベア。

内心、マジか…と、タラタラと冷や汗をかき、クマさんを無かった事にするべく、スッと返そうとするが、ジェルマンは受け取らない。

無言でジッとこちらをただ見つめる翡翠の瞳が怖い。
何故、お茶会でチラッと会っただけの面識しかない僕に僕色のクマさんを渡すのか。なんとなく、僕色のクマさんに巻かれた翡翠のリボンが物語っている気がするのがまた怖い。


「…愛らしい」

「へ?」

どうこの事態を回避するか。
恐ろしい程に触り心地のいいクマさんを抱き締め、打開策を考えていると、ボソリとジェルマンが何かを呟いた。

ジェルマンは無表情を一切崩さずに、流れるように僕の手を取り、手の甲に口づけした。

「…また来る」

何事もなかったかのように無表情で去って行くジェルマン。
男前な風貌で口数が少なく、如何にも不器用そうな男感を晒し出しているのに彼は皇子よりもやり手だった。





「で…、攻略対象ジェルマン・ラピュセルを誑かした事を自己申告に来た…と」

「…ねぇ、先輩。僕の話聞いてた?」

グギギッと歯軋りをして、グルグル眼鏡先輩は僕を睨む。

ジェルマンルートを回避すべく、ジェルマンについて知ろうっ!…と、休み時間を使い、軽い気持ちでグルグル眼鏡先輩に相談してみたらコレである。

グルグル眼鏡先輩のとんだ歪曲な解釈に、違うとお茶会での出来事を話して全力否定するが、グルグル眼鏡先輩はついには頭を抱えた。

「成程。ラニ氏はマリユスルートだけでなく、ジェルマンルートも潰したと」

「え、誰それ??マリユスなんて人、お茶会には居なか…」

「ローグ・ダヴィド辺境伯」

「あー、あの、可愛いケーキの大好きなお爺ちゃんっ!」

「やはり、潰してるではないですかっ!…ダヴィド辺境伯はマリユスのお爺さまなのですよ」

攻略対象のお爺ちゃんだからなんだ。
お爺ちゃんは関係ないだろう。
「僕はマリユスには何もしていない」と、反論すると、グルグル眼鏡先輩は呆れた顔で窓の外を指差した。

そこには鬼気迫る表情のオレンジの髪の青年とそのオレンジ色の髪の青年を迷惑そうに見つめるエレンがいた。


「エレン。お願いだ。話を聞いてッ」

「俺は貴方と話す事はありません」

「待ってくれ!」

珍しく冷たい表情でツンっとオレンジ色の髪の青年を突き放すエレン。
オレンジ色の髪の青年は必死に何かを取り繕うように突き放すエレンに追い縋る。

「ぼ、僕にチャンスを…」

「チャンス? 俺は別に貴方を軽蔑している訳じゃないよ。でも、俺は貴方とも関わりたくない」

「そ、そんな…」

随分とお怒りのエレンは寒々とした目でオレンジ色の髪の青年を見ている。

…け、軽蔑の目。
軽蔑してないって言いつつもあの目は無茶苦茶軽蔑の目だ。


ー い、一体、何が…。

一体、オレンジ色の髪の青年は何をしてしまったんだろう。
ここまでエレンが誰かを軽蔑するのも珍しい。


「彼がマリユス・ダヴィドです」

「え? オレンジ色の髪のあの人が…」

グルグル眼鏡先輩が憐れみの目をオレンジ色の髪の青年改め、マリユスに向けている。
色々と可哀想なマリユスはエレンの視線と言葉に大ダメージを受けながら、今にも泣きそうな顔で叫んだ。


「僕はッ、僕は君を愛してるんだっ…。君が望むなら僕はこの地位も家族も全て捨ててみせる。だから、だから、僕にせめて一度だけチャンスをっ!!」

それは愛の告白というよりは最早、懇願だった。


ー お願いだからチャンスくらいあげてくれ!!

そのマリユスのあまりの必死さに心の底から同情してエレンを見やる。

流石にエレンもこれには心が動いたようで同情的な表情を浮かべていた。


「ごめんなさい。無理です」

だが、それでも容赦はしなかった。

「マリユス君はいい人だと思う。だけど、俺はどうしても未成年に手を出そうとする貴方のお爺さんは看過できない。幾ら、ラニちゃんが可愛いからってッ! ……ごめん、マリユス君はいい人かもしれないけど、どうしても無理なんだ」

苦い顔でそう吐き捨てると、再度ごめんねとトドメを刺し、エレンは去っていく。

僕はこの日、産まれて初めて人が膝から崩れ落ちる様を見た。

マリユスは泣く事はなかったが、地面に膝をつき、ただ茫然と去っていくエレンの姿を見送っていた。
寧ろ、その姿を見て、僕が泣きそうだった。

何処がどうなって、どうやったらそうなったの!?


「さて、ラニ氏」

「…………」

「マリユスはですね。睨みを効かせていたフィルバート皇子がラニ氏につきっきりでエレンに構えない間に着実に《イベント》をこなしていたのですよ」

まだ茫然としているマリユスを眺めながらマリユスのルートについて語り出したグルグル眼鏡先輩。
そんなグルグル眼鏡先輩の顔を僕はまともに見れないが、呆れているのは分かる。

「もしかするとマリユスルートに入るかもっという所で、くだんのお茶会の事件です」

「…………」

「レーヴ帝国の西の防壁、《鉄血》と呼ばれたダヴィド辺境伯がモアナ王国の王子に惚れて、思慕の念に堪えられず、連れて帰ろうとしたとか」

「いや…、僕、連れて帰られてないし。あ、あれだよ、思慕じゃなくて孫みたいに思っ…」

「居合わせたシルビオとフィルバート皇子だけでは説き伏せられず、結果、宰相と騎士団長が2人がかりで諌め続けている…と」

「……………」

「さて、それでも自身は悪くないと言えるのでしょうね?」

グルグル眼鏡先輩の言葉に反論する言葉が見つからず、痛々しいマリユスの様と現実から目を逸らす為に顔を覆った。


その後、ネチネチとグルグル眼鏡先輩に説教され、その間にマリユスは失恋を自身の祖父への殺意に変えて、何処かへと走り去っていった。


十年後。
祖父への殺意のまま鍛えに鍛え続けたマリユスが西最強の防壁の《鉄血》を破り、ダヴィド辺境伯を継承する事になるのはまた別の話である。
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